不在証明
「大丈夫そうか?」
「うん。眠ってる」
オストは泣きやまず、侍女達で寝室へとつれていった。様子を見に行ったヘーリエンテスが戻り、レヴィの隣へ座る。
「ヘーリエンテス、君は昨夜、本当に殿下のもとへはいってないんだな」
「ええ」
レヴィは頷いたが、不安は残る。シュタインとオストにはああ云ったが、実際のところ、ヘーリエンテスは昨夜ここに居なかった。
ヘーリエンテスは膝へ目を落とす。
「きちんと云わなくてごめんなさい。昨夜は、エアストに会いに行っていたの」
「エアストに? 何故?」
「彼はトートと親しいでしょう。ヴァルムとオーシェニが愚かな真似をした理由を、なにかしらないかと思ったの。彼なら書庫に居るし……」
レヴィは婚約者の手を握りしめる。彼と、ヘーリエンテス、トート、エアスト、ヴァルム、王女の六人には、特別な絆があった。
幼い頃、ヘーリエンテスはトートと婚約しており、ヴァルム、レヴィ、エアスト三人のうちの誰かが王女の婚約者になるのではと噂されていた。しかし、レヴィは心の底ではヘーリエンテスとの婚約を望んでいた。
それを、ヘーリエンテスと遠縁のエアストに相談したところ、エアストとヴァルム、それに王女まで一緒になって、トートとヘーリエンテスが別れるように仕向けてくれたのだ。
レヴィは良心の呵責を覚えたが、なんと、ヘーリエンテスもレヴィを思っており、宮廷の森のなかで泣いていたところを偶然王女に見付かり、相談していたと知った。ふたりは両思いだったのだ。
それ以来、六人は、内輪の場面では呼び捨てあい、気さくに付き合いをしていた。
エアストが早々に王配レースから脱落し(彼の家には数代前に気の触れた人間が居たことがわかり、陛下が難色を示したのだ)、トートがその悪い噂で身をひき、ヴァルムが正式に王女の婚約者になったあとも、その関係性はかわらない。
だから、ヴァルムがあんなばかをした理由がわからなかった。たしかに、最近王都に出てきたオーシェニを可愛がっていたし、オーシェニもなついていたようだったが、あんなことをするとは……。
「エアストはなんて?」
「なにもわからないと」
ヘーリエンテスは肩をすくめる。疲れた様子だ。「それで、急いで戻った」
「君が見当たらなくていらいらしている俺のところへ?」
「そう」
レヴィは婚約者を膝に抱え、抱きしめる。ヘーリエンテスは涙ぐんでいた。彼女にとっては、妹が公衆の面前で、自分の恩人を侮辱したのだ。その直後、妹も侮辱された。複雑な気持ちだろう。
ヘーリエンテスは項垂れる。
「殿下は、どうするのかな。誰が王配になるんだろう」
「昨日のあの騒ぎでは……」
それ以上、レヴィは云えなかった。王女はその立場に相応しくなく感情をむき出しにし、扇を破壊するほど暴れ、ゴブレットを投げてヴァルムを失神させた。貴族達は誰も尻込みして、王女の婚約者になりたがろうとはすまい。陛下も無理は云えまい。
可能性があるとすれば、シュタインだろうか。先程やけに不機嫌だったのは、もしかしたらすでに陛下から、王女の婚約者にと、話があったのかもしれない。シュタインは少々王女を崇拝している節があるので、あいつなら承諾するかもしれないが……王女当人が居ないのではどうしようもない。
降って湧いた幸運に、王女の失踪で水をさされ、不機嫌だったのでは……。