侯爵令息レヴィ、怒る
「横暴だ」
侯爵令息のレヴィは、あらわれた貴族ふたりに抗議していた。まだ若いが爵位を継いでおり、伯爵のシュタイン、それに王女の付き添いの婦人のひとりである伯爵令嬢オストだ。どちらも特に王女と近しい仲で、お気にいりだと云われている。特にシュタインは、ヴァルムが居なければシュタインが将来の王配だったのではないかと云われる程に、王女と親しかった。
シュタインは不機嫌そうだし、オストはおどおどしている。
「何故、俺達が疑われる? 絶対にここから動かないぞ」
「それは……」
オストがおずおずと、レヴィの背後に隠れるようにしたヘーリエンテスを示す。ヘーリエンテスは泣いていた。先程、王女失踪の報を聴いたばかりで、動揺しているのだ。
レヴィは王国の西部に領土を持つ侯爵の長男で、跡取りである。ヘーリエンテスは更に西、辺境伯の娘だった。オーシェニの姉だ。
レヴィは腕組みし、背の高いシュタインを睨み、腰が低いオストを睨む。
「ヘーリエンテスは昨夜、ずっと俺と一緒に居た」
「レヴィさまの証言はあてになりません」
シュタインが木で鼻をくくったようなことを云う。つまらなそうに、興味なそうに。「俺だってこんな仕事はいやですよ。知り合いの見舞に行きたいので、とっととお縄についてもらえますか」
「は?」
「シュタイン、そういうのは辞めなさい!」
オストが呆れ、シュタインのせなかをばんと叩く。ふたりは親戚なので、そういう気易いような仕種もたまに出るのだが、ヘーリエンテスは慣れていないのでびくついた。ふっくらした手がレヴィの服を掴んでいる。
「あの、わたし、どうして疑われるんですか」
「妹をあんな場所で殴られたんだ。王女にひと言文句をつけたいんじゃないかって陛下がお考えなんです」
シュタインはまったくもって意欲がないらしく、ヘーリエンテスを見ない。オストがそれを睨んだ。
「と、とにかく、一度お越し戴けませんか?」
「いやだ」
「ですが」
「じゃあ、父上にあわせろ」
「そ、それは無理です」
オストが慌てた。
レヴィの父は侯爵で、軍のトップで、貴族のなかでも顔がひろい。すでに権威が失墜した辺境伯の娘との結婚には反対しているものの、頭のかたい人間なので、証拠もない段階で息子の婚約者がこのような扱いをうけたと知ればまず間違いなく怒る。
シュタインが踵を返した。
「シュタイン!」
「悪い、オスト。俺、用があるから」
シュタインはそう云って、走って行ってしまう。オストが額をおさえた。「ああ、だからあいつと一緒になにかをするのはいやなのよ。いとこだからっていっつも一緒くたに扱われるのはもううんざり。ネズミみたいにちょろちょろと、勝手にどこかへ行くんだから」
「あの……」
オストがあんまり嘆くので、ヘーリエンテスは憐れを催したらしい、優しく話しかけている。「オストさま、お茶でも飲みませんか? いいものがあるので」
オストは救われたような顔をした。