真相
王女はずっと、トートと結婚したかった。
トートもそうだったが、ヘーリエンテスとレヴィが無事に、正式な婚約をかわし、トートが王女にプロポーズしようとした丁度その頃、彼の父が死んだ。それも、不名誉な死だった。その上、トートの家は傾いていた。
トートは領地、領民、使用人、騎士達を見捨てることができず、領地経営を優先した。同時に、トートの父親に煮え湯を飲まされてきた連中や、トートの有能さを妬んでいた者達が、トートの悪い噂を流しはじめた。陛下はそれを信じ、「家系に問題がある」エアストを切り捨てて、ヴァルムを王女の婚約者にした。
「はじめは、ヴァルムならいいと思っていたんだ」
トートは力なく咳込む。「俺も、体が弱っていたしな。ここまでとは思わなかったが。ところがあのばかは、半年前に俺に相談してきた。ヘーリエンテスの妹を好きになったと。バラを傷付けずに婚約を解消するにはどうしたらいいだろうかと」
レヴィはエアストを見る。
「おっと、僕は半月前まで知らなかったよ」
「じゃあ……どういうことだ」
「俺が彼女を誘い、密かにヴァルムとあわせていた。オーシェニの気持ちなら、最初にたしかめた。彼女はヴァルムと一緒になれないなら、生涯独り身でいいと断言した。俺は最期に、友人の役に立とうと思った」
「そして、半月前に僕がヴァルムとオーシェニの密会を見付けてしまった。ふたりは書庫で会っていたんだ」
「ああ、なんてばかな子なの」
ヘーリエンテスが、王女を抱きしめたまま云う。
エアストは息を吐く。
「ヴァルムが本気なのはわかった。彼が不器用で、嘘をつけないことも、俺は知っている。このままバラと結婚しても、不幸にしかならない。だから僕はバラに告げ口した。彼女の気持ちがトートにあることは知っていたからね」
「でも……どうするというの?」
「途中までうまく行っていたんだ。シュタインはずっと殿下の味方だったし」
「そうなの?」
オストが目を瞠り、シュタインは項垂れる。「殿下がふしあわせになるなんて俺はいやだからな。かといって、俺が殿下をしあわせにできるとうぬぼれるほど愚かじゃない。トートさまなら殿下とようやく釣り合うくらいだ」
不遜なものいいだが、トートは面白そうに笑った。力はない。エアストが肩をすくめる。
「それで、俺が筋書きをつくった。ヴァルムはパーティで婚約解消を申し出る。非常識な行動だが、女性がそれに対して失神するならともかく、扇を振りまわして暴れたらどうなる?」
「貴族達は尻込みするな。そうか、扇が壊れたのは、最初から壊しておいたんだな!」
「糸を切っておいたの」バラは弱々しく微笑んだ。「ばらけないように握りしめておくのが大変だったわ」
レヴィは、バラが不自然に扇を握りしめていたことを思い出した。それから、オーシェニがわざとらしく倒れたのに、ヴァルムが気絶すると息を吹き返して強烈な悲鳴をあげたことも。オーシェニが気を失ったのは演技で、ヴァルムはアクシデントだったのだろう。
バラは項垂れる。
「これでトートと一緒になれると思ったのに……」
「俺がこうなった」トートは自分の胸を示し、苦笑した。「パーティに俺が居ないことを、彼女達は気付いていなかった。筋立てどおりに動くのに必死で」
「オーシェニを叩いたら、彼が来てくれて、わたしに求婚する予定だったわ。でも、トートが来てくれないから、焦って余計なことをしたの。ヴァルムに大変なことを……」
「それで、僕に会いに書庫へ来たバラは、トートが伏せっていると聴いてここに来た。僕が医者に云い含めて、彼をここへ運ばせたんだ。バラが看病したいと云ったから。それから、ふたりともずっとここに居る」
「ヴァルムが無事だと聴いてほっとしたけれど、トートは……」
「あれ?」
皆が、急に妙な声を出したオストを見た。
オストはこてんと首を傾げる。
「もしかして、シュタインがほしがっていたのは、これでだったの?」
「あ?」
シュタインが顔をしかめた。
「……ああ、お前に薬を頼んだんだったな。だが」
「うん、できたから届けようとしたのに、あなた居ないんだもん」
「は?」
オストはどこからか、例の、薄めたインクのようなものがはいった壜をとりだした。にっこり笑う。
「これ。あなた、本当に、妙なところで律儀なんだから。この薬ならそちらのかたにぴったり。症状も正確に伝えてくれたし、体質も間違いないみたい。これを服めばすぐによくなるよ。事故にでもあわない限り、すくなくともひ孫を見るくらいまでは生きられると思う」
王女が椅子を蹴って立ち、オストへ飛びついた。




