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43話 そして、伝説へ~聖女の血は消えない

(三人称視点)


 王国の歴史書にはこう記されている。


 この世に終末をもたらすべく、降臨せし魔王竜(サタン)

 大地を侵食し、命を喰らう全てを滅ぼす者。

 世界を食べ尽くし、滅ぼさんとする。


 だが、帰還した真なる光の王子と四家の竜の聖なる力の前にその野望は潰える。

 最後の竜の聖女を失うという大きな傷を皆の心に残し……。




 白髪の年老いた女性が朗々と淀みなく、世界を救った英雄の物語を語り切った。


「アーヤ婆。聖女様はどうなったの?」


 幼い少女の声に語り部の老婆――アーヤは優しげな眼差しを向ける。


「お嬢ちゃんや。ごめんね。続きはまだ、語れないんだよ」

「どうして? 聖女様のお話、聞きたいよ」


 少女の母親らしき女性が申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません。うちの子ったらどうしても聞きたいって、言うことを聞かなくて」


 アーヤは気にしていないと言うように首を横に振る。


「いいえ。子供は物語が好きですからね。構いませんよ。でも、今日はこれにて、終わり。また、次に来た時にお話をしましょうかね」

「うん。分かったよ!」


 アーヤは立ち上がるとゆっくりとした足取りで部屋から、出て行った。

 母親と二人きりになった少女は嬉々として喋り出す。


「ねえ。お母さん、お母さん。あのお話は本当にあったことなの?」


 母親はただ、微笑むだけ。

 何も答えない。


「だって、みんな言ってたよ。悪いドラゴンがいなくなったから、聖女様は旅に出ただけなんでしょ?」


 母親が困っていることに気付いていないのか、少女は無邪気に言葉を続ける。


「聖女様は死んでないんだよね?」


 母親は優しく、娘の頭を撫でるだけで何も語ろうとはしない。


「知ってるんだから。聖女様は生きてるんだって」


 母親の表情を見て少女は、自分の言葉を後悔したがもう遅かった。

 母親は少女をただ、強く抱きしめる。


「そんなことは誰にも言っちゃダメよ。絶対に約束だからね」

「う、うん」


 その時、ドアが勢いよく開いた。

 息を切らせて入ってきたのは少女の父親だった。

 父親は妻と娘の姿を確認すると安堵の笑みを浮かべたが、すぐに真剣な顔になる。


「無事だったかい?」


 父親が自分を心配して、来てくれたことが嬉しくて少女の顔にも笑顔が戻った。


「大丈夫だよ、お父さん。 それより聞いて。アーヤ婆のお話がすごく面白かったの」


 父親は大きく目を見開くと母親を見た。

 母親はふと視線を逸らすように顔を背ける。


「アーヤ婆の話だと?」

「はい。例の聖女の伝説を聞かせてもらったんです。とても面白い話でしたよ」


 父親の目が三角のように釣り上がった。


「お前達は何を考えているんだ!」


 突然の大声に少女はビクッと体を震わせる。


「そんな話を子供に聞かせるなんて、どうかしているぞ」


 傷ついた少女を伴い、母親が寝室へと去っていった。


「もう聖女様のことは忘れてあげるべきなんだ」


 父親の呟きが妻と娘に届くことはない。


 父親は孤児だった。

 母親代わりとして、育ててくれたのがアーヤである。

 アーヤはかつて、何度も聖女について、引き取った子供達に語っていた。

 彼女がまだ少女だった頃、伝説で謳われる最後の竜の聖女と実際に会ったことがあること。

 聖女の気さくで飾らない人柄と優しかったこと。

 聖女の美しさに花すらも恥じらったというアーヤの言葉に皆、目を輝かせていたものだ。

 その聖女が自身の命を懸けて、悪いドラゴンを退治した。


 その話には続きがある。

 聖女と共にドラゴンと戦った王子によって、王と王妃も救い出され、王国はようやく平和を取り戻していった。

 王子はこのような悲劇を生み出す元になった聖女という(しがらみ)をなくすことに尽力したという。


 聖女の物語を伝説として、語り継ぐことで二度と繰り返してはならないと戒める為に……。

 だから、アーヤは語り部となった。

 しかし、アーヤが語っていなかったことがある。

 男やその娘にも……誰にも語っていなかったことだ。




 悪しき竜との戦いが全て、終わった後のことである。

 片腕と片目を失った黒髪の青年が白髪の女性を伴い、遥か北の地へと旅立っていった。

 まるで老女のように色を失った白い髪の女性の瞳は、蒼玉(サファイア)のように美しい。

 だが、彼女の目が世界の色を映すことは二度とない。

 視力が失われていたのだ。


 互いを慈しみ、愛し合う二人が寄り添うように旅立つ姿を見送った者は極僅かである。

 なぜなら、二人が生きていることを知る者自体が限られていた。

 対外的には二人は既に死せる者だったからだ。


「さらば、とは言わん。また、会おう。いつか、また……な」


 フードと覆面で顔を隠した浅黒い肌の男だった。

 常に猛禽類を思わせる鋭い目つきをしていた男にしては珍しく、穏やかな表情をしていた。

 誰に聞かせる訳でもない寂しげな呟きは風の音に消されていく。


 アーヤが黒の貴公子と聖女の姿を見たのはそれが最後だった。




 後の世にヴィシェフラドという名で呼ばれる町がある。

 歴史を感じさせるのに余りある古い建築物と石畳で古めかしくも美しい古都だ。


 この町は初代王パヴェル・チェフによって、作られた。

 それ以前には何もない荒涼とした大地が広がっているだけの地である。

 パヴェルは遠い南の地から、やって来たという友人の知恵と力を借り、ヴィシェフラドを建国したのだと伝えられている。


 北の人々が知らない様々な知識を有した友人は、人ではなかったとヴィシェフラド建国伝説に記されている。

 王の友人の名はトビアーシュ(トビアス)

 その妻の名はラヘル(レイチェル)

 二人の血は脈々と受け継がれていくのだが、それはまた別の話である。


 Fin

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