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38話 明かされる真実・チェンジリング

「お礼?」

「うむ。昨日、聖女様には本当に世話になったからのう」

「いえ、そんな……。わたしは大したことは何もしていません。それに皆さんのお役に立てたのなら、嬉しいです」


 わたしはただ、自分の思うがままに自由にしただけ。

 水が飲みたかったのでオアシスに向かったのも偶然です。

 アーヤの病やカーミルさんの古傷が癒えたのも偶然に過ぎないのです。


「それでもじゃよ。偶然の偶然はもはや、必然じゃからのう。ワシらは聖女様にとても感謝しているんじゃ。そのせめてものお礼を兼ねてのドレスアップなんじゃよ」


 そう言うとイブン老は軽く、息を吐き、どこか遠くを見つめるような不思議な表情を浮かべていました。

 一体、どうしたのでしょう?


「二人ともワシがこれから、話すことは他言無用で頼むのじゃ」

「はい」

「ああ……」

「そうだのう。一人の男がおった。見果てぬ夢に憑りつかれたとても、愚かな男じゃ。ヤツの抱いた夢は大いなる野望でのう……無から有を生み出すなど、何とも不遜な考えを持っておったんじゃよ」


 イブン老の目はまるで昔を懐かしむようでもあり、何かを後悔しているようでもあり……。

 ここで茶々を入れるのは野暮というものです。

 大人しく、聞いておきましょう。


「そして、夢に破れ、野望を挫かれた男は流浪の旅の末、シュルトワに流れ着いたのじゃ。今から、ふた昔ほど前のことかのう。半ば死人のようでのう。生きる意志を持っておらんかった」


 再び、遠い目をするイブン老。

『その男性はあなたのことですよね?』と聞きたいですが……やはり、やめておいた方がいいでしょうか。


「だが、ある時を境に男は変わったのじゃ。それまでは荒んだ目をしておったのに、ある日のことじゃ。目に光が宿ったのじゃよ」


 イブン老も中々に意地悪なところがあります。

 わざと話を止めてらっしゃるのです。

 続きを促すには合の手を入れなくてはいけません。

 カーミルさんには無理な気がします。

 わたしがやるしか、ありません!


「何か、あったのですね?」

「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃな。どれどれ、続きを話すとしようかの。取り替え子(チェンジリング)は知っておるかのう?」


 取り替え子(チェンジリング)

 イブン老がまた、珍しい単語を口にしました。


 わたしはかつて、古い蔵書で読んだことがあります。

 人ならざる者が美しく、力のある赤ちゃんが生まれると嫉妬のあまり、子供を交換するのだそうです。

 では連れ去られた子はどこへ行ってしまうのか?

 それについてはどこにも書かれていなかったのでとても、気になったことをよく覚えています。


「はい。生まれたばかりの子が交換……取り違えられる不可思議な現象だと記憶しています」

「うむ。そうじゃな。実はのう。あったんじゃよ。このシュルトワでのう。ふた昔前に取り替え子(チェンジリング)が起きたんじゃ」


 本当にあったのですね。

 それにイブン老の物言いは実体験した者だから、知り得るものではないでしょうか?


「そして、男はついに見つけたんじゃ。竜眼と竜相を持つ者じゃ。そうじゃ。取り替え子(チェンジリング)はよりにもよって、王家で起きていたんじゃ」

「「!?」」


 私だけではなく、カーミルさんも息を吞んでいる。

 えっと……そうなりますと色々とおかしな点があります。


 およそ二十年前、王家で取り替え子(チェンジリング)があったと仮定すると該当する人物が一人しかいません。

 あのイラリオ王子です。

 王家の人間ですら、なかったということになるのかしら?


「男はのう。その子に心血を注いで、全てを教え込んだんじゃ。あらゆる知識とそれを活かす術。ありとあらゆるものじゃ」


 イブン老は私達の動揺を知りながらも淡々と話を進めます。

 その方が動揺を抑えられるとお思いなのかもしれません。

 カーミルさんは何か、呟いているようですが、はっきりとは聞こえません。


『まさか……俺……だとすると……』


 何のことなのでしょう?


「そして、十年ほどの時が流れてのう。男は夢を叶えられたんじゃ。それと同時に虚しさも感じておった。男の中で変わってしまったんじゃ。その子の存在が単なる夢を叶える器ではなくなっておったんじゃよ。男は無くした心を取り戻したのかもしれんのう。子は宝とは本当じゃのう。……わしのつまらん昔話はこれで仕舞いじゃよ」


 全てを語り終えたイブン老は満足そうに微笑んでいました。


「あの、一つだけ……よろしいでしょうか?」

「なんじゃ?」

「その方は今、どうされているのですか?」

「さあのう。もう、おらぬからのう」

「いない?」

「ああ。死んだんじゃ。ヤツは死んだんじゃ。己の夢とともにのう……」

「そんな……」

「だがのう。聖女様。ヤツは幸せだったと思うぞい。少なくともワシはそう思うんじゃ」

「はい。そうですね。わたしもそう思います」


 そして、訪れたのは静寂に支配された沈黙の時間です。

 各々がそれぞれに思いを嚙み砕けるようにと与えられた大切な時間かもしれません。


 特にカーミルさんの様子は深刻に見受けられます。

 大丈夫でしょうか?

 声を掛けようとしたその時でした。

 慌ただしく、ノックをする音が静寂を突き破ったのです。


「た、大変でやんすよ!」


 扉を壊す勢いで入ってきたのは、ハッサンさんでした。


「な、なんじゃと!?」


 イブン老が驚きの声を上げました。


「そ、それがでやすね……そのでやすね……シュルトワの騎士だと名乗ってるでやんすよ」

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