36話 幻のコークスクリュー
「見えてきたんだぜ~」
スハイルさんの声に顔を上げると遠くに軽く、木を組んだだけの質素な家が並ぶ集落が見えてきました。
「姐さん、もうすぐでやすよ!」
姐さんとは一体……?
血縁関係の姉とは違うようですが、悪い意味ではないようです。
それはもう目をキラキラとさせているスハイルさんとハッサンさんを見ると、もはや信仰に近い視線を向けられている気さえしてきました。
ハッサンさんは見た目こそ、いかつい大男そのものですから、近寄りがたい雰囲気があるのですが……。
肉体の割につぶらな瞳でまるで熊さんのようと思えば、悪い人ではないと思えます。
「ここでお別れだ……ケロ」
いよいよ集落までもう少しというところまできて、ここまでずっと等間隔で付いてきてくれたガエルさんが不意に距離を詰めてきました。
お二人が変な行動を取らないのか、怪しんでいた訳ではなく、単に周囲の様子を窺い、気を配ってくれていただけのようです。
いいカエルさんだったようですね。
違いました。
ガエルさんでした。
「『砂漠の民』は義理堅いんだぜ~。歓迎するんだぜ~」
「そうでやんす。兄貴にお礼しないと名が廃るでやす」
義理堅くてもお金に目が眩むと駄目になるのでは? と思わなくもないのですが……わたしは特に何もしていませんものね。
オアシスの泉が甦ったのも偶然かもしれませんし……。
でも、これは少し、吐き出しておかないいけません。
積もり積もってからの噴火は危ないわ。
うん、言っておきましょう。
「そんな義理堅いお二人がわたしになさったことは人に胸を張って、言えることでしょうか?」
先導していたスハイルさんの歩みが止まりました。
ハッサンさんの目もわたしを直視出来ずに泳いでいます。
ここはもう一押しするべきでしょう。
「悪いことをしたら、謝るべきではないでしょうか」
「す、すまなかったんだぁぜ~」
「お許しくだせえでやんすー」
お二人はズサッという大きな音と派手な土煙を上げ、地面に額が付きそうな勢いで謝ってきました。
少しだけ、溜飲が下がった気がします。
許しましょう。
わたしは二人の罪を許します。
「やれやれだ……ケロ」
腕組みをしているガエルさんが何かを呟いた気がしますが、よく聞こえませんでした。
「運命の星に導かれれば、また、会うこともあろう……ケロ」
そう言うとガエルさんは夜空に瞬く、お星様を指差しました。
絵になるポーズでとてもロマンチックな台詞です。
お声も低音でありながら、落ち着きとどこか、威厳と気品が感じられます。
でも、お顔がカエルなのでわたしは冷静さを保っていられる……というのは秘密です。
「お世話になりました。また、お会いできるのを楽しみにしております」
「残念なんだぜ~」
「でやんす」
「さらばだ……ケロ」
夜風でマントを靡かせて、一人、砂塵の中に去っていくガエルさんの姿はまさしく、物語に出てくる英雄そのものでした。
格好良い……です。
カエルだけど。
「さて、俺達も行くんだぜ~」
スハイルさんの掛け声でわたし達は集落へと向かいます。
そして、わたしはそこで信じられないものを見てしまうのでした。
それは―――
「何を晒しとるんじゃ、この馬鹿兄がああ!」
「暴力反対な~んだぜ~」
鬼のような形相をしたサラさんの見事なコークスクリュー・ブローがスハイルさんの頬に決まりました。
理想的かつ効果的な角度で十分な威力をもって、入りました。
スハイルさんの体がきれいに数メートルは飛んでいきました。
『なんだぜ~だぜ~ぜ~』と残響音を叫ぶ余裕があるので心配しなくても大丈夫でしょう。
北の辺境にいた頃はあれくらいの荒事が日常茶飯事だっただけに久しぶりの体験です。
あんなにきれいな動きで拳を振り抜けるサラさんも只者ではありませんね。
あれは相当に訓練を積んだ者の動きです。
スハイルさんも無様に受けたように見えて、実は最小限の動きでダメージを抑えようとしています。
『砂漠の民』の皆さんはとても、体術に長けているんですね。
あのおっとりとしているサラさんがアレなんですから。




