33話 レイチェル、攫われる
レイチェルが去った王国で王都が一夜にして、崩壊するという大惨事が起きているのとほぼ同刻――『砂漠の民』と大砂鮫の生死を懸けた激しい戦いが行われていた。
そして、奇しくも間隙を縫うように『聖女』レイチェルの身にも危機が迫っていたのである。
「あれれ?」
揺られ、揺られ、頭はまだ完全に覚醒していないのか、うつらうつらとしたまま……。
手足を何かで縛られているのか、動かせません。
かなり、きつく縛っているのでしょうか?
やや痛みもありますし、指を動かすのがやっとのようです。
それだけではなく、身体が動かせない状況にあります。
周囲の状況も全く、分かりません。
わたしはどうやら、攫われたとみて、間違いないでしょう。
身動きは出来ないけど、この窮屈さ……。
袋に詰められたといったところなんでしょうか?
「兄貴。ホントに大金が手に入るんでやすか?」
「あたぼうよ。俺は聞いたんだぜ~。賢者の石がどうのってな。石で価値があるったら、そりゃ、オメエ、高く売れるんだぜ~?」
「さっすが、兄貴でやんす!」
「それほどでもないんだぜ~」
低音の濁声とやや通りのいい声。
二通りの男性の不穏な会話と笑い声が耳に入ってきました。
わたしは何が起きたのか、必死に考えます。
それでこの状況を打開する手立てが思い浮かべば、いいのですが……。
大砂鮫が集落に近付いているので『砂漠の民』の皆さんが迎撃の為に出立しようとしていて、わたしは少しでも力になりたいと考えました。
それでカーミルさんに挨拶し、『あなたの為に祈りを捧げることをお許しください』と彼の武運を祈ったのです。
そうしたら、闇の底に沈むように途端に意識が遠のいた……!
そうです、思い出しました。
カーミルさんの右半身は青く変色していて、血が通っていないかのように冷たくて、氷みたい。
氷を解かすにはお湯をかければいい。
頭の中でそんなイメージが浮かんできたので、私の中を流れる温かいものを使ったのでした。
まさか、それで気を失ってしまうとは思いませんでしたが……。
では気を失っている間に捕まったのでしょうか?
先程の会話内容からすると、わたしはこれから何か、酷いことをされるのでしょうか?
不安ばかりが募ります。
何とかして、脱出しないといけません。
お母さんはどうせ、この状況も『人間を知るいい勉強になるんじゃない?』と遠くから、観察しているだけで助けてはくれないでしょうし……。
「それにしても、賢者の石って何に使うんでやすか?」
「知らないんだぜ~?」
「兄貴でも知らないことがあるんでやすか!?」
「うるさいんだぜ~、」
「へ、へいっ!」
「約束の場所なんだぜ~」
揺れが止まりました。
会話の内容も途切れましたし、目的地に着いたのかもしれません。
わたしを攫った二人組以外の人間の気配を感じます。
かなりの人数です……間違いありません。
「持って来たんだぜ~。大変だったんだぜ~?」
「分かっている……」
ボソボソと喋っているので二人組以外の声はよく聞き取れません。
ただ、ガシャリという金属がぶつかり合うような音が聞こえたので恐らくはコインが詰まった袋などが手渡された……?
つまり、わたしは金銭目的で誘拐されたということなのでしょうか?
誰に? 何で? 疑問符が頭の中にたくさん浮かんでは消えていき、答えが出ません。
「兄貴、すごいでやんす!」
「ああ。お金持ちなんだ~ぜ~」
二人組の嬉しそうな声とともにかなり、乱暴な調子で体が揺れました。
あの……中にわたしがいるのですが!?
怪我するほどではありませんが、強かにお尻を打った気がします。
痛いことは痛いのですが、それよりも気になるのは微かに聞こえる周囲の物音です。
これは剣を抜く音では……?
「な、なにするんだぜ~?」
「あ、あにき~」
二人組の今にも泣き出しそうな情けない声が聞こえてきます。
これは絶体絶命の危機ではないでしょうか。
音から察するにかなりの人数がいますし、向こうは抜剣している以上、本気で殺しにかかってくるはずです。
「いい働きを見せてくれた礼だ。迷わず、仲良くあの世にいくがいい……」
低い男の声……。
まるで舞台で見た悪役の台詞のようです。
そして、『ぎゃっ』という微かな悲鳴が聞こえたかと思うと、何か重いものが倒れるような鈍い音が響きました。
「…………」
「貴様、何奴!?」
「貴様らのような悪党に名乗る名などない……!」
バタバタという騒がしい足音と激しく、金属がぶつかり合う音。
明らかに剣撃が鳴り響いていますが、それと同時に『あ、あにき~』『隠れているんだぜ~』という声も聞こえました。
わたしはどうやら、地面に置かれたまま、置き去りのようです……。




