閑話 餓えし災厄
(三人称視点)
ブレイズ城塞を包囲していたオスワルド率いる近衛騎士団が黒槍騎士団の奇襲に遭い、ほぼ壊滅した。
それから、間もなくのことである。
王国全土を隈なく、闇色の雲が覆い尽くした。
そして、ポツポツと降り始めた雨に人々は歓喜した。
王都に血のような赤い雨が降って以来、照り付けるような日差しが大地を灼く日が続いていたからだ。
恵みの雨とばかりに喜ぶ彼らは知らない。
火山灰を溶いたような乳白色をしており、乾ききった大地に染み渡るように消えていった不思議な雨がさらなる恐怖を呼ぶことを……。
ヒメナの進言に従い、『ゾンビ』と名付けられた動く死者は残らず、焼き尽くされた。
その数は数千を超えるという。
『ゾンビ』は人を襲う。
襲われた者は『ゾンビ』になる。
そうして、数を増やしていったのだ。
では、彼らは『焼却』されて、本当に消えたのだろうか?
答えは否である。
焼き尽くされようとも彼らの生きとし生けるモノに対する恨みの念は消えなかった。
まるでヒメナの髪のように薄い桃色がかった灰色の煙は空へと昇っていき、遥か上空にて集合し、一つの巨大な塊となったのだ。
それは徐々に怨念を体現するかのように不気味な姿へと変化していく。
やがて、出来上がったのは雨雲と言うにはあまりにも禍々しい闇そのものであった。
それが何を意味するのか、理解出来る人間は誰一人として存在しないだろう。
「うわあああ! 助けてく……ぐぎゃ」
日が沈み、静かな時が流れる田園地帯に断末魔の悲鳴が響き渡る。
運悪く、ソレに出会ってしまったのは農具を担ぎ、家路を急いでいた農夫である。
首を捩じ切られ、骨ごとバリボリと食らい尽くされ、農夫はこの世に存在していた証一つ残さず、消え去った。
返り血と夕日を浴び、立ち尽くすソレは得体の知れない巨大なモノだった。
街道筋に植えられた大木を優に超えようかという巨体は動きを見せるたびにギチギチという耳障りな音を上げている。
『スケルトン』と呼ばれる動く骸骨のアンデッドモンスターに良く似ているが大きさがまるで違う。
ただ、闇を思わせる眼窩に生者への消えない恨みが炎のように揺らめいていた。
頭部にある二本の長い角は天に向かって伸びており、その先端から滴るのは真っ赤な血液だ。
大きく裂けた口からは牙が覗き、ダラリと垂れ下がった舌の先端には人間のものと思われる指先が付着していた。
ソレは長い長い両腕を揺らしながら、ゆっくりと歩き出す。
一歩踏み出されるごとに大地は大きく揺れ動き、周囲の草木が薙ぎ倒されていく。
この巨大な白骨の集合体のような怪物は後に『餓えし災厄』と名付けられる。
焼かれ、天に消えたはずの『ゾンビ』は消えるどころか、生者への恨みをさらに募らせた。
恨みは凝縮し、さらなる昇華を遂げる。
別の種へと進化したのだ。
慈雨として、大地に降り注いだ恨みが物言わぬ骸を融合させる。
こうして、『餓えし災厄』が王国各地に出現した。
だが、通常の『ゾンビ』と明らかに異なる点が二つある。
一つはある程度の知能を持ち、行動すること。
もう一つは人の命を食らうことで成長することである。
これが厄介で生きている人間を見つけては捕食し、さらなる知恵をつけていく。
『餓えし災厄』はさながら、人類の天敵と言わんばかりに猛威を振るっていた。
『餓えし災厄』は獲物を求め、彷徨い続ける。
そして、また哀れな犠牲者が現れた。
「あなた!」
「お父様」
「逃げろ! 早く、逃げるんだ!」
帰路を急いでいた商人の一家が『餓えし災厄』と遭遇してしまったのだ。
馬車の御者を務めていた父親はこのままでは全員死ぬと悟ったのだろうか。
馬車を止め、御者台を降りると妻と娘に逃げるように促した。
そして、妻や娘の盾になるように両手を広げ、ジリジリと近づいてくる『餓えし災厄』の前に立ち塞がる。
「駄目よ……あなたが死んじゃうわ」
「いいから、お前たちは先に行け! ここは私が食い止める」
「でも……」
「私は大丈夫だ。早く行くんだ」
男は愛する家族を乗せた馬車が無事に遠くへと逃れられたことを知らない。
彼の命はその後、すぐに失われたからだ。
生きたまま、引き千切られ、頭から喰われる男の顔はそれでも、どこか満足したように見えた。
彼の覚悟が天に届いたのだろうか。
人馬のどよめきが微かに遠くから、聞こえてくる。
それは先行して、王都へと向かう途上の南部残存兵と第二騎士団だったのだ。
先頭で騎馬兵を指揮するのは死んだはずの男――レックス・ヒースターだった。
補足説明
今回、登場した巨大な骸骨の化け物・餓えし災厄は日本の妖怪である飢者髑髏です。
『バタリア〇』風に舞い上がった煙→雨からの強化個体になっています。
大きさは樹木より、大きいとだけでわざとぼかしてあります。




