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3話 呑気な聖女と衛兵さん

「んー。あの……すみませんけど、この前髪を切ってくれません?」

「は!?」


 卒業パーティーの会場を出たわたしはもう我慢する必要がないので髪にかけていた魔法を解除した。

 鮮やかな紅色の髪が戻ってきます。

 少々、短くなってしまいましたが、頭が軽くなったのでよしとしましょう。


 前髪で顔を隠す必要もないのでただ、ついてきてくれるだけの親切な衛兵さんに頼んでみたのですが……。

 やはり驚かれてしまったようです。


「あ……いや、それはちょっと……聖女様は女性ですので、ええ」


 困ったように眉を下げる衛兵さんはいい人なのでしょう。

 無理なお願いをして、申し訳ない気持ちになります。


 そういえば、わたしが聖女として、王都に来て以来、髪を切ることは一度もありませんでした。

 女性は髪を長く伸ばすものという固定概念があるのです。

 長くきれいな髪だとそれだけで高く評価される。

 でも、今はそんなことはどうでもいいのです。

 もう前髪も必要ありません。

 隠す必要がなくなったのですから。


「では、自分で切ります。大丈夫ですよ。前髪はすぐ伸びますし」

「いえ。さすがにそれも問題があるかと」

「なら、お願い出来ますよね?」

「…………は、はあ」


 衛兵さんは迷っていましたが、結局は折れてくれました。

 根負けしてくれたとも言います。

 そして、近くのベンチに座り、彼の手で髪を整えてもらうことになったのですが……。


「くっくっくっ、ぶわっははは」


 もう一人の衛兵さんは失礼な人でした。

 面と向かって、人の顔を見て笑いやがるのです。

 確かにぱっつんぱっつんになっていますが……。

 髪を整えてくれた人の良さそうな衛兵さんは気まずそうです。

 前髪ぱっつんが一週間でどうにか、なればいいのだけど。




 イラリオはわたしをどうやら、東の果てにポイする気のようです。

 人の良さそうな衛兵さんことペドロさんが申し訳なさそうに教えてくれました。


「あの王子は簡単に国外追放なんて、言ってましたがね。そう簡単な話じゃないんですよ」

「え、ええ……」

「早馬を飛ばすだけ飛ばしても三日。馬車で一週間以上かかるってことを分かっちゃいないんですよ! これだから、坊っちゃん育ちの現場を知らない人間は……」

「おいおい、ペドロ。お嬢ちゃんが困っているだろ」


 わたしのぱっつんぱっつんを笑った衛兵さんことブルーノさんが無精髭を撫でながら、ペドロさんの肩に手を置きました。

 彼はどうやら、ペドロさんより立場的に上のように見えます。


「まあまあ、俺だって笑うつもりはなかったんだぜ?  ただ、あまりに似合っちまっててな」

「しかし、隊長。東では身柄の受け渡し先がなく、聖女様の安全が……」

「分かってるって。んなこたあ、分かってるさ。だから、ゆっくりと馬車で聖女様を東まで護送するぞ」


 いかにも好青年で人が良さそうなペドロさんと比べると人相が悪く、だらしない無精髭にぼさぼさの髪のブルーノさんですが、悪い人ではないのかもしれません。

 ちょっと口が悪いだけで優しい人……だったら、いいんだけど。


 それにしても、東ですか……。

 わたしは改めて、自分の置かれた状況を理解しようと努めます。

 東にはお母様がかつて、暮らしていたオルレーヌ王国があります。

 しかし、東の国境地帯にあるのはシュルトワ王国の砦があるのみ。

 理由は簡単。

 シュルトワとオルレーヌの間に広大な砂漠が広がっているから。

 昼は人を焼き殺さんばかりに陽光が照らし、夜は氷点下に下がる容赦のない死の砂漠。

 噂ではその地で暮らす先住民族が独立運動をしているらしいのですが……。


 イラリオは本当にわたしが嫌いなのでしょう。

 ただ、あの見た目だけで中身が空っぽの王子のことです。

 あの場で始末をしようと襲い掛かってくる可能性も否定出来ません。

 それをせずにこんな回りくどいやり方でわたしを処分しようとするなんて、誰かが入れ知恵でもしたのでしょうか?


「なあ、お嬢ちゃんよぉ。これから大変だろうけど頑張れよ」


 ブルーノさんは考え込んでいるわたしの前にしゃがみ込み、ぽんと頭を叩きました。

 まるで犬猫を相手にするような態度です。

 ちょっとムッとしましたが、この人は不器用なだけかもしれないと思うことにしました。


「はい。ありがとうございます。わたしは大丈夫です」


 そう。

 わたしは大丈夫。

 東の果てに捨てられても問題ないと思えるのです。

 むしろ、わたしが心配で不安に思うのはこの国の人々のこと。

 わたしがいなくなっても本当に大丈夫なんでしょうか?

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