閑話 それって……『ゾンビ』ですよ
(ヒメナ視点)
今日もどんよりとした曇り空。
思い出そうとしてもきれいな青空が広がっていたのがいつだったか、思い出せそうにない。
そうだ、思い出した。
あの『悪役令嬢』を追放してから、晴れ渡った空を見ていない気がする。
そんなのって、おかしい。
彼女がいないと天気まで変だなんて、おかしい。
『悪役令嬢』は嫌われ者で嫌なヤツで……。
「どうしたのかい? ヒメナにはそんな顔は似合わないよ」
「……はい、イラリオ様」
イラリオ。
あたしの王子様に声を掛けられて、慌てて笑顔を取り繕った。
けれど、上手く笑えた自信はない。
だって、心の中にずっとモヤモヤしたものが残っているんだもん。
何だろう?
何かを忘れている気がするのにそれが思い出せない。
そのせいでイラリオにも心配させちゃっているみたいだし、早く何とかしないとね。
「ねぇ、イラリオ様。イラリオ様こそ、心配事があるんじゃないですか?」
「……どうしてだい? 私が君のことを心配するのは当然のことではないか」
「うふふ、そうですね。ありがとうございます」
イラリオはいつも優しい。
こんな素敵な人が婚約者で幸せ者だと思う。
あたしの思い描いた理想の王子様。
地位もあって、ルックスはド真ん中。
あたしのことだけを大事にしてくれる。
心配事なんて、あるはずがない……。
なのに霧の中を歩いているみたいに漠然とした不安が胸の中から、消えない。
「それで、本当はどんな悩みがあるんですか?」
「…………」
「イラリオ様?」
「あぁ、すまない。少し考え事をしていただけだよ」
「そうなんですか? でも、無理はしないでくださいね」
「大丈夫だよ。それよりヒメナは私と一緒にいて楽しいかい?」
「はい。もちろんです!」
だけど、イラリオの顔色はどこか優れない。
本当に大丈夫かな?
イラリオのことが心配になるけど、あたしじゃ力になれないのかな?
「でも、イラリオ様。あたしではお力になれないのですか?」
「えっ!?︎ そ、それはどういう意味だい?」
少し、涙ぐんで見せて、上目遣いで見つめれば、この人はすぐに何でも話してくれる。
「いえ、あたしが力不足だから、イラリオ様のお役に立てないのかなって、思って……」
「そんなことはない! 君は私の大切な人だ。そんな風に思わないでくれ」
「イラリオ様」
幸せ。
この人にそんなにも想われているだけであたしは幸せを感じる。
あたしの全てを使ってもこの人を守ってみせると固く、誓った。
「実はね……城下町が少々、騒がしいようなんだ」
「騒がしい? 何が起きたんですか?」
イラリオの顔が明らかに曇った。
愁いを帯びた表情もイケメンは違う! とつい、見惚れてしまうけど、そんな場合じゃなかった。
「動く死者が出たようなのだ……」
「へ?」
気のせいよね?
死体が動いた……?
まるで『ゾンビ』じゃない!
そうよ。
ここは異世界なんだもん。
いてもおかしくないんだわ。
「動きも緩慢。歩く速度も非常に遅い。しかし、生きている人間を見ると襲ってくる狂暴性があるらしいのだ」
「それって……『ゾンビ』ですよ。イラリオ様」
「ヒメナは知っているのか?」
「はい。ゲームや小説なんかでよく出てくるモンスターの一種です。いわゆる雑魚キャラなんです」
「ゲーム? 小説? そ、そうなのか」
イラリオは訝し気な表情を浮かべ、あたしを見つめる。
でも、その視線はあたしを疑っているんじゃない。
多分、心配してくれているだけなんだ。
「そうですよ、イラリオ様。『ゾンビ』を処理するのなんて、簡単なことです」
「アレは『ゾンビ』と言うのか。ふむ……君は簡単な方法まで知っていると言うのかい? さすがはヒメナだ」
やっぱり、イラリオはあたしのことを信じてくれる。
だから、あたしもこの人を守ってあげたい。
「燃やせば、いいんです。火に弱いんですよ」
「なるほどな。しかし、具体的にどうするべきか……」
「簡単です。あたしが燃やします!」
あたしに与えられたのは癒しの力だけじゃなかった。
人を助けるんじゃない……傷つける魔法も使えるのだ。
「それは駄目だ。ヒメナに危険なことをさせるなんて……」
イラリオは真剣な眼差しで首を横に振った。
どうして? こんなことくらいで危険なんて……。
「ヒメナに傷ついて、欲しくないんだ」
「イラリオ様」
イラリオは優しい笑顔で手を握ってくれる。
彼の為なら、何だってやろうと思った。
だって、あたしは彼の為に生まれたんだって、そう思えるから。
そんな彼に心配かけるようなことしちゃ、ダメだよね。
他に何か、方法があればいいのかな?
彼に心配をかけないで済むいい方法……。
燃えれば、いいのよね。
それなら……
「あのイラリオ様。火を付けた矢はダメですか?」
「火矢か……ふむ。ヒメナは賢いな」
「えへへ」
イラリオが頭を撫でてくれる。
嬉しい……。
彼に褒められると幸せな気持ちになれる。
「では、すぐに用意しよう」
「はい!」
イラリオは席を立ち、部屋を出て行った。
たかが『ゾンビ』だもん。
これで問題ないわね。
そんな考えがいかに愚かなものだったか、思い知らされることになろうなんて、あたしは知らなかった……。




