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23話 死の砂漠を生きるということ

「聖女様が知りたいこともこやつがおる方が分かりやすいじゃろうて」


 その言葉とともにイブン老が語り出したのは『砂漠の民』が送ってきた辛く、長い忍従の歴史でした。

 オルレーヌ王国、シュルトワ王国、そして、この砂漠に住む『砂漠の民』。

 共通しているのは魔法文化が全く、習熟していないことです。

 長きに渡って、魔法を軽視した結果、初歩的な魔法すら使えない特殊な環境が誕生したのです。


 しかし、それぞれが独自な道を辿ったそうです。

 オルレーヌでは転生者の知識を取り入れた独自の文化を築き上げることに成功し、シュルトワでは大いなる力を持つ存在である竜を崇めることでその恩恵を受ける。

 では『砂漠の民』はどうしたのか?

 『この過酷な砂漠で生き抜く為に自らの肉体を変えていったのじゃ』と言った時、イブン老がどこか、遠くを見つめるような目をしていたのが全てを物語っていました。

 彼ら、『砂漠の民』は体内に蓄積されている魔力を無意識のうちに使い、身体を強化していたのです。


 魔力は世界の生きとし生けるもの、世界中に存在する目に見えないエネルギーです。

 それは例え、魔法が使えない人間であっても同じ。

 そして、『砂漠の民』は過酷な環境に身を置き、幾世代も生き抜くことでいつしか大きな魔力を有する者が多く生まれる部族となったのです。

 この突然変異とも呼ばれる特殊な血が継がれた結果、魔力を無意識のうちに使い、驚異的な身体能力を誇る『砂漠の民』が大陸でも屈指の戦闘民族として、知られるようになったそうです。


 それがなぜ、アーヤの病と関係あるのか?

 不思議だったのですが、実は簡単な話でした。

 オアシスが甦り、砂漠が緑地化されていく。

 これは砂漠に生きる全ての生物にとって喜ばしいことであると同時に『砂漠の民』にとって、厳しい環境の変化でもあったのです。

 彼らは過酷な砂漠で生きる為に無意識のうちに魔力を消費していたから、発症していなかった。

 しかし、緑地化が進み、多くの動植物が生息するようになると、今度は魔力を消費する機会が減ってしまったのです。

 結果、体内にある膨大な量の魔力が行き場を失い、暴走を始めた……。


 わたしが緑をもたらした存在なら、アーヤが苦しんだのもわたしのせいということになります。

 皆さんが喜んでくれて、感謝してくれることが嬉しくて、何も見えていなかったのです。

 自分の愚かさを恥じるしか、ありません。

 あまりの愚かさと無力感に唇を噛み締め過ぎたのか、血の味が口の中に滲みます。


「聖女様。我ら、『砂漠の民』は貴女に感謝することはあっても恨むことは一切、ありませんぞ。アーヤも同じじゃ。あの子は貴女が大好きじゃからのう」


 イブン老の言葉に少しだけ、救われた気がします。


「レイチェル……それに貴女のお陰でアーヤは助かったのだ。改めて、感謝する……だから、これからも……」


 カーミルさんが言いかけた言葉を遮るように、やや乱暴に扉が開かれました。

 そこには『砂漠の民』の民族衣装である黒いローブを纏った男性が立っています。

 彼の表情には鬼気迫る物があり、何か、良くないことが起きたと察することが出来ました。


「お頭! 大変だ! ヤツだ!! ヤツが出やした!!」

「例年よりも少し、早いな……分かった。すぐに行く」


 言葉少なにカーミルさんは答えると腰掛けていた椅子から立ち上がります。


「レイチェル。すまない……。急用が出来たようだ。俺はこれにて、失礼させて頂く。また、会おう……」


 それだけを言い残し、彼は足早に立ち去っていきました。

 後に残されたのはわたしとイブン老だけです。


「あの……」

「何かのう?」

「ヤツって、何ですか?」


 元々、部外者のわたしにはさっぱり、分かりません。

 物理的にも心理的にも置いてきぼりにされた感覚が強いです。


「ふむ。聖女様は知らんかったか。そうかそうか。ヤツとはのう……」

「ヤツとは……?」

大砂鮫グランドサンドシャークじゃよ」


 初めて聞くその名にわたしは目を丸くして、固まるしかないのでした。

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