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18話 予言されし聖女

 『砂漠の民』の集落で下にも置かない歓待を受け、案内されるがままに一泊することになりました。

 わたしが泊まることになったのはイブン老という方のお家でした。

 集落の知恵袋として、皆に慕われている方で長い髭を蓄え、優しそうなお顔をしたおじいちゃん。

 その姿はどことなく、わたしを実の孫のように可愛がってくれたベネディクト翁に似ていて、懐かしく思えます。


 神殿で一番偉いお方でありながら、気さくで物腰の柔らかな人でした。

 真っ直ぐで曲がったことが嫌いな翁のことですから、早まった行動を取っていなければいいのですが……。

 わたしに出来ることは彼の無事を祈ることくらい。


 そして、翌朝のことです。

 あまり、目覚めがいいとは言えません。

 夢が非常に気になるものでした。

 イブン老が似ていて、ベネディクト翁のことを思い出したせいでしょうか?

 ベネディクト翁が夢に出てきたのです。

 少しやつれ、疲れた表情をしている彼の様子が少々、気にかかりました。

 そして、『お別れを言いに来ました』という翁の言葉で目が覚めたのです。


「お、おはようございます?」


 寝惚け眼を擦りながら、まだ回転が始まっていない頭のまま、リビングへと顔を出したわたしはそこにいた大勢の人の姿に思わず、固まってしまいました。

 イブン老しかいないと油断していたので完全に不意打ちです。

 薄い生地のワンピースにまだ、解いてもいない髪。

 そんな格好で大勢の人々の目に晒された訳ですから、意識を失くして逃げたい気分です……。

 自分の家でもないのにこんな格好をしていたわたしが悪いのでしょうか。


「ありがたや……ありがたや…」

「聖女様だ! 聖女様だ!」


 着替えと身嗜みを整える時間さえ、与えて貰えず、リビングにいた大勢の人に取り囲まれてしまったわたしです。

 ただ、ひたすらに困惑するしかありません。

 一体、何事が起きたのでしょう?

 それ以前にせめて、着替えくらいはさせて欲しいのですが……。


「あっ」

「おぅ……」


 バツの悪そうなカーミルさんと目が合いました。

 何という速さ!

 あっという間に逸らされました。


「ゴホン。皆の衆、聖女様は困っておられるようじゃ」


 さすがはイブン老です。

 代わる代わるキラキラと輝く瞳で感謝の言葉を述べられていく皆さんの熱気に押される一方で何も言えないわたしを慮って、場を仕切ってくれました。

 目を逸らした人とは大違いです。


 イブン老のお陰でどうにか、身嗜みを整え、用意されたサイズの合う衣装を着ることが出来ました。

 黒をベースに刺繍が施されたワンピースでやや厚手の生地なのが特徴のようです。

 簡素なデザインながら、シュルトワ王国では見ないデザインのお洋服なので着ることが出来て、ちょっとワクワクしています。

 新しい体験が出来るのは楽しいです。


 砂漠の民の女性はさらに頭の上から、黒い布を被り、なるべく顔を隠すのが習わしだそうです。

 わたしは客分扱いなので被らなくてもいいと言われました。


「お待たせして、すみません。それより、これはどういう状況なんですか?」

「うむ、実はな……」


 代表して、カーミルさんが話してくれましたが、その内容は中々に衝撃的なものでした。

 死んでいた泉が復活し、この集落の慢性的な水不足が解決した。

 わたしがオアシスに近付いたことが何らかのきっかけとなり、地下の源泉が甦ったとしか、考えられない。

 そのきっかけを起こしたこと自体、わたしが『聖女』である証に違いない。

 そういった意見が大多数を占め、『聖女』を手厚くもてなそうと決まったそうなのです。


 ここまでの話なら、偶然が偶然を呼び、奇跡に近い現象が起きたと考えてもおかしくありません。

 わたしは特に何かをした訳ではありません。

 ただ、オアシスの水を飲みたかっただけです。

 それが偶々、泉の復活に繋がっただけなのでしょう。


 ところが驚くのはここからでした。

 集落の人々が驚いたのは朝日に照らされた周囲の光景に腰を抜かしたそうです。

 荒れ果て、永遠に乾いた砂が支配する地であった『死の砂漠』に緑が芽吹いていたのです。

 それもたった一晩で!

 死して乾ききった大地に生気が戻り、土には水が染み込み、草花が生えている。

 そして、昨日までなかったはずの湖まで出現していた、と。


 まるで、夢でも見ているような気分だったと口々に語る皆さんの様子は嘘をついているように見えません。

 ましてや、カーミルさんは冗談を言うような方ではないでしょうし


「貴女こそ、予言されし、救世主。我ら、砂漠の民の聖女だ」

「ええ? それは言い過ぎではないでしょうか?」


 どうにも調子が狂ってしまいます。

 確かにわたしはシュルトワ王国で『聖女』と呼ばれていましたが、これといったことは成していません。

 そう。

 わたしは何もしていないのです。

 役に立たない『聖女』として、追放されたのですから。

 そんなわたしが……?


「聖女様は謙虚じゃな。貴女の行いは紛れもなく、奇跡そのものじゃよ」

「あの……いえ、本当に心当たりがないのですけど……」


 困りました。

 このままでは、何を言っても信じてくれそうにありません。

 わたしはシュルトワ王国に戻らなければならないと思い始めていたからです。

 夢に出てきたベネディクト翁のことが気にかかり、神殿に残してきた皆のことを思うと胸が張り裂けそうになるほど、心配で堪らないのです。


「聖女様。我らにどうか、お力を貸して頂けないだろうか?」

「……分かりました。わたしに出来ることでしたら、お手伝いさせて下さい」

「おおっ。ありがたい……」


 わたしを見る砂漠の民の皆さんの曇りがない真っ直ぐな瞳。

 純粋で素朴な彼らを見ているとその期待を裏切るような真似が出来ないと思ったのです。

 こうして、わたしは半ば、強引ではありますが、砂漠の民の集落に留まることになりました。

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