17話 その男、狂犬につき
(オスワルド視点)
王の為の『王の騎士』たる、近衛騎士団。
しかし、その実態は惨憺たるものである。
オスワルド子飼いの破落戸のような貴族の子弟。
『騎士に非ざる』者として騎士団を放逐された不逞の輩。
かねてより、素行が悪く、規範に従わず、団長に不満を持っていた輩。
そのような者ばかりを狙って集めたのかと疑いたくなる陣容だが、こうなってしまったのも致し方無い事情がある。
第一騎士団は団長と副団長という大黒柱を失い、指令系統に混乱を来していたにも拘らず、窮状に喘ぐ地方へと急行した。
第二騎士団は副団長ブルーノの指揮のもと、それぞれの隊を敢えて、分散させ行方をくらましていた。
その為、王都には真面な騎士など、残っていなかった。
だが、これは近衛騎士団長であるオスワルドにとって、好都合だったとも言える。
近衛騎士団は『王の騎士』ではなく、オスワルドの意のままに動く都合のいい手勢に過ぎなかったのだ。
「チッ。あのくそじじじいめっ!」
馬上で先日の出来事を思い出したオスワルドが舌打ちをする。
「団長。 落ち着いて下さいよ」
部下の一人が宥めるように声をかけるが、あまり効果は無いようだ。
オスワルドは歯軋りしながら、拳を握り締め、離れたばかりの王都で起きた出来事を思い返す。
レイチェル・ブレイズはいけ好かない女だった。
何もしていない癖に『聖女』だと敬われ、慕われる。
気に入らない。
憎い。
そんな女を追放し、ようやく羽を伸ばせると自由を満喫していたところにあのくそじじいが乗り込んできた。
イラリオは単純な奴だから、じじいの言うことを聞いて、考えが二転三転しないとは限らない。
だから、俺とビセンテが代わりに話を聞くことにした。
「このような暴挙は許されませんぞ。レイチェル様は聖女ですぞ。然るべき手順を示し、民に……」
「うるせえ! 黙れっ!」
俺は一喝して、話を遮った。
こいつらはいつも、そうだ。
俺がやることをいつも、いつも、止めようとする。
駄目だ。
もっと考えろ。
兄を見習え。
いつの間に剣の柄を握っていたかも分からないが、 抜剣していた。
露わになった白刃の閃きが俺に力を与えてくれる。
そうだ。
剣があれば、何でも出来る。
「待つのじゃ。話せば、分か……」
じじいがそれ以上、言葉を発する前に体が動いていた。
気が付けば、袈裟懸けに体を切られ、滅多刺しになり、血の海に沈むくそじじいの体があった。
「ああ。やってしまいましたね」
この状況でもいつもと変わらない落ち着いたビセンテの呟きが聞こえたが、もう遅い。
また、やってしまった。
「やってしまったことは仕方ないですよ。後は僕に任せてください」
「すまない……。俺はまた……」
「大丈夫さ。僕に任せて」
「あ、ああ」
柔らかな笑顔を浮かべ、労わるように俺の肩に手を置くビセンテの気遣いに持つべきものは友と改めて、思った。
また、余計なことをした俺を一切、咎めようとはしない。
ビセンテはいつも頼りになる。
くそじじい――竜神殿の最高位にあるベネディクト大司教――を罪人として、告発した上で刑に処したと発表したのだ。
罪状は国家反逆罪。
『聖女』レイチェルと共謀し、国費を横領し神職にある者とは思えない奢侈に驕った行いは断じて、許すべきではない。
そうして、じじいを晒し首としたのだ。
最高じゃないか。
レイチェルといい、じじいといい、口うるさい連中が消えてくれたんだ。
これでやっと、自由だ。
目の上のたん瘤だった親父と兄貴ももういない。
くそじじいを消して、障害になりうる神殿の排除にも成功した。
なのに、この違和感は何だ……。
なぜだ?
もう俺達の邪魔をする者はいないはずだろう。
横暴な『聖女』に加担し、王を弑しようと画策した反逆者。
ついに牙を剥いた辺境伯ブレイズ家を討伐べく、北へと向かう途上、俺は心の中に僅かに生じた微かな違和感を敢えて無視し、歩みを進める。
俺には前に進むことしか、出来ないのだから。