16話 レックスという男
(三人称視点)
第一騎士団が無力化されていくのと同じ頃、第二騎士団にも魔の手が伸びようとしていた。
不穏な動きがあることを密かに察知していた団長レックス・ヒースターは団員を集め、緊急会議を開いたのである。
「諸君、我々は今、危機的な状況にある」
そう切り出したレックスに、副団長であるブルーノを始めとした団員は息を飲んだ。
豪放磊落で知られる団長の普段の物言いとあまりにも違ったからだ。
良く言えば大雑把、悪く言えば乱暴。
『おう! 大変なことになったようだぜ!!』
そんなノリの男があの丁寧な言い方をするものだから、頭でも打ったのか、悪い物を食べたのかと団員は訝しむ。
団員の様子に居心地の悪さを感じたのか、レックスはいつものように相好を崩した。
「先日、第一騎士団の方で何か、あったようだ。面倒くせえことにな」
「何かって、何でやんす?」
「ナニカって、美味しいんか?」
「あああ! うっせえぞ、おめえら!」
団員の野次を一喝したレックスは再び、表情を引き締めた。
「まあ、いい。とにかくだ。このタイミングで第二騎士団が襲われたら、ひとたまりもねえってことだ。そこでだ。ブルーノ、おめえに後を任せるぜ」
「は?」
「俺ぁよ! ちょっとした野暮用さ」
不精髭を生やしたむさ苦しい中年男がウインクをすると石化と室温が低下する効果が出るらしい。
「ちょ、待てよ!」
レックスとは長い付き合いのある副団長ブルーノは誰よりも早く、我を取り戻した。
しかし、『ちょ、待てよ』の言い方からするとまだ、頭が混乱しているようだ。
「大丈夫だって、心配すんな」
「そういう問題じゃ……ねえだろうがよ」
引き留めようとするブルーノの声を無視し、レックスは部屋を出て行った。
後を任されたブルーノが第二騎士団を動かし、追放された『聖女』レイチェルを『東の果て』まで護衛することになるのだが、レックスがこのことを予見していたのかは定かではない。
レックス・ヒースターは貴族としてはもっとも低い男爵位にある。
彼は元々、流浪の傭兵として名を馳せた男である。
その腕を買われ、当時の第二騎士団長アマンド・アルドに口説かれ、シュルトワ王国に腰を落ち着けることになったのだ。
レックスは単純な戦士としての技量の高さだけではなく、人を惹きつけるカリスマ性を持ち合わせていた。
彼があれよあれよという間に第二騎士団の中で確固たる地位を築いていったのは特別、不思議なことではなかった。
そして、アルドの後継者として、団長の座に就くことになったのである。
そんなレックスだが、地位や身分に対する執着をまるで持っていなかった。
品性にこそ、問題はあったが無欲で武骨なレックスをカルロス王が殊の外、気に入ってしまい、高い爵位を与えようとしたが一切、受けようとはしなかった。
ようやく譲歩して、受けたのが男爵位だったほどである。
その為、ヒースターは男爵でありながら、領地を有していた。
これは王国の歴史の中でも異例のことであり、カルロス王がどれだけ、レックスを大事に思っているのかが分かるエピソードでもあった。
そして、レックスは現在、副団長であるブルーノに後事を託し、王都南西に位置する自領に籠っている。
その邸宅は彼の人柄を表してか、質素で飾るところがない素朴な木造の山小屋を思わせるものだった。
今、ヒースター邸にいるのはレックスただ一人である。
何かが起きた時に使用人達を巻き添えにするのを嫌い、予め退去させていたのだ。
勿論、執事やメイド長を始め、皆がともに残ると主張したのだが……。
それを全て、『任せろ。俺を誰だと思う? レックスだぜ?』だけで説得していた。
「おいおい! 一体どういうつもりなんだ?」
屋敷を取り囲む無頼の輩を怒鳴りつけるレックスの姿があった。
人相が割れないように覆面をしているが、身に着けている物で近衛騎士団に所属していることが言わずとも知れている。
あまりの剣幕に恐れをなした騎士もどきは思わず後退りし、顔を見合わせる。
「そ、それは……」
「それは? どうした?」
レックスの鋭い眼光に混じる威圧感に圧倒する人数で一人を取り囲んでいるとは思えない怯え振りでリーダー格らしい男がおずおずと答え始めた。
「俺らはただ、オスワルドの兄貴……いや、団長の命令に従って、お前を捕まえに来ただけで……」
「命令通りだと? おめえらは馬鹿か!」
レックスが眉間に深い縦じわを寄せ、一喝する。
辺り一帯にビリビリと響く、声量だった。
「俺はなあ! このヒースター領の領民を守る義務があるんだよ! だから、ここを離れられねえ。それにだ。だからよ。俺はここで死ぬ。おめえらは俺が死んだと報告しておけ!」
そう言い放つなり、レックスは悠々と館へと戻っていく。
堂々とした男っぷりに近衛騎士団の騎士達は呆気にとられ、微動だにしないまま、それを見送ってしまった。
やがて、館は天をも焦がす勢いで燃え盛る炎に包まれた。
激しく、燃え上がる業炎はレックスという男がいたという痕跡を全て、消し去ろうとしていたのかもしれない。