11話 聖女、東の果てに着く
東の果てと目と鼻の先にある小さな村が最後の宿場でした。
そこでもこちらが恐縮してしまうほどの歓待を受け、別れを惜しまれながらも旅路に出ねばなりませんでした。
「お気をつけて」
「どうぞご無事で」
そう言って見送ってくれた村人の顔は、今でもはっきりと覚えています。
街道と呼ぶには、あまりに粗末な道を言葉少なに進みました。
なぜなら、遥か彼方で多くの命が失われていくのを感じたからです。
恐れ、怒り、嘆き……。
ありとあらゆる感情が渦巻いていました。
追放された身であるわたしには何も出来ません。
でも、せめて目が届く範囲ではこれ以上、わたしのせいで誰かを悲しませたくはありません。
「ブルーノさん。ここでわたしを下ろしてください。ここからはわたしが一人で行かねばなりません」
「しかしよお、お嬢ちゃん……」
「……お願いします」
「分かったよ。行くぞ、ペドロ」
「で、でも、隊長! 聖女様がっ! 一人では無理です、僕がっ!」
馬車を止めてもらい、わたしは一人降り立ちました。
わたしの決意が固く、梃子でも動かないと分かってくれたのでしょう。
ペドロさんは最後まで食い下がり、わたしに同行しようとしていましたが、ブルーノさんに急かされて、去っていきました。
シュンとした様子になぜか、垂れさがった犬の耳と尻尾が見えた気がします。
きっと気のせいでしょうけど。
さて、ここからは徒歩です。
一人ぼっちです。
心細いこと、この上ないですが、わたしにはやらねばならないことがあります。
進みましょう。
既に街道どころか、どこが道なのか、分かりません。
右を向いても左を向いてもサンドカラーに囲まれていて、本当に東に向かっているのかさえ、定かではありません。
照りつける日差しの強さはこれまでの比ではなく、この砂漠地帯が特殊な環境にあるのだと窺い知れます。
『死の砂漠』などと呼ばれるのはそのせいなんだねぇ、などと漠然と考える余裕があるのでまだまだ、平気そうです。
しかし、喉の渇きだけは如何ともし難いものがあります。
幸いなことに三日分の食料と水筒をブルーノさんが渡してくれたのですが、無駄遣いは出来ません。
本当なら、それすらも与えずに砂漠へと放り出す。
それが、あの王子からの命だったそうです。
どれだけ、わたしのことが嫌いなんでしょうね?
食料はどうにか、なりそうですが、水だけはどうにかしないとこのままでは干上がってしまうでしょう。
どこかで水を調達する必要があります。
「あっ」
少し歩いたところで、運よくオアシスを見つけました。
砂漠に入って、それほど歩いていないのに、こんなにもハッキリと見えるオアシスがあるなんて……。
まさか、蜃気楼?
訝しむわたしでしたが、どうやら本物のオアシスのようです。
それにしても綺麗な泉です。
澄んだ水がこんこんと湧き出していました。
手ですくって、喉を潤すと生き返った気がします。
人心地して、落ち着いていると不意に背後で気配を感じました。
「随分と遅い到着ね、レイチェル」
懐かしくも温かいこの気配は……。
「お母さん?」
振り返るとそこには確かに母の姿があります。
燃え盛る炎のように紅く、艶やかな髪。
人のそれと異なり、やや縦長の金色の瞳が妖しい光を帯び、わたしを見つめていました。
裾に大胆なスリットの入った真っ赤なイブニングドレス。
豊かな胸を強調するように胸元が露わなデザインを華麗に着こなすのは間違いなくお母さんです。
「えぇ、そうよ。あなたを迎えに来たわ」
「どうして……ここに?」
「決まっているじゃない」
「でも、わたしはもう……」
「関係ないわ。そんなことは些細な問題だわ。契約は切れたのよ? さぁ、行きましょう」
お母さんは優しく微笑みながら手を差し伸べてくれます。
わたしがその手を取ろうとした時でした。
「動くな……」
凛とした声でした。
声を合図に周囲の砂の中から無数の影が現れます。
全身を黒っぽいローブで身を包んだ戦士達でした。
その数およそ二十名ほどでしょうか?
彼らは皆一様に同じ仮面を被っていました。
目だけを覗かせるようなシンプルな作りのもので、顔の上半分は隠れていますが、口元は露出しています。
そして、彼らの手に握られているのは剣や槍といった武器ではなく、奇妙な形状をした曲がった刀身の剣でした。
「ええ……!?」
何だか、また面倒なことに巻き込まれそうなんだけど。
チラッとお母さんを見ると悪そうな顔をしているから、嫌な予感がしてきました……。