第五回 封宝具《ふうほうぐ》
公尚さんの店にはいると、
奥から声が聞こえてくる。
公尚さんと、宋清さんの声だ。
「......どうやら、あの町にも崔どのの手が、
回っているようだ。
あの町の両替商が融資の返却を一月後に迫ってきた」
「返済には五万貴はいるわ。
......もう崔にお金を払うしかないわ」
「それは出来ない......
払えば誰一人逆らうことのなくなった彼は増長し、
商人たちへの更なる要求をしだすだろう」
(だろうな)
「それに、もういくつもの問屋がつぶれそうだ......
この国とてそう仕事に就けるわけではない
店がつぶれれば、困窮し、死ぬ者もでてこよう」
(そんな状態なのか......だから、公尚さんは、
崔の要求をのめないのか......)
「じゃあ融資を受けられないのにどうするというの?」
「他の国に行く......」
「そんな!?」
「商いは成功している。他の国で身を立て、お金を稼げれば、
この国に戻って彼と対抗できるはずだ」
「そんなお金を稼ぐのに......一体どれぐらいかかるか......」
(それに公尚さんがいない間に、
崔はさらに肥え太るだろうしな)
「だが、このままじゃ」
「お父さまのことね......」
「ああ、それもある......」
「あなたの父さんは役人に申し出たけど、
そのあと崔の妨害にあって......」
(そうか役人に申し出たのは、
公尚さんのお父さんだったのか)
「......わかったわ。あなたがそこまでいうのなら、
私もついていきます」
「えっ?でもいつ帰ってこれるか、
それでも、構わないのかい」
「......ええ」
二人が手を握り、見つめあっている。
僕はさっきから近くにいたが、
二人は話に夢中で気づいてくれなかった。
僕がそっとその場を離れようとしたとき、
公尚さんと目が合う。
「あっ!三咲さま!」
「きゃ!」
二人は跳び跳ねるように離れる。
(し、しまった......逃げ損ねた)
公尚さんも宋清さんも、
顔を真っ赤にしている。気まずい空気がながれた。
「あー、えーと、あの、お金を少し稼いできたんですけど、
この世界の貨幣価値が、よくわからないんですよね」
無理にでも何とか話をそらそうとした。
「えっ?お金ですか?稼いできた?」
僕にみられたことに、動揺していた公尚さんに、
僕がもらった袋を机に置いて見せた。
それを開けて見て更に動揺している。
「こ、これは一体!?すごい金額ですよ!
十万貴はある!!」
「本当!!こんなお金どうやって!」
宋清さんもさっきのことなど忘れて、
目を丸くして驚いている。
「それってすごいんですか?」
「ええ!この世界の通貨は、
下から旦寛貴とあって、
旦が百で寛、寛が百で貴
となります。
それぞれ、一、五十、百、五百、千の位の硬貨があるのです」
(つまり貴の千硬貨が百枚ってことか)
「でどれくらいの価値ですか?」
「これだけあれば......大きな家が立てられるくらいです」
「そんなに!?」
(まさかあんな蛇がそんな高額だとは)
「それで仕事は何を......そうか!魔獣を倒されたのですね!」
宋清さんはそういった。
「はあ、まあ......」
「よく考えれば、こんな額を一日で稼げる仕事なんて、
魔獣討伐ぐらいしかないですものね」
「......確かに、ですが術も知らない、
三咲さまが魔獣をどうやって?」
僕は気を使い倒したことを二人に話して聞かせた。
「まさか......昨日のあの気をつかったのですか」
「無茶な......下手をすれば死んでらっしゃいましたよ」
二人とも少しあきれたようにいう。
「今、僕に出きるのはこのぐらいですので、
それでこのお金で何とか崔と対抗できますか」
「とんでもない!!
このようなお金をいただくわけには参りません!」
キッパリと公尚さんはいった。
(まあ、この人の生真面目、実直さならそういうよな......
でもなんとか受け取ってもらわなければ)
「......ただとはいってませんよ。前にここには珍しいものがあると、
おっしゃってましたよね。それを買いたいんです」
「えっ? 確かにいいましたが......」
困惑している公尚さんを説得して、
僕たちは店の方に行く。
「これがうちの店で最も珍しい道具、封宝具
名前は水如杖です」
そう言って公尚さんは、
手のひらに収まる長さの棒を見せた。
(あれだ!!最初にみた棒)
「封宝具?
そういえば口入れ屋で、その言葉聞いたような......」
「封宝具とは、
気を使って様々な現象を起こす術具のことです。
仙人や道士でなくても気を操れれば使えます」
僕は渡された棒をみる。何か気の力を感じた。
(何か確かに感じるな)
「なるほど、ん?道士?それも聞いたような......」
「道士とは仙人を目指している人間のことです。
修行によって気をかなり操ることができるそうです」
「じゃあ僕もそうなんじゃ」
「いえ、修行もせず気を操れるのは仙人ぐらいです」
「そうなんだ、じゃあ、これください」
「でも......」
「買い物ならただの客でしょう。なら気にせず受け取ってください」
「すみません......」
そう言うと公尚さんは目に涙を浮かべて、
両手で袋を受け取ってくれた。
その後、倒した魔獣の話をしながら、三人で食事を楽しくとった。