第三回 口いれ屋
こそこそとその男たちの脇を避け、建物の中に入る。
中にも大勢の人がいて、騒がしかった。
(なんか怖そう......)
「あそこが受付です」
公尚さんにつれられ、
カウンターのような机の前の椅子に座る。
前にいる化粧の濃い受付嬢が話しかけてきた。
「こちらに何かご用でしょうか?」
「えーと、仕事を探してるのですが」
「わかりました。では......こちらの中から、お選びください」
そう言って机に厚みのある紙の束を置いた。
(これ漢字でもない。日本語でも、中国語でもないな......
ただ読めるし、書けそうだ。どういうことだろう?)
内容は、裁縫や建築、物の配達、
聞いたことのない植物や鉱物、動物の入手などだった。
だが、その文面に驚くべき文言を見つける。
「なにこれ!!?」
「どうされました?三咲さま」
「公尚さん!これ魔獣の討伐って書いてある!?」
僕が驚いて聞くと、
後ろでみていた公尚さんはうなづいた。
「そうか、人間界にはいないんですね......
魔獣とは、この仙境にある陰の気が、
自然物や生物に様々なものに集まり変じた化物のことです」
「そんなものがここにいるのか......」
「なんだガキが、魔獣も知らんのか!
どけ!ここはお前のくるところじゃねえ!」
そう後ろから来た巨漢の男が、僕の前の紙をひったくった。
「何をするのです!三咲さまに!」
公尚さんがそう強く言うと、
巨漢の男は公尚さんの胸ぐらをつかむ。
「何か文句でもあるのか!この優男が!
その腕叩き折ってやろうか!」
男は右腕を振りかぶる。
僕はとっさに立ち上がり男を両手で押した。
「止めろ!」
ドオン!!
「ぐわぁぁぁ!!」
男は吹き飛ぶと、建物の壁へとぶつかり、
そのまま意識をなくした。
「三咲さま......その腕」
宋清さんが驚いたように指を差した。
「えっ? 光ってる!?」
僕の両手が光を放っている。
「あれは気か!?」
「あんな子供が使えるのか!?」
「まさか仙人か!?」
「いやこんなところに仙人はこないだろう。道士じゃないか」
周囲にいた人達がざわつく。
「と、とりあえず、この紙借りていいですか」
僕はそう焦っていった。
「は、はい、どうぞ。
決まりましたら、こちらにお持ちください」
受付嬢も動揺してそういった。
僕たちは紙を拾うと、足早にその場を去った。
口入れ屋からでての帰り道。
「すみません......公尚さん、僕せいで......」
「いえいえ、こちらこそ助かりましたよ。
殴られそうでしたから」
「そうですよ。でもやはり仙人さまですね。
気をつかわれていました」
「そうだろう。仙人さまでなければ、
気を使うことなどできないからね」
公尚さんと宋清さんが、
嬉しそうにいった。
「気って、あの光、気功とかですか?」
「気功がどういうものかわかりませんが、
仙人はこの仙境に満ちる気を操り、術を使われると聞きます」
(ということは、僕はやはり仙人ってことか......
......この気を使って何かできないかな)
そんな風に思い歩いていると、
前から身なりのよい小太りの中年男が、
人相の悪い取り巻きを五人連れて歩いてくる。
「公尚......か、お前さん、
まだ問屋から仕入れをしてないな」
小太りの男は公尚さんをゆっくり見つめると、
手に持った扇をふり、細い目をさらに細めて話した。
「崔どの。ですから何度も言うように、
私は仕入れの店を自分で選んでいるのです。
良き物をお客様に届けるのが商いですので」
「ふん!何が良きものだ!このまま指定の問屋で仕入れぬなら、
いずれ協会を脱会してもらうからな!」
そう憤慨して、崔という男はのしのしと去っていった。
「まったくひどい人」
宋清さんがそういって眉をしかめる。
「仕方ないさ...... あっ、忘れていた!三咲さま。
宋清私少し先に帰っておりますね」
そういって足早に公尚さんは帰っていった。
「宋清さん、あの小太りの男は......」
「崔というこの町の小売り商人協会の会長です。
公尚は、小さな店からも仕入れしているのですが、
指定した問屋からしか認めないと......」
「いやなら協会は抜けられないんですか」
「ええ、この国で商売をするには協会を通さないと......
でもあの崔は、特定の問屋しか使わせないのです。
それで小さな店は経営が苦しいから......」
「その問屋からお金を得ている......」
「ええ、おそらく......私の父も商売をしているのですが、
他のみんなもかなり高い値段で買わされていて......
でも人一倍、真面目な公尚は、
それを断り続けているのです」
誇らしいように宋清さんはいう。
「公尚さんは立派な人ですね」
「ええ!そうなんです!!あの人は昔から......
あっ!あの、いえ」
いいかけて、宋清さんはほほを赤らめた。
(なるほどなあ......)
「国があるなら、役人などに申し出てみては」
僕はそういってみる。
「......前に崔の悪行を申しでた人がいましたが、
証拠がないと言われて......」
宋清さんは目を伏せそういった。
(......正直者や正義感の強い人は、大抵不利を被るのが世の常か)
僕は自分のことより、
公尚さんのことが心配になっていた。
その頃、もう空は日が落ち暗くなり始めていた。