第8話 俺、魔王に「なんでもすると言ったよな?」と言われる
「何故?」
骸骨でもありありとわかる疑問の表情に、俺は何を今さらといった顔で返す。
「そのためにモフモフにしたんでしょ、このケモ足」
「違うが……いや、わかった」
躊躇いながらも俺の答えを聞きたい気持ちが勝ったか、素直に俺の膝に頭を預ける魔王様。
「どうです? このケモ膝枕、そこの堕落ッションにも負けてないでしょう?」
「うむと言うべきなのかなんなのか……おふっ!」
中身がないせいか思った以上に軽いその白くツヤツヤとした頭骨に指を這わせると、魔王様が変な声を出してビクッと震えた。俺はそんなお可愛い魔王様にニヤニヤしながら、あやすような声音で約束の話を始めた。
「俺はこの世界の人間を知らないので元人間うんぬんで魔王様のご質問にはお答えできませんが、それでも一つだけ確かに言えることがあります」
膝の上で俺を見上げる魔王の顔に髪が落ちないよう耳に掛けながら、俺はその暗い眼窩の奥に光を探すように見つめながら言った。
「魔王様が好きなことです」
そして笑い、
「だから膝枕ができる」
その頭を撫でる。
「この城の皆さんも魔王様が好きらしいですから、少なくとも俺も含めてここの皆さんは、好きな魔王様の助けになりたいと思って働いてますよ。もうちょっと頼ってあげた方が喜ぶくらいだ」
それは確かな事実で、だからこの脳ミソないのに頭でっかちの真面目な魔王様に俺は言って聞かせる。
「魔王様が昔は人間だったとしても、今はみんなのことが好きだから魔王としてみんなを守りたいと思っている――そういうもんじゃないですか?」
言いながら「情が湧いた」という実に普通の一般論だなと思いながら、その一般論で魔王を膝枕している自分を顧みて、やはりこれが俺には一番しっくりくる理由だった。
「そんな感情が私に?」
「いや、知りませんけども。ただ、そう思った方が生きやすいですよ」
まだ自分を懐疑する魔王にそう雑に返すと、膝からフッと笑い声が漏れた。
「死霊にむかって」
「生きてますよ。会えて、話せる。俺の元の世界じゃ、死んだらできない話だ」
死を超越する。さすがは異世界という現象であるが、その死霊を膝枕している俺からすれば身体の生死なんて大した問題には思えなかった。そもそも人生相談なんて生きることに迷いのある奴がすることだろうが。
死んだら会えない、話せない。それが俺の世界の常識だ。そんなことを考えたせいか、不意にこの前見た夢の光景が脳裏に浮かぶ。
妻と娘と息子。
「……貴様にも守りたいものがあったのか?」
俺の表情の変化に気づいたのか、魔王が気遣わしげな声でそう訊いた。
「そうですね……家族を、妻と子供たちを守りたいと思っていた」
答える俺は、魔王の顔に水滴が落ちるのを見た。泣いている。俺が。気付かなかった。慌てて天井を仰ぐ。
諦めた。
諦めたからこそ。
「こんなに早く死ぬ予定はなかったんですがね――」
感情が涙を流す。
「戻りたいか?」
その言葉に惹かれるように魔王を見る。
「生きては還れぬ。けれど、魂だけでも元の世界へ戻りたくはないか?」
会えない、話せない。事実は変わらない。しかしこの世界に来たことで証明された、魂という存在があるのなら。
「そうですね」
見守ることぐらいはできるかもしれない。だが――、
「この世界で俺が死んだらお願いしましょうか」
今はこいつが俺の膝の上にいる。
「いいのか?」
「そのぐらいは付き合いますよ」
涙を拭ってそう笑うと魔王も笑い、そして軽く身じろぎしてさっきより心なしか身体を寄せてきた。
「どうやら私も貴様のことが好きなようだ。この膝枕は心が安らぐ――」
「ちょ、魔王様、ドキッとするようなこと言わんでくださいよ!」
「ふふっ……死霊となってから眠る必要がなくなっていたが、今は久方ぶりに眠れる気がする――そうだ、子守歌に何か貴様の世界の歌でも聴かせてくれないか? 先程なんでもすると言ったよな?」
慌てる俺を見上げる魔王は笑いながらそう言って、本当に眠るつもりなのか胸の上で手を組んだ。なんか急にめっちゃデレだしたなこの骸骨。
俺は「あー」とぼやきながら、なんでもすると言った手前、何か歌わざるを得なくなった。歌。歌ねぇ……。
「じゃあ――」
ふと思い浮かんだ歌を口ずさむ。子守歌にするには少し激しい歌だし、洋楽だし、映画きっかけで知ったにわかで詳しい歌でもない。けれど何故かこいつに歌ってやりたいと思う歌だった。
前世の俺とは比べ物にならないエルフの綺麗な声で喉を震わせる。静かに物悲しく、それでいて力強い熱のある歌。
“――Somebody to love――”
歌い終えて少し上気する顔に、ちょっと熱唱っぽくなっちゃったかなと恥ずかしさを覚える。
「なんという歌だ?」
そこに膝から声がした。
「寝たんじゃないんかい!」
「よい歌で聴き入ってしまった。どういう歌なのだ?」
自覚できるほど顔が熱くなった俺は、しれっとした骸骨顔で好奇心のままに訊ねてくる魔王を憎たらしく見下ろし、
「クイーンのサムバディトゥラブ。サビの歌詞の意味は……」
特に補足説明もせずに答えながら膝の上の骸骨頭を撫で、
「誰か私の愛する人を見つけてください――」
その額を軽く叩いてやった。