第7話 俺、魔王に人生相談をされる
夢を見た。
前世の夢だ。
妻と娘と息子がいる。
妻がキッチンで娘とケーキを作っている。
俺はリビングで座椅子の後ろから繰り返しにのしかかってくる息子とじゃれ遊びながら、ケーキが出来上がるのを待っている。
今日は娘の十歳の誕生日だ。
生クリームを顔の至る所につけながらも出来上がったケーキに誇らしげな顔の娘。
その顔をスマホで撮って「見て見て」と言ってくる妻。
ケーキに顔を輝かせて駆け寄っていく息子。
みんな笑顔の家族の光景。
――守らなければ。
そう思ったところで夢から覚める。
見慣れてきた天井。
そこに夢の中で守らなければと思ったものはない。
***
「なんだよ突然」
魔王が部屋にやってきた。あまりに突然だったのでランニングシャツに短パンというだるだるスケベな部屋着でのお出迎えとなってしまった。
「私は骨なのだから骨休みが必要なのだろう?」
そう顎を引いて笑う魔王様に俺は苦笑する。気に入ったんかい、それ。
とりあえず部屋に招き入れ、ソファに座らせる。
「おお、凄いなこのクッションは」
「ええ。精神を堕落させるクッション、略して堕落ッションです」
魔王がソファのクッションに触って驚きを口にする。ふっ、お目が高い。人をダメにするクッションを参考に、魔法とスライムを合成して再現した低反発に身体にフィットしてくる触感に魔法による温度調整機能を加え、夏涼しく、冬温かく、常に適温で使用者を優しく包み込み、天国のようなぬるま湯の底へと身も心も引きずり込む、我が最高傑作の魔道具である。
「おおお……貴様は本当に面白いものばかり作る」
そう呟きながらクッションに抱き着いて顔を埋める骸骨からしか得られない栄養分ってあると思うんですよね。
しばらくその堕落した御姿を鑑賞した後、あらためて訊ねる。
「で、何か御用ですか?」
「いや……ただ少し話したくなっただけだ」
クッションに堕落していたことを少し恥じたのか、顔を上げた魔王はコホンと咳払いをして居住まいを正した。ここからなんぞ世間話でもするのかと少し待ってみたが、何か切り出しにくい話題であるらしく、躊躇いがちに首を傾けながら意味もなくクッションを揉み揉みするなど、彼女の部屋に初めて招待された童貞男子のように落ち着きのない振る舞いを見せる。
あらやだ可愛いと思いつつ、このままお帰りになられてもこっちがモヤモヤするので、こちらから切り出すことにした。
「ご相談ならなんなりと。俺にできることならなんでもしますよ?」
ここが日本ならここで「ん? 今なんでもするって言ったよね?」と骸骨が野獣に変わるところだが、ここは異世界なのでそんな「アーッ!」なことはなく、骸骨魔王は重々し気に天井を仰ぎ、そして意を決したように頷いてから口を開いた。
「私は昔、人間だった――」
それは魔王の生い立ちの話だった。
約千年前に人間として生を受けた魔王は、幼少から魔法の才があり、長じて大魔導士となって生涯を魔法研究に投じたという。
「魔法を極め探求する。それが私の幸せだった。だから人生が終わりに近づくにつれ、死を恐れるようになった」
死ねば魔法研究が出来なくなる。その一念だけで死霊魔法を生み出し、その身を不死の骸骨へと変えたのである。
これは結構にマッドな執念であるが、こいつは捕虜にしたエルフの姫が「虜囚の辱めを受けず」と自決すると、「まだ使える」精神でその遺体を最強キメラ作成の実験に使い、次に動かす魂がないと見るや異世界からの魂召喚実験という前例のない手段に挑戦して、魔改造キメラエルフTS異世界転生アラフォーオッサンという悪魔的存在を爆誕させた奴である。研究者としては完全にマッドな奴であった。
しかし人間が死霊となれば、人間の世界に居場所はない。
「そこで魔界に移住した。魔界は強いものが正しい混沌の世界。力さえあれば人間界から来た死霊が一人魔法研究に没頭していても文句は言われない場所であったからな」
それから何百年も自由に魔法研究をしていたこの死霊の元に現れたのが先代魔王だった。
「先代は私の魔法研究を援助する見返りに、その研究成果の提供を求めてきた。単独での研究には限界もあったから、私はその申し出を受け入れた。互助だ。始まりはただそれだけの関係だったのだ」
こうして魔王城に研究施設を与えられ、約束通り研究成果の提供を行いながら魔法研究に没頭したという。その成果は当然軍事にも転用され、先代魔王の魔界統一に大きな貢献を果たしたそうだ。
「人間界侵攻に至って、私の生み出した魔法が人間を殺すために使われることになった。そのことに私は特に痛痒を覚えなかった。むしろ自分の魔法の生み出す成果に喜びすらした」
元人間である魔王はそこまで淡々と語った後、肩を落として息を吐くと、今までと違う戸惑いの混じった声で言った。
「なのにな、私はそのような人間であったはずなのに……そんな私が魔王として魔界の秩序を守るために働き、その命運まで背負う道を選んでいる――故に訊きたいのだ」
そして俺に訊ねる。
「私が魔王でよいのか? 元人間でありその死に痛みを感じることも忘れた私が、人間から魔界を守るなどおかしな話ではないのか? 異世界人とはいえ元人間の貴様はどう思う?」
縋るように重ねられた問いに、こいつは本当にお固い奴なんだなと思った。骨だけに。
これに俺は自分の膝をポンポン叩いて答える。
「では、この足に膝枕されてくれたらお答えしましょう」