第5話 俺、骸骨魔王とのラブコメフラグにブルブルする
「まあ、私の仕事はこのように順調でありますが……ところで魔王様のお仕事の方はいかがですか?」
「人間界との門を塞ぐ結界の強化か」
俺の振った話題に魔王は骸骨頭を指でトントンと叩きながら溜め息交じりに答える。
門とは魔界と隣接して存在する人間界とを繋ぐ空間の歪みである。魔王城の上空にあって視覚的には波紋のような揺らぎを湛えて浮かんでおり、それを覆って巨大な魔法陣による結界が張られていた。
「難航しているな。結界の出力を上げる問題が解決できない」
この結界が魔王にとって今一番の難題であった。
「新たなる勇者が先代勇者と同程度の実力と計算すると、今の出力では聖剣に対して紙に等しい。聖魔相克の反発増大を利用する方法も検討したが、結局は聖剣と同等の魔力が必要になる点で大差がない――」
勇者――神と精霊の祝福を受け、聖剣を授けられた戦士であり、人間界に攻め込んだ魔王軍を迎え撃って壮絶な戦いの末に魔王との相討ちに果てた人間界の英雄――だそうだ。
なんでも勇者の聖剣はその一振りで文字通り山を切り裂いて谷を作るというような地形改変を軽々と引き起こす、Z戦士もかくやという戦略核弾頭級の攻撃力で魔王軍を薙ぎ払ったらしい。これと相討ちになった先代魔王もきっと戦闘力五十三万くらいあるバケモノだったのだろう。そういうレベルの戦闘はマンガやアニメの中だけにして欲しいものである。
「人間たちは先代勇者の息子を新たな勇者として育てている。時が来れば将来の憂いを断つために、この魔界に攻め込んでくるのは確実であろう」
聞いた話だと先代魔王は魔界統一を果たした後に、平和になった魔界で不要になった魔王軍兵士の失業対策を目的に人間界へと攻め込んだそうだ。この魔王城自体この侵攻のための前線基地として門の近くに作られたらしい。
こうした統一後の外征は、秦の始皇帝やら豊臣秀吉やらの天下統一者も行っている歴史ではまあまあ見られる戦後の戦力発散現象である。天下統一で平和になり、血と暴力に生臭い戦場帰りの兵隊が仕事の当てもないまま大量に民間へ戻ってくると、都市ではギャング、地方では山賊野盗、政治に結び付けば反体制ゲリラになるなど、治安の安定どころか暴力の再生産を起こして、内戦が終わってもまったく平和にならないアフリカの紛争国のような状況に陥るので、それならこの物騒な余剰兵力を丸ごと外国にぶつけて領土も増えれば万々歳――というのは俺のようなアラフォーオッサンが二十年余りネットの波をプカプカしてたら身についた耳学問分析であるが、まあ魔界統一直後の治安の安定を考えれば、ある程度妥当性のある政治判断だったのだろう。
しかし攻め込まれる方はたまったものではない。当然抵抗するし実際に勇者の力で撃退した。そして次に思うのは「二度目があるのでは?」という疑念である。そうなれば人間側の行動は新しい勇者を育成し、再び攻め込まれる前に魔界に攻め込もうという先制防衛になるのは自然の流れであった。
一方で魔界側としては先の侵攻の理由になっていた余剰兵力が失われ、失業兵士の大量発生回避という戦争目的は達成したので戦う理由はない。むしろ逆に戦えない状況が生まれていた。先代魔王のような強力な戦力の喪失だ。
「次代の勇者が先代勇者と同程度の力を持っていれば、今の我が軍に対抗しうる戦力はいない。勇者が育つ前に完全な結界で門を塞げればよいのだが……」
そこで結界である。この二代目魔王は先代魔王の敗北後すぐに人間界からの逆侵攻を防ぐため門に結界を張った。しかし現在成長中という二代目勇者は、いずれ戦略核弾頭級の攻撃力を持つことになると想定される。恒久的安全のためには核攻撃に耐え得る結界が必要であるが、そんなもの簡単に作れる訳がない。しかし魔界の命運は、この結界実現に挑む骸骨魔王の双肩に掛かっているのである。
「俺にも手伝えることがあればいいんですがね」
ここしばらく魔王はこの研究室に籠りきりで結界強化の実験を繰り返していた。しかし成果は芳しくなく、魔王は少し疲れた様子で息を吐いた。
魔王からは何度か目指す結界の理論的問題点について説明されたが、純粋な魔法理論の話となると俺が持つ現代知識などまるで役に立たない。俺にできることといえば現代知識を活かした魔道具開発と、無駄にエロい身体を活かしたコスチュームプレイで応援してあげることくらい――なのだが、魔王様は性癖凄いのに骸骨なだけに肉欲がなく、俺も俺でこの戦闘用キメラボディに生殖は不要と性欲がオミットされているので、俺の現代知識無双エロコスプレもドキドキトゥンクとか特にない、ただの珍妙な風景に過ぎんのだよな……。まあ、中身オッサン×オッサンの禁断のTSラブコメ展開なんてなられても困るんですけどねっ!
「いや、貴様と話していると随分と気晴らしになる。十分に手伝ってもらっているよ」
そんなくだらない思考をしていたところで、魔王様から唐突なイケメン台詞を頂いた。そこそこ付き合いを重ねてきて気付いたがこの魔王、骸骨ながら微妙に表情があり、今見せている顎を軽く引いて少しだけ口を開いている顔は微笑んでいるときの表情であるらしかった。
この表情をこの骸骨は俺といるときだけに見せてくる。
「メス堕ちダメ! 絶対!」
「はは、相変わらずよくわからんことを言う」
魔王が同じ表情でそう笑う。ヤベーよ、ドキドキトゥンクしちゃうよ! オッサンなんか堕としてどうするつもりだ、この魔王!? ラブコメか!? ラブコメすんのかっ!? しちゃうのかぁぁぁっ!?
俺が危険なフラグに肩を抱いてブルブルしていると、しばらく笑っていた魔王が不意に笑いを抑えてじっとこちらの顔を見据えてきた。どうしたと思って目を合わせると、それを待っていたように魔王が口を開き、
「案ずるな。これでも私は魔王だぞ?」
そう真っ直ぐに言われてしまったら、俺としては魔王の肩を軽く叩いて、
「あんまり根を詰めすぎてもいい仕事はできねぇぞ。骨休みも入れろよ? 骨なんだから」
ぶっきら棒な言葉をジョーク混じりにくれてやり、魔王の笑い声を背中に部屋を出ることしかできなかった。