昔の記憶
初投稿です。
ひとまず、第一章書いてみました。
読んでいただけたら嬉しいです。
昔の記憶
遠い、遠い昔ーエンプレス王国は東西に分かれていた。一年中、月の光が差す東の『月の国』と、一年中、陽が照りつける西の『太陽の国』
月の国は朝が来ない。太陽の国は夜が来ない。月の国の人々は「朝」を、太陽の国の人々は「夜」を望んだ。
二つの国はそれぞれ「隣の国を我が物に」と争いあった。人々はどちらも叶わぬ夢と諦めて淡々と日々を過ごし朽ちていった。
ーああ、陽の光を浴びられる日は来るのだろうかー
ーああ、月の光が大地に降り注ぐ日は来るのだろうかー
「ねえ、この紅茶イマイチじゃない?」
月の光が降り注ぐ静かなテラスで、決して優雅とは言えない仕草で少女が紅茶を啜ってみせた。
「いつも通りに入れましたよ」
少女の側にいる黒色のドレスに身を包んだアリナという老女は、淡々と返事をして少女の髪をといた。
月の光に照らされた少女の黒髪は一層美しく輝いた。身のこなし方さえ、わきまえれば美しい少女なのに。
少女はドレスの裾で手遊びしながら老女に問いかけた。
「ねえ、なんで、よりによってわたくしが太陽の国に嫁がないといけないの?お姉様が嫁げばいいじゃない。」
少女は青く煌めくサファイアのような瞳を老女に向ける。老女は少女の髪を編み込みながら言った。
「エルナ様。貴女様は月の国の王女様なのです。お姉様方にはないものを貴女様は持っていらっしゃいます。太陽の
国には貴女様が必要なのです。貴女様が嫁げばこの不毛な戦争は終わるのです。」
1日5回はするお馴染みの会話だ。そんな事はわかっている。王族の人間は最上級の食事、衣服、寝床、住居を与えられる。それは、王族としての勤めを果たす代償として与えられているものなのだ。14歳にもなれば自分の存在意義について嫌でも理解する。だが、好きでもない相手を愛す事はできるのだろうか?何も考えずに庭園を走り回ったあの頃に戻りたい。
10歳までは楽しかった誕生日。社交界デビューをしてしまった今はもう楽しくはない。心から自分を祝福してくれているのはわかっている。だけどどうしても義務感で祝っているようにしか見えない。 ー王族でなければ、王女という立場でなければ。ー これまでずっと願ってきた。いっそ国ごと滅べばいいのにとさえ思っていた。何かを願えば大抵叶ってきたが、こればかりは叶うことがなかった。
「わたくしは、お母様やお父様にとって大切な存在?」
自分は道具ではない。そう信じたい。エルナという一人の少女として生きていいと言われたい。
その一心で老女にすがった。
「エルナ様。王妃様と王様はいつも貴女様を気に留めていらっしゃいます。」
老女の濁った目は一人の少女を見つめていた。たった14歳の少女が国の未来を背負って嫁ぐ。全てを受け入れて、国のために。
このか弱い少女は母親と父親の愛情を直に感じることもなかった。孤独の中で国民に笑顔を見せる。それが仕事だと受け入れて。だから、せめて少女の問いを肯定してあげたい。老女は少女に笑いかけた。様々な感情を笑みに込めて。
せめて、太陽の国で幸せになってほしい。政略結婚だとしても。
テラスの上の大きな空で一面に星が瞬く。流れ星が二人に別れを告げて消えていく。老女は消えてしまう数多の星にさえも、少女の幸せを願わずにはいられなかった。