第五話 競技場でトーナメント(馬上槍仕合)の準備をする
ガッチンの馬車にのって丘の上の競技場に入った。
石作りの豪華な競技場でゴーバン伯爵がトーナメントで荒稼ぎしているのが良くわかる。
競技場のスタンドの高い所は貴族の指定席で、平民は地面にちかい立ち見席で観戦する。
今回の春のトーナメントは勝ち抜き戦で参加者は十六人、四回勝ち抜けばチャンピオンである黒騎士と戦えるわ。
「まて、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だっ」
若い兵士がガッチンの馬車を止めた。
「参加者よ」
「参加者? ああ、あんたが牧場のおば……、奥さんか」
若造の兵士がニヤニヤ笑って感じが悪いわね。
「話は聞いている、せいぜい頑張るんだな、そこの入り口から入れ」
ガッチンは無言で馬車を動かした。
「ぶっ殺すか、あの小僧」
「いいわよ、ただの雑兵じゃない、私たちの目的は伯爵のビジネスをぶっ潰す事よ」
「へへ、そうだな」
建物の奥に馬車溜まりがあった。
ユニコを下ろして歩かせると、馬房があってその隣に控え所らしい場所が切ってあった。
「アガタだな、ここを使え」
兵士が案内したのは馬房群の隅の一角だった。
ガラクタが積んであって散らかっていた。
「ひでえな」
「大丈夫?」
「まあ、酷い場所での作業は慣れてらあな」
ガッチンは乱暴にガラクタを蹴り出し、携帯式の炉を置いた。
鞴を押して火をおこしている。
懐かしいわね。
いつもキャンプ地で炉に向かってみんなの装備の修理をしてくれたわね。
私は馬房にユニコを入れた。
「甲胄は出来てる?」
「ああ、ぬかりねえよ」
ガッチンは馬車から箱を出して中身を取り出した。
「とりあえず着てみろ」
「解ったわ」
私は服を脱いで全裸になった。
「ぎゃあああっ、ちょっちょっと何してるのあなたはっ!!」
大声を出して赤銅色の甲冑を着込んだ娘が走ってきた。
「男性だっているのよっ! 恥じらいは無いのっ!! 信じられないわっ!」
私は黙ってインナーを着込んだ。
何を言ってるのだろうと、ガッチンと顔を見あわせる。
「甲胄を着るとき裸になるのは当然でしょう? 恥ずかしそうにする方がいやらしいわよ」
「そうだ……。ああ、アガタ、俺たちが悪い。こりゃ戦場のマナーだ」
「ああ、そうか」
戦場では小娘が素裸になって着替えていても誰も気にしなかった。
性的な眼というのは平和の象徴みたいな物ね。
「ほ、本当にもう、幕を張ってそこで着替えなさいよ」
「そうね、次からは馬車の中で着替えるわ、ありがとう。あなたもトーナメントに出るの?」
「そうよっ、私はドミニオ子爵の娘ゾーイよ」
女性のトーナメント競技者は珍しい。
ゾーイは、女学校を出たてぐらいの年齢でハツラツとしたお嬢さんだった。
「私はアガタよ」
「知ってるわ、牧場の奥さん、今回のトーナメントの噂になっているわよ」
それは噂になるだろう。
私はガッチンが差し出したスケイルメイルを着込んだ。
うん、ぴったりだ。
さすがはガッチンだわ。
「うわ、綺麗なスケイルメイルね。高そうだわ」
「わかるかいっ、ミスリルの鱗だぜ」
「ひゅー、お宝じゃないの」
ゾーイは人なつっこい娘のようだ。
興味深そうにガッチンの炉なんかを見ている。
怒り狂った表情の男が三人、私たちの馬房に近づいて来た。
「おいっ!! お前がアガタだなっ!!」
「そうよ」
男たちは私の返事を聞くと上着を脱ぎ逞しい肉体を晒した。
「お前のお陰で俺たちはトーナメントに出られなくなったんだ、どうしてくれんだよっ」
「ふざけやがって、平民の女がよおっ!! トーナメントとか舐めてんじゃあねえぞっ!!」
「お前はここで死ぬんだ、俺たちに殴られて事故死だっ!!」
殴られて死んだら殺人で事故じゃないわよ。
ゾーイが恐怖の表情で私と相手方三人を見た。
ガッチンが馬車の中からパルチザンを私に投げてきた。
あら、昔使ってた時より少し長いわね。
そして、ガッチンは馬車の上からハンマーを振り上げ、男の一人に普通に振り下ろした。
ドカン!
鈍い音を立てて男は血を流して吹き飛んだ。
「あっ、な、何をしやがるっ!」
「ひ、ひきょうっ!!」
馬鹿じゃ無いかしらね。
人に殺すと言ったら殺されても文句は言えないのよ。
ガッチンに気を取られている二人の足下をパルチザンで掬い転ばせた。
「あっ!」
「なっ!!」
殺してもいいのだけれど、仕合が始まる前だから問題になると不味いわね。
仕方が無いので槍の柄でバンバンとぶん殴るだけで済ませた。
「まだ、あなたたちはトーナメントに出場したい?」
「あ、そのっ、あのっ」
「わ、解りました、ご、ごめんなさいっ!!」
「気絶した人を持ってどっかに行ってくれる?」
「は、はいっ、ごめんなさいっ!!」
三人組は気絶した奴を抱えて逃げていった。
「す、すっごいわねっ!! 本当に牧場の奥さんなのっ!?」
「そうよ、ゾーイ」
「槍捌きが凄いわっ!! あなたとトーナメントをするのが楽しみよっ!」
「ありがとう、どこかで当たればいいわね」
「当たるとしたら決勝ね、楽しみだわっ」
ガッチンは無言で炉の前に座った。
「ガッチン、パルチザンも直してくれたのね。長さが丁度良いわ」
「まかせとけよっ」
ガッチンは良い笑顔でガハハと笑った。
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