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4 おしるこ君(3)


(なんか、ずるい)


 あいつの腕の中で石みたいになりながら、俺は思う。胸の中で(ふた)をしていたもやもやがまた顔をだしたんだ。

 だって、そうじゃないか。

 告白したのは俺のほうだから、それはもうしょうがないけど。

 こいつはそれに「じゃあ付き合おうぜ」って言っただけで、つまり……俺は今まで、こいつからちゃんと自分の気持ちとか、俺のことどう思ってるのかとか、いっさい聞いたおぼえがない。

 デートはするし、こうやってふたりきりになったらハグしたり、ちょっとちゅーしたりぐらいはするけど、それらしい言葉はなんにももらったことがないんだ。


 それがどんなに欲張りなことかってのは自覚してるけど。

 でも……でもさ。


──俺たち、一応つきあってるのに。


 そう。そういう思いがどうしても湧いてきちゃう。

 でも、聞けねえし。そんなこと聞いちゃって、「あ、めんどくせ」って思われて、「じゃあもう付き合うのやめようか」って簡単に言われそうで。

 始まった時のあっけなさと同じぐらいにあっけなく。

 もとの、ただの同じ大学に通ってる知人にもどる。それでこいつは、だれか告白してきたどこかの女の子と平気でまた付き合って、俺はそれをただ指を咥えて見ているだけになるんだ。それが簡単に想像できる。

 そんなのやだ、ぜったい。


 だから、怖い。

 そんなめんどいこと言って、こいつに嫌われたくないもん。

 こいつが女の子とだって普通に付き合えることは知ってるし。俺なんてあっというまに「過去の人」にされるんだ。そんなことわかってるんだから。


「……どうしたんだよ」


 気が付いたら、俺の体を抱きしめたままあいつが俺の顔を覗きこむみたいにしてた。

 急に静かになった俺を不審に思ったんだろう。その程度のことに決まってる。


「なんでもねー!」

「ぐわ!」


 がばっとこっちからも抱きついて、ほとんど絞め技かってぐらいに胴体を思いきり締め上げてやったら、「やめっ、苦しいわ」とあっけなく悲鳴をあげた。

 ざまあみろ。


「なんだよ」


 こつ、と額を合わされてどきんと胸が跳ねる。腕から勝手に力が抜ける。なに可愛いことやってんだよ、こいつは!


「言いたいことがあんだろ。言えよ」

「やだ」

「言えって」

「やだってば!」

「……しょうがねえなあ」


 軽くため息をついて、今度はやわらかく抱きしめられた。後頭部をぽすぽすされると、じわっとまた目元があやしくなる。

 なんだよ、やめろよ。そんな子どもにするみてえなこと──。


 おしるこはコーヒーが大好きだけど、コーヒーは別におしるこのことはどうでもいい。どうせ、そこらの一般人と大して変わらない存在だ。なんなら同じコーヒーで、クール系なやつの方が数倍好みなんだろ。

 それにお前は、つぶあん派なんだもんな! ふん!

 どうせ俺は、歯ごたえもねえおしるこ野郎だよ。


「……泣くなって」

「泣いてねーし」


 ぎゅっと睨みつけた視界が熱くぼやけているから、それは嘘だ。

 と、ちゅっと唇にキスされた。

 俺は必死で顔を変えないように頑張って、またあいつを睨む。


「こんなんでだまされねえ」

「別にだまされてくれなくていいわ」

「なにそれ……んむっ」


 突き出した唇にまたキスされて、もっと深いそれになった。


(こいつ!)


 いつもいつも、これで俺がなんだかんだ流されるってわかっててやってんだろ。

 しばらくお互いの熱を感じ合って、やっと唇をはなしたら、その拍子にそっと囁かれた。


「……ちゃんと好きだから。俺だって」

「へ?」


 俺の目はきっとその時、まんまるになっていただろう。


「お前に関しちゃ、例外だかんな。……()()()()()だって構わねえ」


 え。マジ?

 完全に停止してしまった俺を、あいつはまたやんわりと抱きしめた。


「俺の『おしるこ愛』なめんなよ」

「はあ?」

「どんだけ歴史があると思ってんの。聞いたら引くレベルでやべえぞ」

「は? それってどういう──」


 言いかけて、ハッと気づいた。

 「クール」なはずのコーヒー君。

 その顔が、今まで見たことないぐらいに赤くなってた。


「いや。教えねーし」

「はああ? そこまで言ったなら言えや、このやろ!」

「いやだ。……ぜってー引くし」

「なにそれ、わけわかんねー!」



 幸せな二人と一匹の昼下がり。


 俺が「コーヒー君の引くレベルの愛の遍歴」を聞かされるのは、まだまだ何年も先の話だ。


                  了



2021.12.9.Thurs.~2021.12.12.Sun.


おつきあいくださり、ありがとうございました!

いつかまた、どこかで!

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