結2
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
。
何も見えない。
何も聞こえない。
全身の感覚がない。
どれだけの時間が経ったのか分からない。
そもそも直近の記憶が飛んでいる。
自分が生きているのかも怪しい状況で、トニックはかろうじて、左手が何かを握っているのを感じた。やけにひんやりして濡れているような感覚。それだけを頼りに左腕を突き出すと、暗闇が裂けて光が見えた。どうやら土に埋まっていたらしい。
握っていたのはカタナだった。しかし不思議なことに、どこも濡れてなどいない。むしろカタナは乾いた布に包まれている。朝露をまとうような優しい冷たさは、単なる錯覚だったのか。
……と、そんなことはどうでも良い。
「…………」
トニックの眼前には地獄が広がっていた。
数キロメートル先まで地面が平らげられている。もともと瓦礫だらけだった街がさらに粉砕されて、その表面を火が覆っているのだ。平らげられた範囲の中央には直径百メートルはあろうかというクレーターができており、その部分は地面がドロドロに融解していた。ただ呼吸しているだけでも喉と肺が焼かれそうになる。なぜか唇がくっついたので剥がそうとしたら、顔面の皮膚がベロリと剥がれ落ちた。
トニックはようやく爆弾で吹き飛ばされたことを思い出した。
とにかく安全な場所へ行かねばと、前後不覚のまま足を引きずる。他に生存者は見当たらない。空には真っ黒な煤が満ちていて月も太陽も見えない。
この地獄を自分が作った。少なくともその原因を作ってしまった。言いようのない自責の念に苛まれてトニックの目は濡れる。だが焼け付く空気が瞬く間に涙を干上がらせ、泣くことすらも許されなかった。
そんな地獄の端の方で彼女は戦っていた。
煮えたぎる脳味噌を、赤くドロドロしたものが満たす。仲間は居ない。兵士も一般人も、その場に居る人間は全て敵。一人きりの戦場だ。
隻腕の女軍曹メアリー。
ひと月ほど前、命からがら『旧世代兵器』を自分の国へ持ち去った。期待された働きとはいささか違う形になってしまったものの、何としてでもそれを手に入れたかったウォッカ軍にとっては、この上ない収穫。そんな大貢献をした彼女が今敵地でズタボロになりながら、一人戦わされている。
今回の彼女の任務は「敵地のド真ん中で宣戦花火を上げること」だった。空襲を行うためには必要不可欠な役目だ。彼女は無事にそれをやり遂げ、そして爆発に巻き込まれた。
やけに全身の筋肉が突っ張る。身体の内部まで火傷に侵されているのだ。ここを生還してももう軍人としてやっていけないということは、想像に難くない。
メアリーは理解していた。これは、厄介払いだ。初めから『都合の良い駒』としか見られておらず、戦犯すれすれの任務をさんざんやらされて、最後にはトカゲの尻尾切り。軍人として見限られた。腕を失ったことが決定打となったのだろう。
こうなっては、生きても死んでもロクな結末にはなるまい。だがそれでも……。
「ーーーーーーーー!!」
咆哮。
はっきり言って、もう彼女には戦う理由などない。これ以上命を燃やして何か得られるわけでもない。それでも彼女が戦場を選んだのは、それ以外の在り方を知らないからだ。軍人として見限られたのならば、もう燃え尽きるまで命を燃やすしかなかった。
向かってくる敵をあらかた殺し尽くし、息を整えて、足下に転がる骸を蹴り飛ばす。そして次の敵を求めて歩きだした。
さまよう二人。
偶然か、必然か、あるいは因縁がもたらす運命か。
この世に現れた地獄の底で二人は再会した。
「ーーーーーーーー!!!」
「……!?」
メアリーは迷わず引き金を引く。しかし弾が出ない。この熱気の中で酷使したせいで銃はイカレてしまっていた。
この隙にと逃げだすトニック。
当然メアリーはそれを追い、すぐに追いついて、銃床で彼の側頭部をぶん殴った。倒れたところに馬乗りになって左拳を何度も何度も振り下ろす。
今にも意識が飛びそうになりながら、トニックは瓦礫の下に手を突っ込んで武器になりそうなものを漁る。やがて手頃な木材を探り当ててそれをメアリーの顔面へ叩きつけた。
皮肉なことに右腕を失った者同士。互いに右側から飛んでくる攻撃を防ぐ手段がない。メアリーの左拳はトニックの右頬骨を砕き、トニックが振るった木材はメアリーの右目を潰す。
木材から偶然飛び出していた釘が彼女の目を串刺しにしていた。
「ーーッ! ーーーーッ!!」
トニックはカタナを拾い上げて再び逃げだした。
走りながら頭を回す。どうすればこの鬼のような女軍曹に勝てるのか。これだけの深手を負っているのに、彼女はまだ立ち上がる。逃げても逃げても追ってくる。戦ったところで倒しようがないし、次に捕まれば今度こそ殺されるに違いない。
「!」
乗り捨てられた軍馬が目に入った。トニックは死に物狂いでそれにしがみつき、追いつかれる寸前で騎乗し走り去る。それでもなお逃げきれはしないが、想定内だ。
強敵を倒すには『勝ち方』から逆算すること。
執念深く追ってくるメアリーをある場所へと誘導する。半分は賭けだ。もしかしたら爆弾で壊されているかもしれない。位置的に、爆風が届いたかどうか微妙な所。
願いながら馬を走らせた。
初めは瓦礫ばかりだった景色に、だんだんと原形をとどめた建物が多くなってきた。これならば。
「……!」
たどり着いた。建物は、窓が割れたりしているもののしっかりと形を保っている。
さすがは子ども達を守る場所。
不安そうな少女とそれに寄り添う職員の姿が窓の向こうに見える。それを見てトニックは微笑み、馬を止めた。
ここは孤児院。かつてトニック自身も世話になった場所。別に子ども達の無事を確認しに来たわけではない。このような弱い者を守るための場所にこそ『正義の味方』は現れるのだ。
迫り来るメアリー。
トニックはカタナを袋から出して高く掲げた。
そして『彼』の名を叫ぶ。
「△△△△ーーーーーーッッ!!!」
疾風迅雷。
どこからともなく現れた影が女軍曹に衝突した。
(ああ、良かった。やっぱり貴方は正義の味方だ)
そこに居たのは木刀を携えた剣士。
(後は頼みましたよ。ムラサメさん……)
剣士の背中を見届けて、トニックは気を失った。
バキィッ!
出会い頭の一撃を、メアリーはライフル銃を盾にして受け止めた。指先から足先までが痺れている。重く鋭い一振りは身体の芯に響いた。
「……何だテメーは」
「ただの雇われ剣士だ。弱い方を守る……給料分の仕事はさせてもらった」
ムラサメは中央から折れた木刀を放り捨て、素早い動きでバックステップ。トニックの持ってきたカタナを拾う。
「ここからは、オレの個人的な戦いだ」
鋭利な殺気を感じ、メアリーはライフルに銃剣を装着した。
「その骨董品でアタシを斬るつもりか」
「ああ。この刀は覚悟の証。斬るべきモノを絶対に間違えない……そう言えるようになるまで真剣は持たないと、オレは自分を戒めた。その戒めを、今この瞬間をもって解く」
「そうかよ。なら教えてやるが、アタシはドブ沼のボウフラにも劣る虫ケラだ。やっちゃいけないことを沢山やったし、更正の余地もねぇ。安心して斬れよ」
ムラサメは儀式のようにうやうやしい所作で刀を抜く。
鯉口を切った瞬間、周囲の空気がひんやり冷たくなる。ポツリポツリ。暗雲立ち込める空から雨粒が落ちてきて、抜刀し終える頃には息も吸えぬほどの雨模様になった。
冴えた刃。長さ二尺七寸の大きく反った刀身。鎬には龍の彫物。鋭い切先から、雨の雫が滑るように落ちていく。
「……お前『死にたくない』と本気で願ったことはあるか?」
「軍人やってりゃ誰でも願うことだぜ」
「そうか」
ムラサメは刀を下段に構えた。
メアリーも、半身になって銃剣を構える。
見合う。
極限まで張り詰めた集中力。互いの呼吸、筋肉の動き、血流までもが手に取るように伝わってくる。雷鳴など耳にも入らず、時間感覚は引き伸ばされて、降る雨すら止まって見えるほど。
……雨の一滴がムラサメの右目に入った。
「!」
メアリーが突きを放った。
最小の動作で最速の一刺し。
そのまま相手を串刺しに……できなかった。
ムラサメはまばたき一つせず首だけ動かして刺突をかわす。
「ッ」
次の瞬間メアリーの左手は飛んでいた。
下段からの切り上げは正確に手首の関節へ入り、銃剣付きのライフルが左手ごと宙を舞う。そしてそれが落ちるよりも速くさらに二太刀。両脚を切断した。
どちゃり。
メアリーは地面へ倒れた。四肢を失い、文字通り手も足も出ない。切断面からどくどくと血が流れ、止血のしようもない。死を確信してため息を吐いた。
「……あーあ、負けた負けた」
血と泥にまみれた彼女の顔はどこか安心した表情で、それを見たムラサメは忌々しそうに舌打ちする。刀に付いた血を振り落とした上で、袖で拭い、納刀。
慈悲か単なる気まぐれか。メアリーはとどめを刺されなかったことを不思議に思いながら、命の灯火が消えていくのを実感する。「思いのほか安らかな最期だ」などと考えていた。
しかし直後にメアリーは因果応報というものを思い知ることとなる。
視界の端に映ったのは名も知らぬ女兵士。
メアリーを見るなり走ってきて、その顔を思い切り蹴飛ばした。硬い軍靴のつま先が顔面にめり込む。
「貴様ああああああッッ!!!」
女兵士は怒りの形相を浮かべ、瀕死のメアリーに掴みかかって殴る蹴るの暴行。制止の声も届かない。
「ギムレットの仇!! あの世で詫びろゴミクソが!!」
「おいアンタそのくらいでやめとけ」
「クソがクソがクソがぁーーーッ!!!!」
「もうやめろって。そいつは……」
誰かは知らないが『誰か』ではある。散々他人を殺してきたのだから、殺したいほど『誰か』に恨まれるのは当然だ。……と、赤黒く染まっていく視界の中でメアリーは密かに自嘲した。
「……もう死んでるよ」
雨が止み、煤と雲の切れ間から太陽が顔を覗かせる。いつの間にか夜が明けていた。
空はむなしいばかりの灰色で、すがすがしさなど少しもなかった。
二日後、この年の戦争期が終結。
それと同時にジン帝国は、ウォッカ共和国に対し降伏を宣言した。
戦花条約下においての講和会議は、六大国が集う『スピリッツ議会』の中でおこなわれる。スピリッツ議会は年二回、戦争期の前と後に開かれる、その年度の開戦と停戦・終戦について決めごとをするための場だ。
安全と公平を期すため、議会はどこの国にも属さぬとある人工島で開かれる。この年もまた六大国の首脳が会議場に集まった。
「有意義な講和会議にしようじゃないかマティーニ帝」
「……お手柔らかに」
ウォッカ共和国の首相が握手を求めるが、ジン帝国の皇帝はこれに応じず適当にあしらった。
「……ふん」
円状に配置された席にそれぞれの首脳が着く。
ジン帝国『知性の皇帝』ダーティマティーニ。
テキーラ連邦『無言の女帝』マルガリータ。
ウイスキー王国『恋慕の女王』マンハッタン。
ブランデー公国『完全無欠公』アレキサンダー。
ラム海洋連合国『癒しの大統領』モヒート。
ウォッカ共和国『独裁首相』ブルショット。
年二回も顔を合わせるだけあってほとんど顔見知りの面子だ。唯一の例外はマルガリータ女帝。テキーラ連邦の統治者は素性を隠すのがしきたりで、人前に出る際は仮面とフードで頭部まで覆い、また声も一切発さない。中身がどういう人間なのか誰も知らないのだ。本来ならば首脳だけが参加できる議会だが、彼女のみ付き人を連れることが許可されている。
「あら、女帝さんの付き人変わったね?」
『ケイと申します』
「よか声ね~。しゅき!」
『恐縮です』
付き人も仮面を着けているが、こちらは髪や背格好で判別できる。ケイは茶髪。テキーラ人はほとんど黒髪なのでまあまあ珍しい髪色だ。
「女王、ここは厳格な場ですのでナンパはお控え下さい」
「すんまっせ~ん」
「ゴホン……改めまして、スピリッツ議会を開会致します。議長を務めさせていただくアイスティと申します」
まばらに拍手が起こる。ここでの拍手は「問題なし」や「異議なし」の意味も含んでいる。
「さて、今回の主な議題はジン帝国とウォッカ共和国の講和についてです。既に皆様ご存知かと思われますが、この度ジン帝国側が降伏を宣言なさいました。よってこれから各国首脳立ち会いの下で和平交渉を進めて頂きます」
一方が降伏を宣言してもそこで即終戦とは限らない。むしろ重要なのはここからで、まず降伏側が降伏条件を出し、受けた側はその条件に沿った要求をおこなう。この和平交渉が決裂すれば終戦は叶わず、次の戦争期でまた開戦することとなるのだ。
ブルショット首相は密かに笑う。何せジン帝国はもう死に体だ。多少無茶な要求を突きつけても呑んでくれるに違いないと確信していた。
「まあ我々としては、領土のいくらかとほんの少しの賠償金を貰えれば満足だぞ。フフ」
無論、こういった内容は首脳の独断で決められることではなく、どのような要求をするかあらかじめ内々で評議した上で議会に臨んでいる。ここでの決定が国としての総意となるのだ。
そしてそれはジン側も同様。提示すべき条件を吟味してきている。
議長に促されてマティーニ帝が発言する。
「こちらの提示する降伏条件は一つ。『いかなる領土も譲らないこと』である」
堂々とした態度でそう言い放った。
「いかなる領土も」と言うからには、領有権が揺れているギルベイ市も、現在占領されているリキュール島も含まれる。つまり「我々の国から出ていけ」と言っているに等しい。
「ボケたか? そもそもこの戦争は領土争いが発端だろうが。負け犬らしく立場をわきまえてモノを言えジジイ」
「この条件が呑めんなら交渉は決裂であるな。降伏は取り下げて徹底抗戦しかあるまいよ」
「お二方どうか穏便に! せっかくの機会ですので、極力和平の方向で話を進めていただきたいのですが……あー……皆様どう思われます?」
「いやワイらに聞かれてもな」
「二国間の問題デスカラネ」
『……』
外野の自分達に意見を求められても困る……というのももちろん本音だが、それ以上に皆、マティーニ帝の意図をはかりかねていた。自分から降伏宣言しておいて講和する意志が全く見えないのだ。
そんな中、手を挙げる者が一人。
マンハッタン女王だ。
「確かに、こぉは二国間の問題。口出しする義理も権限もなか。ばってんがどうしても戦争再開するっちゅうならよ、ウイスキー連邦はウォッカ共和国に宣戦布告するばい」
「……は?」
突然の爆弾発言。沈黙する議会をよそに、女王は得意気な顔をしてふんぞり返った。
「あー、女王。どうか詳しくご説明をお願いします」
「……リキュール島に傭兵団がおったよね。あれ実はウチから派遣したんよ、リキュール島の女王サマに依頼されて。そっがウォッカ軍にこっ酷くやられたけん、その報復たい」
「……どう思われますかブルショット首相?」
「馬鹿なことを言うなよ。派遣したのはあくまで民間会社、しかも構成員はほとんど外国からの難民共だと聞いたぞ。それを倒して何の問題がある!?」
「マンハッタン女王、ご説明を」
「分からんちゃんね……。どうあれ彼らはウイスキー国民。国民はみーんな私の『恋人』ばい。傭兵も難民も誰一人殺すことは許さんよ」
身勝手にも程がある動機。そんな理由の開戦で納得が得られるはずもないが、しかし女王は「国民は分かってくれる」とばかりに本気の目をしていた。冗談でも建て前でもない。とにかく「敵が一国増えた」という事実にブルショット首相は頭を抱えた。
そこでさらに、ラム国のモヒート大統領が挙手。
「ソレを言ったラ、我が国から派遣した『国際遺跡発掘隊』も戦火に巻き込まれて死者が出マシタネ」
「そんなもん戦争期なんかに派遣を依頼したジン側の責任だろうが!」
「ソレガどうやら、ウォッカ軍による一方的虐殺があったようなのデース。これは由々しき事態デスヨー首相」
「それは……謝罪はするが、この場で言及することではないな。後で裁判なり起こすが良い!」
「そうも言ってられマセン。犠牲者の多くは社会的影響力のある高名な家の子弟達。スデに国内外で反ウォッカの波が高まって、爆発寸前なのデース」
「ぐっ……」
戦争を続ければラム国がジン側に回るのは明らかだ。
こうなってしまえば、ウォッカ側は他の国を味方につけるしかない。首相は焦りを隠しつつアレキサンダー公の方を見た。
「ワイのとこは中立国やぞ。どっちの味方もせんわ」
ブランデー公国は国際的にも認められている永世中立国。最強の軍事力を有してただ自衛するのみ、なのだ。
残るはテキーラ連邦。ウォッカ唯一の友好国である。
一同が注目する中、マルガリータ女帝は機械のような動きでペンを走らせた。しばらく何か書いた後、ピタリと動きを止めて机をトントンと叩く。「読め」の合図だ。
ケイが紙を取る。
『書いてある通りに読み上げます……「ウォッカ共和国に重大な条約違反があったことを告発する」』
「……!?」
驚き立ち上がろうとした首相を議長がいさめる。
「お続けください」
『「第一にギルベイ市に投下された新型爆弾について、威力に対して国色が不鮮明だった、虹色の発光をしていた、との情報が上がっている。これは戦花条約に違反する兵器だ。それから先ほども話に出たような非戦闘員の虐殺、捕虜への虐待や拷問、昼間戦闘、宣戦花火の不適切な運用など。細かい違反を挙げていけばキリがない。これらは国際社会の秩序を乱しかねない極めて悪質な行為であり、然るべき制裁を受けるべきである」』
「……」
『……』
「……」
『……あ、以上です』
ギリギリと周りに聞こえるほど大きな音で歯ぎしりが鳴る。もちろんブルショット首相だ。目を血走らせ、こめかみに青筋を浮かべながら、おもむろに立ち上がった。
「貴様ら、そろいもそろって俺をおちょくりやがって……下賤な小国のゴミカスを束ねて調子に乗ってるんじゃあねえぞ……」
「首相、他国を貶める発言は」
「雑種が仕切んなッ」
「ざ、雑種……」
「大体こっちは戦勝国だぞ? 負けた奴から搾り取るのは正当な権利だろうがよ。そこに外野が介入してくるのはそれこそ反則じゃねえのかよ。そうだろアイスティ!?」
『人の名前を軽々しく呼ぶのは失礼ですよ』
「付き人風情は黙ってろ! 大体、女帝サマまでウォッカを裏切るとはな。覚悟しろよ。テキーラ連邦の信用は一気にマイナスだぞ」
『マイナスどころか虚数レベルにまで落ちてる輩に言われましても。というか、裏切る以前に仲間だなんて思ってなかったワケなのですがね。だって今のウォッカ共和国はもはや世界共通の「害虫」ですよぉ?』
「…………ふッ」
机が蹴飛ばされる。
「ッッッざッッッけんなァ!!!!」
ブルショット首相はずかずかと前に出て、アイスティ議長を押しのけ、対面のテキーラ陣営へ詰め寄る。そのままケイを突き飛ばして女帝に掴みかかった。
胸倉を掴まれた女帝は、魂が抜けた人形みたいにゆらゆら揺れる。抵抗する気配が少しもない。フードがズレて、今にも脱げそうになった。
……その瞬間、アレキサンダー公の右拳が首相の顔面を打ち抜いた。脂の乗った男の身体が吹っ飛び、ドスンと音を立てて床に叩きつけられる。
「会議中に何さらしとんじゃボケコラ」
折れた前歯と鼻血が床を汚した。
乱闘を止めようとした結果普通に怪我人が出てしまったが、そこに突っ込む者はいない。問題なのはもう一人の方。マルガリータ女帝だ。
怪我こそないものの衝撃で仮面が取れてしまった。
そして彼女は、目の前に落ちている仮面を、床に伏せて「手探りで」探していた。
すぐさまケイが駆け寄り自分の仮面を外して渡す。
女帝は素顔こそ見えなかったものの、その異様な光景、そしてフードからこぼれた真っ白な髪に、皆言葉を失った。単純に歳をとっており盲目だ……と言うにはいささか違和感がある。一瞬見えた素肌は明らかに老人のモノではなかったのだ。
「ばっ。ケイくんハンサムね~!」
「ソレ今気にするとこデス?」
生まれつきメラニン色素が欠乏している『アルビノ』は、どの人種にも一応存在する。またそれ以外でも、病気や若白髪で髪の色素が抜けてしまうことはないでもない。しかし、それはそれとして、女帝であるからこそ無視できない可能性がもう一つ。
本当に彼女はテキーラ連邦の女帝なのか?
ブルショット首相は、はっとして自分の手を嗅いだ。わずかにハーブのような匂いがする。掴みかかった際に彼女の体臭が染み付いたのだ。
「…………は、ははは、お前、そういうことか! 女帝はなんか腐った香水みてぇな臭いだし、そっちのコーヒークサい付き人も、よく見たら瞳の色が左右で微妙に違う……コイツらリキュール人だ! 厳格な議会にこんな汚物を入れちゃいけねぇよなあ!? なあオイ。今すぐコイツらつまみ出せよアイスティ!!」
「いえ、その……議会が終わるまでは誰も出入りできないルールで。帰りの船もまだ……」
「それは人間用のルールだろ。リキュール人に人権はねぇんだから海に突き落としたって問題ねぇよ。なんなら俺が……」
マティーニ帝が首相と女帝の間に立ちふさがった。
「……どけよ、一国の皇帝が人間以下の汚物をかばうのか?」
「頭を冷やすがいい、ブルよ。これ以上彼女に危害を加えれば本当に戦争の火種になるのである」
「話聞いてなかったのか。ソイツは偽物なんだよ。リキュール人が女帝のフリしてたんだ」
「いや、確かに彼女はテキーラ人ではないが、彼女こそ本物のマルガリータ女帝である。正確には『ここ百年ほどのマルガリータ女帝』はずっと彼女であった」
「……………………まさかお前」
「ああ。吾輩は全て知っているぞ」
声高らかにネタばらしが始まった。
「皆の者。信じられないかもしれないが……彼女こそは生きた旧世代遺物、不老長寿の『初代リキュール女王』である。遠い昔にウォッカ共和国に捕らえられ、凄惨な拷問を受け、声と視力を失った。ウォッカ建国直後の話だ。そしてほんの百年前にようやく解放された後、テキーラ政府にかくまわれ、秘密裏に女帝の座を受け継いでいたのである」
「不老長寿……アー……チョット色々待ってくだサイ。ウォッカ共和国が出来たのは千年以上前デスガ?」
「ああ、そこからずっと監禁されていたのであるな。旧世代遺物についての情報を引き出すために」
「人権侵害ってレベルじゃないやろ。いや、確かに人権はないんやけども……」
「彼女が何者だろうがとにかく女帝本人であることは確かだ。私と、付き人の『K・ミルク』が保証する」
ケイ改めKは深くひざまずいた。
そして、マティーニ帝がマルガリータ女帝に優しく語りかける。
「さて、女帝よ。この事実を世間に公表すれば、ウォッカ共和国に制裁を加えるだけでなく、リキュール人への同情を集めてその地位を取り戻すこともできるだろうが……どうなさる?」
ペンを取り、女帝は自分の考えを書き記す。
Kがその紙を受け取って読み上げる。
「『ジンとウォッカが戦争を続けるなら公表する。終戦するなら伏せたままにする』とのことです」
「クソが……謀ったな、汚れた皇帝め」
「全てお前達がまいた種であろう。年貢の納め時というやつである、ウォッカの首相よ」
終戦せねば制裁。しかし戦勝国として、相手に舐められるような講和条約を結べば国の威信に関わる。
再び頭を抱えるブルショット首相。
しかしこの男、ずる賢さだけなら誰にも負けない自信がある。何せ独裁体制の中で何のコネもなく、知略だけで首相まで登りつめたのだ。仮にその優秀さを国のために使っていたなら、ウォッカ共和国は良い方向へ大きく変わっていたことだろう。
領土は一切奪わず徹底的に国力を削ぎ落とす。
軍備縮小と賠償金だけではまだ足りない。表面上だけでも、敵国を「落とした」と言えるくらいの功績が欲しいのだ。
「……なら、こういうのはどうだ?」
苦し紛れに妙案を思いついて、首相は口角をつり上げた。
その年の冬。
トニックは戦犯刑務所に投獄されていた。
機密情報の漏洩、及び、非人道的兵器の製造に加担した罪で『死刑』が言い渡された。
いつとも知れぬ執行を待つばかりの日々。しもやけでパンパンの左手が、乾燥であちこちひび割れている。
コツコツコツ……看守の足音が近付いてくる。
そしてトニックの独房の前で止まった。
執行か。
「面会だ」
執行ではなかった。「死刑執行までは数年から数十年かかる」という知識はあるものの、現実味を帯びた『死』が頭の中に常時ちらついて落ち着かない。落ち着くわけがない。まさか自分が死刑囚になるだなんて、夢にも思っていなかったのだ。
……それはそうと、トニックは看守につれられて面会室に入った。
「よう。シケた面してんな」
面会室を仕切る金網。
その向こう側にはムラサメが居た。
トニックは着席し、部屋の隅に控える看守をチラ見しながら喋る。
「……堂々とこんな場所に来て大丈夫なんですかムラサメさん?」
「あん? 何がだ」
「いや、ぶっちゃけ不法入国者でしょう貴方」
「あー……なるほど、外がどうなってるのか知らねえのか」
「外がどうかしたんですか?」
ムラサメはため息を吐いて事情を話す。
「ウォッカとの講和条約でな、パスポートが廃止されたんだよこの国」
結局、戦争はジン帝国の敗北で幕を閉じた。その際に突きつけられた要求の一つが『パスポートによる入国管理の廃止』だ。これにより、ほとんど何の手続きもせず、誰でも、市町村を行き来するような感覚でジンに入国できるようになったのだ。ムラサメのような異国からの流れ者でも大手を振って街を歩ける、というわけである。
この状況はまだ始まったばかりで人々の不安や混乱は大きい。
しかしかつては、ただ隣町に移動するだけでも関所で手続きする必要があったのだ。時代とともにそれがなくなったことを考えると入国管理がなくなるのも自然な流れかも知れない……と好意的な捉え方をする者も中にはいた。
ともあれジン帝国は、後の世で言う『ボーダーレス国家』の先駆けとなったのだった。
「世の中変わるもんですね」
「だな」
「……それはそうと今日は何の用で?」
「用っつーか、そろそろまた旅に出ようと思ってな。別れの挨拶だ」
「ああ……元々戦争期が終わったらすぐ出て行くって言ってましたもんね。街があの有り様だから、今まで留まって皆を守ってくれてたんでしょう? ありがたい限りです」
「んな大したことじゃねえよ。旅っつってもフラフラ放浪するだけだし、行きたい場所があるワケでもねえんだ」
刑の執行がいつになるかは分からないが、恐らくこれが彼との最期の別れになる。トニックはそう思い、話すべきことをあれこれ考えて、一つの心残りを託すことにした。
「行き先が決まってないならリキュール島へ行ってくれませんか?」
「博士か」
「はい。あの感じだと十中八九生きてはないでしょうけど、せめて弔いだけはきちんとしてやりたいなって。僕の代わりに、どうかお願いします」
「あー、まあ……そうだな。今まで世話になった場所を訪ねて回るのも悪くはないか。リキュール島は後の方になるが、いいか?」
「……ありがとうございます!」
それから他愛もない話をして別れ前の一時を噛みしめていると、あっと言う間に面会終了の時間になった。
深いお辞儀をしてムラサメは面会室を去った。
刑務所を出た後も、ムラサメは街の人々に別れの挨拶をして回った。無一文で食べるものがなく死にかけたときにレモンを恵んでくれた八百屋、雨の日に泊めてくれた上に風呂まで沸かしてくれた老夫婦、何度か食事をするうち親しくなったレストランのウエイトレス、そしてサンゴが入所している孤児院の職員達。一緒に護衛の仕事をしたおっちゃんズは……残念ながらどこにも居なかった。
ひとしきり挨拶回りが済んだら、トニック達の働いていた『花火開発研究所』も訪ねた。
だが、そこにあったのはただの廃墟。
外壁には罵詈雑言の数々が落書きされている。
ウォッカとの講和条約によりジン軍は実質解体され、研究所もお役御免となったのである。それもあり、昨日の今日で世間の風向きは反戦ムード。あれほど持て囃されていた花火研究者達はまるで犯罪者扱いだ。
「……ままならねえな」
その辺に転がっていたデッキブラシを拾って日が暮れるまで落書きを擦り続けた。
落書きをあらかた消し終えると、ムラサメは夜が明けぬうちにギルベイ市を後にした。
相棒は一匹の馬。爆弾が投下されたあの日、トニックを乗せて焼け野原を駆けた元軍馬である。軍の解体で行き場を失ったのを引き取った。
大きくて温かな背中に揺られ、西へ東へ、南へ北へ。これまでの放浪の旅で世話になった街や村を、一つ一つ訪ねて回る。
どこの人々もムラサメとの再会を喜んだ。放浪の旅は善意が頼り。故に、まず自分が旅先での善行を欠かさなかった。そうやって彼は人々に好かれ、温かく迎え入れられ、多くの絆を結んできたのである。
しかし悲しいことも中にはあった。
例えば十年ほど前に訪ねたとある村が、戦火に巻き込まれて崩壊していた。砂漠の近くにあって、味の濃い食べ物とコーヒーが美味い村だった。特徴的な塔型の家屋は今やほとんど崩れており見る影もない。
馬から降りて、閑散とした村跡を自分の足で歩くムラサメ。すると何やら簡易なテントを発見。近付いて見ると中から老婆が出てきた。
老婆はムラサメを見るなり、驚いた顔をしてテントに引っ込んだ。
『大変でし! ムラサメ殿が来たでし!』
『え~、本当にぃ~?』
今度は若い女性がひょっこり顔を出した。
「わっ、わっ、本物~!?」
「……もしかしてお前キッスか? 大人っぽくなったな」
「ひぃ、わたしのコト覚えてくれてるぅ~! 無理ぃ~! 心臓もたない~!」
「んな大袈裟な……」
狂喜し泣き叫びながらお婆さんの背中に隠れるキッス。これは決して大袈裟な反応ではない。発端はムラサメが村に滞在していたときのこと。運の悪いことに、複数の暴漢がやって来て銃の乱射事件を起こした。それを退治したことで彼は村人から英雄視されているのだ。
ムラサメはお婆さんとキッスから、村に起こったことを色々と教えてもらった。空襲を受けて村は壊滅、多くの犠牲者が出て、生き残った者も離散。ほんの少数がここに残って生活基盤を立て直そうと奮闘している……とのこと。暗い話になってしまったが、トニックのことが話題に上がるとそれなりに盛り上がった。キッスの弟とも仲良くしてくれたので印象に残っているそうだ。
なお弟はムラサメが去った後に生まれたので、当然面識はない。
「その弟はどこに?」
「空襲のとき行方不明になったでし」
「あ……すまねえ、悪いこと聞いちまったか」
「いいんでし。多分、貴方様のように放浪の旅にでも出たんでしよ。『英雄ムラサメ』のお話をよく聞かせてやってたので」
「ヘッ、そりゃ愉快。今頃どっかで腹を空かせて、さぞ美味い握り飯を恵んでもらってるところだろう」
「『握り飯』ってなあに~?」
「オレの故郷ではありふれた食い物だ。真心の証だよ」
ムラサメの話を聞くと、二人は釜に残っていたご飯で『握り飯』を彼に作ってくれた。手掴み食の文化で暮らしてきたのでピンとくる部分があったようだ。
二人が持たせてくれた握り飯を大事に抱えてムラサメは村を去った。
隣町に着く頃ちょうど年明けを迎えた。
この町にはそれなりに大きな病院があり、ムラサメも世話になったことがある。酷い発熱で担ぎ込まれて、無一文にも関わらず病院側の厚意でこっそり入院させてもらったのだ。そして今回、彼のふところにはまとまった金が入っている。前回分の入院費を払うため貯めていたものである。
ムラサメは意気揚々と病院を訪ね、ピンクレディという医者を探した。どうやらちょうど休憩中らしく中庭で煙草をふかしていた。
「……ハッハァ、懐かしい患者だね」
「ご無沙汰」
早速金を取り出すムラサメ。
差し出すと、ピンクレディは興味なさげに肩をすくめた。
「ハッ、こんなババアにお年玉かい。せっかくだが遠慮させてもらうよ。喪中なもんで」
「お年玉ではねえよ……てか喪中なのか」
「ギルベイ市で憲兵をやっていた兄がいてね。まあ、あとは分かるだろう?」
「ああ……」
ひとまず金を払いたいムラサメだったが、前回分の入院費だと言ってもピンクレディは受け取りそうにないので『病院への寄付』ということにして押し付けた。
金を受け取った後、ピンクレディは何かを思い出してどこかへ走っていった。そしてすぐに戻ってきて、手のひらサイズの壺のようなものをムラサメに手渡す。
「トニック君と知り合いだろう君」
「まあそうだが。もしかして骨壺かこりゃ?」
「そう。彼の右腕の骨なのだがね、なかなか引き取りに来てくれないのだ。代わりに持っていってくれ」
ギルベイ市に戻る予定はないので「断ろう」と一瞬思ったが、少し考えるムラサメ。
トニックはもうここには来れない。アオツキ博士も、恐らく。他に頼れそうな者もいない。かと言ってこのままここに放置するわけにもいかないし、せめて遺骨の一部だけでもアオツキ博士のそばにあった方が良いのではなかろうか。
「仕方ねぇな」
結局リキュール島まで遺骨を持っていってやることにした。
『レディ先生、二〇一号室のモスコミュールさんがお呼びです』
「分かった今行く。……ではくれぐれもお大事に、ムラサメ」
その後もムラサメは、数ヶ月かけてジン帝国のあちこちを巡った。だんだん南下していって、本土南端のサファイア市に来たときには、もう春だ。
「悪いがお前はここで待っててくれ」
「ぶるるん」
馬を厩舎に預け、一人でボートに乗ってリキュール島へ。
島に到着したのはちょうど夕暮れどき。島民達が起床して活動を始める時間帯だ。一度は敵国に占領されたものの今では元通り、穏やかで文化的な生活が戻りつつある。
「さて、どうしたもんか」
ここに来た目的はアオツキ博士の生死確認と、場合によってはその弔い……なのだが、彼女のことを誰に尋ねたら良いのか見当もつかない。なのでひとまずそれは後回しにして、例のごとく、世話になった人達に挨拶していくことにした。
そういうわけで向かったのは迎賓館。本来ならアポなしで来られる場所ではないがムラサメは堂々と門をくぐった。
もちろんすぐさま使用人に制止される。
「申し訳ございません。本日はお客様をお迎えできる状態ではなく」
「あー、非常識なのは承知の上でな、支配人に『ムラサメが来た』って伝えてくれねえか」
「……少々お待ちくださいませ」
「無理言ってすまねぇな」
使用人は表情を崩さぬまま館の奥へ消える。
しばらくその場で待っていると早歩きの足音が聞こえてきて、支配人Gこと『グラス・ホッパー』が現れた。
「これはこれはムラサメ殿!」
「ようGさん、久しぶり」
固い握手を交わす二人。
「こちらの御方はムラサメ殿という異邦の剣士で、戦士達に戦闘訓練をつけてくださったことがあるのですよ。私も彼に『ケンドー』を教えてもらいました。言わば私の先生なのです。人格的にも大変優れていらっしゃって……」
「そ、そうなのですね」
後ろで控えている使用人に、Gは嬉しげに説明する。一向に止まる気配がないのでムラサメは話に割って入った。
「あー、そう言えばオレの刀、ちゃんと手入れしてくれてありがとうな。おかげで切れ味は全然落ちてなかったぜ」
「お役に立てて何よりでございます」
刀が錆びてしまわぬよう、預けている間の手入れをGに任せていたのだった。
「ところでどうしてまたこの島に?」
「何つーか、人を探しに来た、ってところだ」
「ほう。それはどんな」
「白い髪の嬢ちゃんだ。半年くらい前にここに来たはずなんだが、ウォッカ軍の上陸のときに他の奴らとはぐれたっぽくてな」
「ああ、アオツキ様でございますね!」
「知ってんのか」
「知っているも何も……いえ、ご案内したほうが早いですね」
Gはムラサメをどこかへと連れていく。
てっきり墓地にでも行くのかと身構えるムラサメだったが、予想に反して案内されたのは王宮だった。前回リキュール島に訪れた際は遠くから眺めるだけだった王宮。Gが門番に挨拶すると、あっさり敷地内に入れてもらえた。
門番はやけに深々と頭を下げる。よく見れば前にムラサメが訓練してやった戦士の一人だった。立派に出世したようである。
そのまま広い庭園を歩いていくと、中央の広場が何やら明るい。広場の四方に松明が灯してあり、椅子やテーブルが設置され、賑やかなお茶会が開かれていた。
テーブルを囲むのは個性豊かな面々。
緑金色のゴージャスな髪をした女性。服装からリキュールの女王であることが分かる。
それから茶髪の青年と、薄桃色の髪の中性的な青年。この二人は執事っぽい服装をしている。
この場に似つかわしくない軍人らしき者も居る。浅黒い肌で、片目が血のように赤い。
それから白髪の人物が二人。ウエーブのかかった髪でアイマスクを着けている大人の女性と、ツインテールにした髪が特徴的な少女。
……少女というか、どう見てもアオツキ博士だった。
「生きてんのかよ!!」
「人の顔を見るなり失礼な奴だな貧乏サムライ」
わけが分からない状況のまま、Gに促されて着席するムラサメ。
改めて奇妙なお茶会だ。女王と執事が同じテーブルでケーキを食べ、紅茶やコーヒーをすすっている。軍人が混ざっているのも謎だし、もう一人の白髪女性はなぜアイマスクを着けているのか。
「ちょっと聞いてよG~! Kがオレちゃんのケーキの苺を食べちゃったんだよぉ、あり得なくない!?」
「もぐもぐ……油断するFが悪いでふ……」
「仲良くしなさい君たち」
女王は賑やかな彼らを横目に見ながら、苦笑いしてムラサメに語りかける。
「何だか騒がしくてごめんなさいね」
「そんな恐れ多い。オレもこういう催しは慣れてねえもんで」
「あら、そんなに頭を下げないで。このお茶会は身分の差なく平等に楽しむ場なの。貴方も楽にしてちょうだい」
「じゃあ、まあ……コーヒーでも頂こうか」
何故か茶髪の執事『K』が勝ち誇った顔をしてコーヒーを注いだ。桃色髪の『F』は悔しがる。「紅茶とコーヒーはどちらが人気か」という対決をしていたようだ。小動物のじゃれ合いみたいな光景にムラサメは少し和んだ。
飲み食いしながら会話を交わし、徐々にこのメンバーのことが明らかになってくる。
どうやら彼らは、リキュール人の未来のために貢献した、という共通点でつながっているらしい。女王と執事は言わずもがな、よその国の政治に介入したり、敵軍にスパイとして入り込んだり、形は違えどそれぞれのやり方で戦ってきた者達だ。「そういえばアオツキ博士は古代リキュール語が翻訳できるんだったな」とムラサメは思い出した。
「まあ詳しいこたぁ知らねえけどよ、そろそろあっちに戻らなくていいのかい嬢ちゃん」
「無茶言うな。死の淵から蘇ったばかりで上手く動けんのだ。脚もオシャカになったし。あと私は嬢ちゃんではない」
彼女の全身には火傷の痕が生々しく残っており、脚は太ももから下が無くなっている。確かに生きているのが不思議なくらいの怪我である。遠出するのは難しそうだ。
と、そんなやり取りをしていると、ずっと他人事のようにコーヒーをすすっていた軍人『ディアブロ』が話に参加してきた。
「私が連れていこうか」
「え、どうやって」
「船を持っている。まあまあ大きいの」
「……そういうことは早く言ってくれ」
「ごめんよ」
アオツキ博士は口をあんぐり開けたまま、アイマスクの女性の方を向く。
「……初代。またしばらく大陸に渡ってもよろしいですか?」
『初代』は一言も発さず、代わりににっこり微笑んだ。何が初代なのかは不明だが「行っておいで」と彼女が言いたいのはムラサメにも伝わった。
アオツキ博士は頬を紅潮させる。
そして少女のような表情で笑った。
「…………………………よし、帰る!」