033 闘争を
親父の瞬きに合わせて、視覚外へ一気に駆け抜ける。
臥滅流・白露ノ型、不知火。
親父が視界から消えたタネはこれで、俺の得意とする術技でもある。
それ故に、同じ流派の手練れにはさほど効果を発揮しないのが難点ではあるものの、
「――臥滅流・白露ノ型――兎脚」
卓越した体重移動を伴い、どのような地形であろうと体勢を崩さない。
たとえそれが壁であろうと、樹木であろうと――己で蹴り飛ばし宙に浮かせた石の側面であろうとも。
親父の斜め後ろ、頭よりも少し高い位置で石を踏み締め、強襲をかける。
さすがの親父でも反応できなかったのか。ほぼ反射の領域で黒剣が滑り込み、紙一重で攻撃を捌いた。
「おもしろい――」
口角を上げ、続く剣撃を押し返した親父が腹の底から声を張り上げた。
「――もっと魅せろ。引き出してみろ。俺がおまえの全てを喰らってやる」
「上等だ」
喰い残したが最期、おまえの首元を切り飛ばしてやる。
「臥滅流・赤炎ノ型――」
「臥滅流・赤炎ノ型――」
足は止めない。相手の瞬きに合わせ、視覚外に潜り込み、縦横無尽に疾る。
対し親父は、十字を模した黒剣の切先を背後へ向け、姿勢をわずかに屈めた。
そこから成す技は、一つしかない。
目で追うことを諦めたのか、あるいは追う必要がないのか。
親父は瞼を閉じ、今か今かと俺の剣を待っていた。
ああ、いいぜ。そんなに欲しいならくれてやる。
だがそう簡単に喰らえると思うなよ。
俺は一人で戦っちゃいない。背負っているのは俺だけじゃない。
その黒剣なんかよりもっと重量のある連中を、背負って俺はここに立っている。
「この一撃――おまえらの手向けとして捧げよう」
はっと息を吐いて、殺す。
己が影に沈み込んでいくように、水中深くに潜り込んでいくように。
気配を殺し、存在を殺し。
空気と化して、俺は跳んだ。
反転――親父の真上、頭部めがけて切先を擬す。
全身を捻り、空気もろとも抉るように突きを、放つ――!!
「禍突」
突き出した切先が螺旋を轟かせ、うねり狂う颶風と化して親父を襲った。
ヨシュアの最も得意とする技で、細剣との相性が最高だが、刀もそう悪くない。
刃を纏う螺旋の嵐が、親父を喰らう――しかし、
「――風我」
カッと目を見開いた親父の剣が、半円を描くように上へ薙ぎ払われ、螺旋が掻き消えた。
思わず、口角が引き攣る。
本来、あの技は囲まれた時に使用し、間合は短いものの三百六十度、全方位の敵を薙ぐ術技だ。
それを上空に向かって使い、奇しくも半円を描くことで間合を伸ばした。
どういう体の使い方をしてやがる。
だが、それでこそ親父だ。
そして逆風をかき裂いて、刀が黒剣と鬩ぎ合う。
「愉しいなあ。おもしろい。それ以上のたとえがない。表す言葉が見つからない。いいや、飾った言葉なんかでこの気持ちを表現したくない」
歯をおおきく覗かせ、鈍く光る黒眼を見開き、興奮に満ち満ちた親父が子どものように笑う。
「おまえもそうだろう? なあ、我が息子よ。ユウリよ。この気持ちたるや、なんと表現すればいい!? 血液が沸騰し、脳が蕩けてしまうこの快感を、女では決して味わえぬ至高をッ!!」
感情を剥き出しに、親父は黒剣をなびかせる。
合わせて、地上に降りた俺は、旋回――遠心力を加えて刀を叩き込んだ。
「男に生まれてよかった。強さを求めてよかった。強く在れて幸福だ。なあ、強くなければ俺は今、こうしておまえと剣を重ねることができなかったのだから。
おまえも、同じ気持ちだと信じているよ――否、そうなのだろう?!」
「臥滅流・赤炎ノ型――破蛇ッ」
地が蜘蛛の巣状にひび割れ、剣風が吹き荒ぶ。
笑みを湛えたまま親父の体がよろめき、刹那に蹴りを叩き込む。
「ああ――同感だよ。俺としたことが、ここまで理不尽を被られたのは初めてだ」
そう、理不尽だ。
この男は――なぜ死なない?
「あぁ……永遠に続いてほしいな。これ以上の闘争を、あとどれほど体験できる? これが最初で最後など認めたくない。俺はまだ、闘いたいッ!!」
急所に食い込み後退するも、親父はすぐさま体勢を整え黒剣を轟かせる。
なんだ、これ。
違和感が過ぎる。
決定打は、あったはずだ。
禍突で殺しきれなかったのは、俺が愉しんでいたからで……。
いや、違う。
俺はずっと、今もこうして剣を重ねながら願っているはずなのに。
「どうした? 剣に濁りがみえるぞ」
「ッ!?」
一瞬の隙――刀を弾かれ、続く足蹴が俺の腹部を捉えた。
――それは、当たらない。
その前蹴りは、俺に当たらず、俺の刀が先に胸へ届く。
そう願い、俺は結果を上書きし刀を引き戻す――だというのに。
「――ぼォが、はッ!?」
腹部に蹴りが食い込み、顔面に膝蹴りが入り、真上に跳ねた俺の胸ぐらを片手で掴みあげると黒剣を首に吸い込ませた。
「――ぐ、ぅッ!!」
「ああ、いいぞ。全力で抵抗しろ。一瞬でも気を抜けばおまえの首は飛ぶぞ」
ギリギリで刀が首と黒剣の間に割り込み、せめぎ合う。
体勢に加え、片腕では静止させるのがやっとだ。押し返すことはできない。
親父の言う通り、一瞬でも気を緩めさせれば刀ごと首を持ってかれるだろう。
だが、問題はそれだけじゃない。
胸ぐらから滑らせるようにして首の根本を掴み上げた親父は、握る力を強めた。
首が圧迫され、呼吸が詰まる。
集中力が、削ぎ落とされていく。
「最高の闘争だった。我が人生において、最も熾烈で尊く、なんとも悲しい闘争だったことだろう。故に、このような終わり方は不本意だ。しかし恨んでくれるなよ。きっかけはおまえの動揺なのだから」
脳に酸素がまわらない。
だんだんと視界の隅が黒く、影が這ってきた。
腕にも力が入らなくなってきて、拮抗していた均衡が崩れはじめる。刀の冷たさが、首に食い込んだ。
苛烈にせき立てる焦燥感。
なぜ、どうして。早くなんとかしなければ、死ぬ――
だが、どうすればいい?
いや、なぜ、俺がこの結果に陥っている?
俺は、俺の勝利を願っていたはず。
俺の敗北なんて、挟み込む余地はなかったはず。
どうして、親父は死んでなくて、俺が殺されかけているのか。
スキルが、なぜ機能していないのか。
「安らかに逝けよ。案ずることはない。すぐそちらに、顔見知りがやってくるだろう。そこでまた剣を磨け。強くなれ。そして再び、おまえと巡り会うことを願っている。
誰しも死ぬまで幸福を得られない」
首から、血が伝った。
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