異界の迷子と精霊4「狩りの日」
アリシャもまた美しい女性エルフだ。なんの材質で出来ているのか、艶やかな蒼い弓を背に負っている。無口な女性で、恐らくリクトに歩調を合わせてゆったりと歩いているが、動きに無駄や隙は見当たらない。
時折仄かに光る木の前で立ち止まって何やらやっているのは、結界の保持とかいうのに関係しているのだろうか。
「待っていて」
ほとんど初めて聞いた声は澄んでいた。思ったより若いのかも知れない。もっともエルフの年齢はさっぱり分からないが。
流石と言うべきか、身軽に跳躍したアリシャは木々の枝を伝って見えなくなり、しばらくして戻って来るとフルーツらしきものを差し出した。
「疲れが取れる」
食べろという事だろう。リンゴほどの大きさの実は瑞々しく、甘酸っぱくてとても美味しい。これを採取しに行ったのだろう、アリシャは先ほどよりだいぶ膨らんだ腰の袋から同じものを取り出して食べている。その目はあらぬ方を見詰めていた。
と、不意に弓を構えたと思うと素早く矢を放つ。3本、同時に放たれたように見えた。アリシャが矢を放った方向へ歩き出したので、慌てて追いかける。そこには大きめのうさぎのような動物が3体、ほぼ同じ場所に矢を受けて倒れていた。
「ストークラット」
とだけ言い、大きな袋にそのまま放り込むと肩に担いですぐさま歩き出す。
「すこし急ぐ」
大きな荷物を担いでいるとも思えない早足だが、それでもリクトが付いてこられるよう気遣って歩いているのが分かる。リクトは半ば走るようにしてアリシャに従った。
湖畔に着くとアリシャは手早く獲物を解体する。それを眺めているとノーツとニーナ、それにスーシアも戻って来た。スーシアはリクトに気付くと笑顔で手を振ったが、そのまま自らが捕ったらしい獲物の解体を始めた。ノーツとニーナも鳥のようなのと格闘している。
そのうちに全員が戻り、みんなの収穫を解体し終わる頃には日も暮れてきた。特にダグワットの獲物は大きく、リクトを除く全員で協力する。リクトはその光景を青い顔でじっと見ていた。今は見習いとはいえ守備隊の一員である事を置いといても、これくらいは慣れなければ生きていけないだろう。
守屋に戻るとリクトはベッドに突っ伏した。色々とハードだ。だが慣れる他はない。
「リクトー!湖に…あら、大丈夫?」
元気に飛び込んで来たスーシアが急ブレーキをかけ、ぐったりするリクトを心配そうに覗き込む。
「スーシアは元気だね…あんなのを、毎日?」
「あんなのって、狩りのこと?」
リクトが頷くとスーシアはにっこり笑って首を振った。
「毎日じゃないよ。私たちは狩りの日を10日に1度と決めているの。結界の見回りは毎日だけど、狩りの日以外はみんなで交代するのよ」
見回りだけの時はひとつの班で、朝と夕方にひと回りしてくる。双子は2人で1組なので当番はだいたい7日に1度、10日に1度の狩りの日は全員参加だ。
昨日はスーシアの当番で、夕方の見回りでリクトを見付けた。当番も狩りもない日は、何事もなければのんびり過ごしていいのだという。毎朝の訓練も強制ではない。
時間感覚がわりとゆったりしているのは、長命のエルフだからかもしれない。それとも日本育ちのリクトの感覚のほうがズレているのだろうか。
何にしても、それを聞いてすこしほっとしたのは言うまでもない。
「あ、そうだ。湖に水浴びしに行かない?温かい水が湧くところがあるの」
「温泉ってこと…?」
「えっと…オンセンが何か分からないけど、行けば分かるわ。昨日ナタリーが服を持って来てたよね」
「あ、うん…」
露天風呂的なものだろうか…で、でも、ここここ混浴だったらどうしようやばいマジで。もちろん理性を保てるかどうかという意味で。