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第94話 君の隣なら

 翌朝。


 ユーリと待ち合わせた時間より1時間ばかり早く、約束の場所に来てしまった。


 流石に早すぎたか……と思っていたところに、ちょうど彼からの着信。



『ハルカ。いま、どこにいる?』


「え? ……うーん、いま起きたところ」



 がっついていると思われては恥ずかしいし、ユーリを慌てさせるわけにもいかない。私は、ありふれた嘘をつく。



『そうか。……いや待て、嘘だな?』


「え?」



 嘘が見破られるなんて思わなかった。かと思えば、通話が途切れる。


 なんで分かったんだろう……と思いながら、何とはなしに辺りを見渡すと。



「……ハルカ!」


「ふえっ?! ……ゆ、ユーリ?!」



 背後から、爽やかな声とともに温もりを感じる。一拍の時差のあとで、それがユーリの声で、彼に後ろから抱きつかれたのだと認識した。



「後ろからなんてずるいよー!」



 私はくるりと振り向いて、彼を前から抱きしめなおす。愛おしいような感情が蘇り、心の空洞は埋まるどころかすぐに溢れてしまった。人目なんか気にしない。



「……ただいま、ユーリ」


「ああ、おかえり」



 それから少し歩いて、いつぞやのレストランに来た。王宮に移る直前のデートでふわふわのパンケーキを食べた、おしゃれなファミレスである。


 数ヶ月、ずっと王城の専属シェフの料理を食べてきた。ここは流石に大衆向けのレストランだから、いくら名店であれそれらに及ぶことはないだろうなと思っていた。しかし、食事には、もっと大事なものがある。作り手の心と、一緒に食べるひとだ。周りの人々の振る舞いに翻弄されながら食べる料理も、部屋でひとり食べる料理も、どんなに素晴らしくたって、大切な人と語り合いながら食べるそれには敵わない。


 私は、王城のエピソードをたくさん話した。既に通信魔法で話していることもあったけれど、あの時は愚痴も多くなってしまっていたから。平和で幸せな今こそ思い出される、新発見とか、私のドジとか。とりわけ、王宮内の中庭や図書館は、話題の宝庫だった。彼は、面白そうに聞いてくれた。


 もちろん、指輪での通話を糾弾されたことは伏せていた。しかし、ひととおり喋ったあと、彼は急に真面目な顔になって、重々しく口を開く。



「なあ、ハルカ。開戦直前の何週間か、通信魔法が繋がらなかったよな?」


「……う、うん」


「ここまでの話にも、その辺の時期のことはなかったし。その時のハルカのこと、まだ何も知らない」


「……」


「……何か、隠しているのか?」



 話すか誤魔化すか、迷う。ユーリに責任を感じてほしくなかった。しかし、彼の透き通る水色の瞳が私を見据えると、彼に隠し事をするのは無駄だという気持ちになる。



「えっと……うん。……ごめんね」



 結局、素直に全部話すことにした。ルナとの一件。裁判でのこと。戦争、終戦、そして昨日のコグニス様とのこと。話し終わって彼を見れば、目を伏せていた。しかし、その美しい顔を悲しげに歪めているのがすぐわかった。



「そんな……俺は……」


「……」


「ハルカを守ると言っておきながら、俺のせいで、ハルカがこんな目にあっていたなんて……」



 こうなってほしくなかったから、言わなかったのに。やっぱり話さないべきだったかな、と後悔する。


 しかし、話してしまったからには、あとに退けまい。ゆっくり、ゆっくりと言葉を紡ぎ、私の想いを、続けて語る。



「……ユーリのせいじゃないよ。色んなことが重なってしまっただけなの。きっと、この戦い、誰かが悪いなんてことはなかったんだよ。少なくとも、人間はね」



 言いたい言葉、間違えないように。言葉足らずにならないように。



「それに指輪がなかったとして、待ってた未来はもっと酷かったかもしれないし、それは誰にだってわからない。そうでしょ? ……私、王宮でユーリと喋ってる時間、本当に楽しかったし、嫌なこと全部忘れられて……救われてたの。愚痴ばっかで、申し訳なかったけれど……それがなかったら、どうなってたか」



 そこで、彼は顔をあげ、私の方を見た。視線が合う。



「だからね、ありがとう」


「……だけど、指輪がない未来の方が良かった可能性だって……」



 ユーリの瞳に揺れる憂いの光が、まだ消えなかった。もう、仕方ないな。



「未来なんて、実際に迎えるまではきっとたくさんの可能性があって、いくらでも変わるの。それで、選ばれなかった世界は知られやしない。……けど、現在(いま)この瞬間としてここで見てるものはいつだって本物だよ」



 そこまで言ってみて、私はとびきりのドヤ顔を作って更なる言葉を続ける。



「こうやって、ユーリと共に居られてることとかね」



 目の前の彼の顔が……いや、耳まで一気に紅く染まるのがよく見えた。


 もちろん、ちょうど1年前に彼から言われた言葉の、ささやかな仕返しである。


 しかし、自分で言っておきながら自分まで恥ずかしくなってしまった。顔が火照る。私は、誤魔化すように話を変えた。



「そ、そういえば。その間、ユーリはどうしてたの?」


「あ、ああ……そりゃあもう、毎日鍛錬だ。ハルカの声が聞けなくて、ただ水みたいな気分で剣をひたすら振り回してたな。魔導書読んでも頭に入らないし、けど剣術はやっとかないと怒られるから」


「そうなんだね……」


「何か面白いことあったっけな……忘れてしまった」



 そこで、少し会話が途切れてしまった。さっきの甘酸っぱい紅はどこに。


 今日のデザートは、ショコラワッフルである。添えられたイチゴが、とろりと甘いチョコとよくあっていて、つい「んんーっ、美味しい!」と叫んでしまう。ちらとユーリを見ると、そんな私の方を見てくすっと笑っていた。



「けど、こうやってまたハルカに会えて良かった。本当に……」


「うん。ほんとに……!」



 また他愛もない会話が始まる。それもしばらく続いたのち。



「そうだ。ユーリ、何か相談したいことがあるって言ってたよね?」


「ああ、そうだった」



 彼は、視線を揺らし、言おうかどうか迷っているようだった。しかし、意を決したように私の目を見て、ひとつ、息を吸う。



「ハルカ。一緒に、魔王城に行かないか?」



 一瞬、景色が止まる。


 私の周りの空間が、時を止め、音をなくしたようだった。



「それは……どういうこと……?」



 ようやく、私の口が言葉を話せるようになり、かろうじて、その意味を尋ねた。


 ☆


 戦争が終わってから今日までの時間。私は、クレンの斡旋してくれた家に住んでいた。王国の北の端。ユーリの話を聞けば、この場所を選んだクレンには一体どれだけ先見の明があったんだと言いたくなる。私は何も知らなかったが、国の南の方で、何かがあったらしい。


 それは、他でもない。


 対魔王戦であった。


 前回の戦争ののち、呪いの晴れた中枢で、もうこれ以上一般国民を戦に巻き込むわけにはいかないという話が上がったのだ。そこで、魔族が攻め込んだタイミングで魔王討伐に向かう作戦から、魔族が攻め込むより先に、なるべく早く、秘密のうちに勇者パーティを魔王城に送り込む作戦へと変更された。少数精鋭の王国軍を護衛につけながら。


 ヴィレム王はその頭のキレを取り戻していた。持ち前の手腕で、王国軍の鍛錬の成果を瞬く間に上げていったのだ。それでなくとも、対帝国戦もあって、幾らかの消耗はあれど兵力は普段よりかなり上がっていたのだが。


 東のグローリア帝国、南のセクリア王国とも意見が一致。人間界の首長たちが団結し、魔族の目をうまく欺きながら、奇襲の準備は守備よく進められていった。


 そうして、南東の魔国、イヴリス王国からの魔力の動きを注意深く観測し、最適なタイミングで勇者パーティーが送り出された。


 勇者のルイ。


 聖女のユリア。


 賢者のウィリアム。


 そして、魔術補佐のソレイユ姉妹。


 隠密の魔法が巧みに用いられ、奇襲、狙撃は成功。魔族の大軍が人間界に押し寄せる、などという悲劇はなく、彼らは魔王と対峙するに至った。


 ここまでは良かった。


 それから、案外短い時間のうちにパーティが帰還。


 魔王は勇者によって無事に封印されたと、ウィリアム王子から報告があった。


 事実、魔国から検知される魔王の魔力は、ここ数百年に比べればほとんど消えたに等しかった。


 ゆえに、対魔国戦は大きくなることなく、存外とあっさり幕を閉じた――ように、見えた。



「このほんの何週間かで、そんなに進んでたんだ……」


「ああ。だが、何かがおかしいんだ」



 今やSランク魔導士であるユーリは、魔力を敏感に察知する。当事者ではないので具体的にはわからなくとも、どこかに違和感を覚えていたらしい。



「なんだろうな……魔王が、まだ居そうというか。消えてるんだが、消えてないような」



 しかし、それ以上の問題があった。


 帰還後しばらくして、ルイが行方不明になったと騒がれたのだ。



「報酬を受ける直前になって、だぞ。それも、パーティの中心であるはずの勇者が」



 彼は、何か裏があるのを感じたという。



「それで……リヒトスタインでトップだったメンバーに呼びかけて、オリジナルのパーティを編成して、魔国を見てこようと思ったんだ」


「ちょ、ちょっと、流石に危険すぎない?!」


「まあ、万一のことがあったときのために、スキル【テレポート】を習得しておいた。まだ練習が必要だけど、これがあったら、魔国の真ん中からでもすぐ人間界に逃げられる」


「……」


「あと、リヒトスタインにいた頃、ルイに頼み込んで、魔王を封印する魔法の構造を見せてもらったんだ。……ちょっと違うかもしれないが、おそらく半分ぐらいは再現できるし、改良もできそう」


「……すご」


「それで、ソフィア、ステラ、セレーナ、あとミーシャにも声をかけてて、みんな前向きな返事をくれた」


「……え、みんな女の子……」


「……その視点はなかった。すまない」


「あはは、冗談だよー」




 ひとしきり笑ってから、懐かしいみんなの顔が一気に浮かぶ。


 やっと、会えるんだ。大切な友達に。



「いいよ。ユーリの隣に居られるなら。人間の戦いで培った巫女の力、ここに見せてやるわ!」

第三章に突入しました!!! 第2章冒頭同様、お砂糖の分量多めのスタートです笑

ただ、ここから先の物語は練っている最中でして……それでなくとも、学校の課題とかが忙しくなってきているので、しばらく、更新が止まるかもしれません。ここまでの文章も見直したいですし。なので、気長に待っていただけると幸いです。

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