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第90話 叶う夢と敵わないひと

「いやー、さっすがだなあ」



 ステラが、天を見上げながらそう呟く。その目には、翠緑色の光を宿している。


 先ほどまで星を降らせる宵闇であった空は、いま蒼く輝き出していた。風景の美しさだけではない。彼女が同業者であればこそ、なおさらその残像にほだされていた。



「あたしのニンフにだって、こんなことできるのかな?」



 ハルカの手つきを思い出し、ステラも試しに、自分の精霊の頬を撫でようとする。しかし、ニンフは羽を器用に動かして避けてしまった。



「あはは、ほんと敵わないや。今度はあたしが教えてもらわなきゃ」



 自分より先に精霊術師の最高スキルを会得し、その力を操った少女を想って、小さく微笑みながら呟く。


 彼女の職業は、いかなるものよりも遠距離戦向きである。だから戦線の喧騒から離れた位置に配属されており、物思いに耽る余裕があった。しかし、「おっと、集中集中!」と慌てたように呟きながら、再び臨戦態勢をとる。


 しかしそこに、ユーリが近づいてきた。



「あら、ユーリじゃん。あんたの持ち場ってここだっけ?」


「いや、違うが……少し、話があってな」


「話?」


「ああ。……ここからの戦い方だが、なるべく攻撃をしないで、防御のスキルを使うようにしてくれるか?」


「ん? アレックスさんからはそんな指示ないよね?」


「このあとで彼にも言おうと思っている。ただ、知ってる奴を見つけ次第先に言ってるんだ」


「ふーん、わかった。え、でも、なんで?」



 彼は少し迷ったのち、クレンとの対話で得られた結論を語った。


 ☆


 さて、これからどうしようか。


 ここにいる人間のほぼ全員が敵味方関わらず不死身になった以上、もうこれから先の戦いは無意味なのだ。むしろ、食料などの消耗ばかりが増えてしまう。



「ハルカ殿」


「ユリウスさん! どうされたんですか?」


「さっき、ユーリ君から通信があってな。3年A組の小部隊は専守防衛の方針に変更するそうだ。アレックスも同意したそうだから、じきに第五部隊全体がその動きになるだろう」


「……!」



 ユーリの無事を知って安堵すると同時に、その知らせに驚いた。


 なんと大胆な……しかし、ああ、彼は、私の心をわかってくれている。


 なら、私も応えなければ。


 なんとしても、この戦いをすぐに終わらせるのだ。


 そこで、まずは今の状況に考えを巡らせる。


 危機的状況だった王国軍はなんとか勢いを取り戻した。一方、帝国軍もまた、そのままの勢力を保っている。いずれも勢いが落ちる様子はなく、むしろお互いに加速している。当然だ。私が、お互いに傷つかないように強化したのだから。



「神からのお告げです。どうか、この戦いを終わらせてください。傷の浅い今のうちに、終戦、和平に向かってください」


「はっ……しかし」


「……どうなさったのですか? 何度も、神託の儀式で申し上げたはずですが……」


「はい、その通り、なのでございますが……戦争を仕掛けたこちらから申し込む場合、交渉が不利となることが考えられまして……」



 ――そうか。戦争をやめてほしいと王国が頭を下げたところで、帝国はなおさら不満を募らせるばかりなのかもしれない。やめてくれって、僕が言い出したことじゃない、もともと君の方から持ち出した話じゃないか――日本で読んだ小説の一節が、心のうちに浮かぶ。この戦争で既にこちらから帝国に与えた損害。これまでにあった、小規模な紛争。へりくだるのをいいことにそれらを糾弾されては、確かに王国に不利だ。


 帝国はどんな条件を突きつけてくるだろうか。王国はそれらを呑まねばならないだろう。しかし、そこから待っているのは、何も知らない市民に降りかかる負担の増大か。いずれにせよ、王国の信頼はどこかでひび割れてしまう。確かにこの国の振る舞いは身勝手だった。だが、それはルナの呪いのせい。ああ、これもまた、魔国の策略なのか。


 確かな信頼を得るためには、正しいことをする必要がある。これは明らかだ。しかし、正しいことをしているからといって、必ずしも信頼を得るとは限らない。もっと強大な歪みが存在するならば尚更。この王宮で、私はそのことを我が身をもって学んだ。


 いま大事なのは、来たる対魔国戦にむけ、人間同士が手を取り合うこと。これ以上、無闇に亀裂を作ってはならない。



「……リン様、どう思う?」


 《我は戦に疎きゆえ、つゆわからねど(全くわからないけど)、行く末を視るに、この戦、おいらかに終わらん(穏やかに終わるよ)


「うーん、だったらいいんだけど……でも今のままじゃその未来にはならないよね。どうすればいいんだろう……」



 リン様も方針が見えないとあらば、万策尽きたように思われた。


 頭を抱えていた、その時。



「王様。私が和解に赴きましょう」



 凛とした男の声。驚いて顔を上げれば、そこにはユリウスがいた。



「いま何よりも大事なのは、我々の真の敵……魔国との戦いに向けての準備でございましょう。この王国の尊厳と民の生活は、必ずや保証いたします。ですから、この国の、ひいては人間界の命運を私に任せてはくださいませぬか」



 彼が、ヴィレム王を真っ直ぐに見据え、そう訴える。その目を、王もまた覗き込む。


 視線と視線がぶつかり合い、かすかに火花が見えた。あるいは、このほんの一瞬のうちに、目の光という声なき声を交わし、対話していたのかもしれない。


 しばし、時間が経って。


 王が、ふいと諦めたように目を細め、首を縦に振った。



「ふふ。そういえば、お前の忠告に背いて魔族の女を重用したがゆえ、あの悲劇に見舞われたのだったな。さすが、我が父の代より仕えるお前には敵わんの。いいじゃろう。……無事でな」


「はっ。ありがたき幸せ」



 え、と思わず声を出してしまう。ヴィレム王ってかなりお年を召されているはずなのに、先代から国王に使えてるって今言った? ――そこで、踵を返して出口へ向かうユリウスを目で追いかけて、初めて気づいた。彼の耳が尖っていることに。そうか。クレンと同じ、長寿種族(エルフ)だったのか。


 ユリウスが本部陣営を出て、馬に乗るのが見えた。天幕を透かした影も、やがて遠くなり、見えなくなる。


 それと同時に。



 ――ああ、ようやく……ようやく、終わる。



 私に出来うることは、全て終わった。あとは彼を待つのみ。彼なら、きっとうまくやってくれるだろう。ついに夢が叶うのだ。


 達成感にも似た気持ちが、一気に胸に溢れた。胸の前で両手を握り、この喜びを噛み締めていた。


 ☆


 ヴァイリア王国の軍部大臣ユリウス・フォン・ヴァリスが、直接グローリア帝国の本部に馳せ参じ、停戦および終戦の交渉を進めた。


 グロース山脈をその稜線で折半すること。


 帝国を、独立したひとつの対等な国として認めること――資源だけでなく、交易など経済面のことや、文化面においても。


 互いに内政不干渉を守ること。


 対魔国戦においては、魔国の情報と戦力を共有すること。


 少なくとも魔王の封印までは、互いに決して武力を行使しないこと。


 ……等々。


 賠償金も、多少は請求された。しかし、それほど膨れ上がらなかった。それは、帝国側の軍部大臣の進言のおかげであった。彼は、帝国の人間を守り、国内の魔族の脅威を除いてくれたのが王国の人間であると、気づいていたのだ。


 ユリウスの演説の効果もあるが、存外に軽くなった書状を眺めながら、彼は改めてハルカの力を思った。彼女には敵わない。もし望むならば自分の命をいくつでも捧げようと誓う。それはもちろん伴侶としてではなくて、ある種の主従のような意味合いで。


 こうして、王国対帝国戦は静かに幕を閉じた。柔らかな紅の陽に包まれた山の麓に、わずかな焼け野原と魔力の残骸を残しながら。

ついに対帝国戦が終了! ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!!

プロローグを書いた当初は、ここで物語が終わるはずでした。このまま、ハルカは現実世界に戻るはずだったのです。しかし、気づけばこの世界は思ったより大きくなりすぎた――どうやら、まだ彼女は帰れないようです。もうひと頑張りしてもらいます。あと数話、後日談のようなものを投稿するかと思いますが、まもなく第二章が完結し、第三章が始まります。

ここまでで少しでも、いいな、続きが気になる、と思ってくださったかた、ブクマや評価をぽちっと押していただけますと、作者は文字通りに舞い踊って喜びます!! また、ご感想、ご指摘、レビュー等々、いただくと目から滝を流して歓喜します!!!

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