表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/119

第88話 今こそ届け、真の力

 ハルカの声が、張り詰めた空気のなかで凛と響き渡る。


 宵闇に染まる空から光の粒が降り注ぐさまは、敵味方にかかわらず、人々を感嘆させる光景であった。


 その数は、星の数ほど。


 その色は、虹よりも多い。


 その光は蛍のような、生きているような輝き。


 恵みの雨のように、生命も枯れようかというほど戦に力を捧げたものたちへと降り注ぎ、染み込んでいく。


【精霊の加護】――それは、人間の身体に精霊を宿す、巫女や精霊術師の最高スキル。小さい光の中に込められた強大なる力を分け与える(わざ)だ。使い手の技術次第では、精霊を介してその魔力回路を操り、魔法を発動させることもできる。更には、回復魔法を自らに放ち、死に絶えた身体を再生させることさえ。


 そして、ハルカは今や、Sランクの巫女。生命を失って間もない人間ならば、蘇生させることができるのである。



「精霊らよ――力失せにし我が仲間らをして、うち蘇らしめよ」


 ☆


 ここは、王国の第五部隊。いや、元々そうであったもの。


 まだほんのりと暖かさの残るアレックスの身体は、物言わぬ亡骸として地面に転がったまま静止していた。わずかに開いた目に光はない。彼を討ち取った敵は、近距離戦を得意とする帝国の刺客。虚をつかれ、持ち直すことも出来ぬまま、あっけなく倒されてしまった。


 中心となって指示を出していた人間を突然喪ってしまえば、いかに優秀で自ら戦うだけの力を持った者たちの集団であれ、動きが一瞬滞ることは避けられない。そのほんの一瞬のうちに、帝国の筆頭魔導師がマナ・キャンセリングのスキルを放ち、魔力を封じた。それでも皆は武術で抵抗したが、魔法と武術を共に操る者が相手では、明らかに不利であった。


 唯一ソフィアだけは彼女の手足ともいうべき槍を自在に操り、魔術のハンデなどものともせず、華麗なまでの手つきで敵を薙ぎ倒していた。だがそれでも、対峙する者の数が増えれば、ひとりで抗うにも限界がある。


 第五部隊の者は殺さず生捕にするようにと、帝国の者たちは皇帝から指示を受けていたらしい。ダメージを受けて無力化された少年少女たちは、一気に捕縛された。


 このまま、この部隊が全滅するかに思われた、その時だった。


 空から無数の光が降ってきたのは。


 それは、リヒトスタインに属する誰もが目にしたことのある光。


 彼らはすぐに、無意識のうちにハルカの姿を連想した。


 冒険者には珍しい和服を着て、朗らかに笑う少女の姿を。


 龍を討伐した彼女の力を。


 そうしているうち、奇跡は起こった。



「水よ。我らを阻む敵を穿て」



 彼らの背後、第五部隊の真ん中から、若い青年の鋭い声が走る。


 刹那、無数の水の矢が、絡み合うようにして戦場を駆け抜け――寸分違わず、マナ・キャンセリングをかけた帝国の魔導師へと向かう。そして、それを合図にするように、全員の捕縛が解放され、傷は全て癒された。


 ――何故。ここにいる王国軍の魔力は封じたはずなのに。驚きとともに彼が顔を上げれば、そこには信じられない光景があった。


 こときれたはずの騎士団長が、全くの無傷でそこに立ち、魔法を操っていたのだから。


 その瞳に、水色の輝きを宿しながら。


 マナ・キャンセリングは、死人には効かない。だから、もし息を吹き返すようなことがあれば、確かに魔法を使うことは可能だ。そんなはずは、と彼は慌てて目を擦ったが、見間違えてはいないようだった。


 その一瞬の狼狽を、アレックスは見逃さない。生命を取り返したばかりの身体とは思えないほどの俊敏さで、【縮地】【隠密】、数々のスキルを使って敵陣営の魔導師のもとへ一直線に切り込む。駆け抜けざまに、若い戦士たちに再び攻撃しようとする者たちを音もなく倒しながら。


 そうして、さっき自分がされたのと同じように、遠距離戦を得意とする帝国筆頭魔導師の鼻先に突然現れ、軽やかに討ち取ってしまった。


 そうなれば、マナ・キャンセリングは効力を失う。


 形勢は一気に逆転。アレックスも持ち場に帰り、第五部隊は全くの無傷な状態に戻ったのだ。そればかりではない。精霊の加護を受けた身体は、無尽蔵の魔力を持つ、不死の身である。もはや、彼らに敵などないように思われた。



「ハルカ……」



 魔力が解禁され、リヒトスタインで最強の魔導師として第五部隊の戦力を牽引している少年、ユーリが、戦況の落ち着いたほんの僅かな時間、この奇跡を起こした少女に想いを馳せる。



 ――そうだ、去年の冬。帝国の刺客たちと戦った時も、魔力が封じられた。そして、その時に俺を助けてくれたのもハルカだった。ああ、ハルカを守るって格好つけておきながら、結局守ってもらってばかりじゃないか……



 左手の薬指に輝く光をそっと見つめる。ずっと、彼女と声を交わせていない。指輪にどれほど呼びかけても応答のない日が続いていた。それがどれほど心細かったか。どれほど心配だったか。しかし、いま、彼女の光が戦場を照らしている。まごうかたなき彼女の存在が、ここに力強く証明されている。



 ――さあ、俺も応えなければな。この戦いが終われば、ハルカと笑って再会するんだ。



 そう心を決め、帝国軍に向かって魔法を振るう。詠唱、無詠唱、魔法陣、限りなき魔力を鮮やかに駆使する。それこそ彼の真の力なのだ。


 だが、ややあって。ひとつ、異変に気づいた。戦線から離れて、小高い丘から戦場を見渡す。



 ――やっぱり。



 第五部隊は、精霊の加護を受け、戦争の始まった時よりもずっと強くなっているはずだった。しかし、始まりの時と同じような均衡が、そこにあったのだ。そう、帝国軍もまた、同じように強化されている。今までより激しく、魔術と武術が飛び交っているのに、誰ひとりとして倒れない。


 と、訝しげに立っていたユーリだが、背後に人の気配を感じ、素早く向き直った。



「ユーリ。もしかして、お前も気づいたか?」


「……クレン」



 そこにいたのは、馴染みの恩師だった。いつもなら茶色い瞳が、真っ赤な光を放っている。



「どう思う?」


「……それは、どういう意味だ」



 どういう意味かぐらい、わかっていた。それでも、思わず聞き返す。



「ハルカの精霊が、帝国軍の奴らにも働きかけている……ってことに、お前も気づいたんじゃないのか?」


「はい。……ハルカは、【精霊の加護】……あのスキルを、上手く制御できるはずで」


「そうだろうな。それで、敵にも力を与えているのには、考えがあるか、単なるミスか、とかよ」


「……あ」



 恩師と教え子の、静かな対話。辺りの喧騒から隔絶された空間が、そこに流れていた。


 煙に曇った夜空の下。僅かな沈黙の後、ユーリが口を開く。



「ハルカは、この戦いを止めようとしてたんだ。この戦争は、人間の損失をもたらそうとして魔族の奴らが仕組んだものだと分かったから」


「ああ。それで?」


「結局、ここに戦いは起こっている。けど……あぁ、そうか」



 ユーリはそこで、目を輝かせ、顔をあげた。



「たとえ戦いがここにあろうとも、帝国も王国も、誰も傷つかないようにすれば……魔族の思うつぼにならないで済む、というわけか!」


「やっぱり、お前もそう思うか。俺も思った」



 黄金色の朝日が、天と地を染めだした。暗い夜は、まもなく終わる。


 ☆


「精霊らよ。これより(あるじ)がことなることをすれど、つづきて戦える者どもに、国を分かたず力を与えわたりたまえ」



 ハルカは、その声を囁いてから、ふっと顔を伏せた。


 それから祓い串を取り出す。


 彼女には、さらに別の考えがあるようであった。

マナ・キャンセリングは、『第53話 野蛮な者たち』に出てきています! この時から、帝国は燻っていたのです……

戦いは、まだまだ続きます。戦闘シーンってやっぱり難しい。不自然なところなどあれば、感想欄などにご指摘いただけると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ