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第87話 大いなる巫女の力

「巫女様、お願いします! どうか、我らをお導きください!」


「どうか! この戦は、国の存続に、われらの命に関わるのです!」



 ……どうしてこうなったのか。


 ここは、王国陣営の中でももっとも戦線から離れた一隅。


 ひときわ豪華な天幕の中。おそらくここが本部なのだろう。


 夜の闇に支配された空間のなかで馬車を降り、ユリウスに守られながら、頭の整理もつかぬまま、比較的静かな林道を通って歩いてここに来た。


 閉ざされた入り口の前で立ち止まり、彼は静かに言う。



「この中には、君に縋ろうとする者たちがひしめいている。あれほどの仕打ちをしておきながら、無責任にもな。ここから引き返しても誰も咎めはしないし、いや、君の状況からすれば、突然寝返ったとて責めることはできまい。……とにかく、ここを開けるかどうか、そしてここからどうするかは君に一任しよう」



 私は、小さく頷いた。正直、中に入るのは怖かった。しかし、このまま王城に引きこもっていたところで、何も変わらないのは明らかだった。今だったら、何かを変えられるかもしれない。ようやく風は追い風となったのだ、一応は。


 紅白の巫女装束と、腰のあたりでまとめた自分の黒髪を入念に確認し、整え、意を決して入り口をくぐる。


 入った瞬間、恐ろしいほどの視線を浴びた。そのいずれも、このひと月で人々から向けられていたそれとは真逆だった。皆、私を見た途端に、フラッシュを浴びたように首をあげて目を見張る。嘆きとも懇願ともつかぬ悲痛さと切実さが、目の光にこれでもかというほどたたえられていた。


 すっかり萎縮し、錆びた機械仕掛けのようにギギギと首を動かしてさらに驚く。戦場という場には相応しくないほどの絢爛豪華たる光が目に飛び込んできたから。本部の()()()()に、煌びやかな祭壇があったのだ。かと思えば、そこにいた人間のひとりが、私をその祭壇の上に導く。


 頭の混乱した私を差し置いて、人々が周りに集まってきた。毎日神託の儀式をしていたあの頃のように……と言うには人が少ないが、皆が私を取り囲む。祭壇の上でひとり正座している、()()()()()()()を囲んで、揃って地に手と膝をつけた。


 続いて、祈りとも叫びともつかぬ声が、周りを飛び交い始めたのだ。


 その中には、ヴィレム王もいる。



「巫女様! お願いします。なんでも致しますから……!」



 ――ほんとに何でもするんでしょうね? そんな思いが、ちらと心のうちに浮かぶ。手のひらをくるくると返す大人たちの、なんと姑息なことか。彼らがいよいよ信用できないと思った。戦いが終われば、こんなお決まりの文句など忘れてしまうだろうに。


 こんな人たちのために、私の力を使いたくなんかない。


 かつてない勢いの祈りに、困惑と苛立ちが心の中で渦を巻く。このまま力を使えば、これほどに根の浅い男たちに、ただ権力と情けだけのために屈するようで、悔しかった。この空間に足を踏み入れてしまったことを後悔する。私はただ、唇を噛んだまま動かない。動けないのだ。



「巫女様!」


「……」



 そんな時だった。本部の入り口から、慌ただしく駆け込んでくる男。



「伝令! アレックス騎士団長率いる第五部隊が、部隊長の死亡により無力化、全員捕縛されました!」



 その言葉に、雷を浴びたように全身が反応した。



「第五、部隊……?」



 聞き捨てられるはずもなく、思わず声が出てしまう。第五部隊といえば、リヒトスタインの生徒や先生からなる部隊ではないか。


 全員捕縛? アレックスさんが死亡?


 走馬灯のようにユーリの顔が浮かぶ。そして、クレン、ソフィア、ステラ、セレーナ……



 ――いや。まだ間に合う。まだ、チャンスはあるはず。


 だけどもう時間はない。


 この国の中心部の人たちのために力を使うのは嫌だ。


 だけど、私の仲間を、恩師を、助けるんだ……今の私にならできる!



「神様……」



 私にしか聞こえないほど小さく呼びかければ、まばたきをひとつするうちにリン様の姿が目の前に現れた。


 懐かしい、燐光に包まれた十二単の姿に、涙ぐみそうになるのをぐっと堪える。



 《コグニスは戦の場で忙しければ、我を頼るべし》


「……うん」


 《ハルカ。我はハルカと共にあらん。そなたが何を望むとも》


「ありがとう。……本当に、ごめんね」



 それは、つまらぬ戦にリン様の力を借りることと、とうとう戦を止めることができなかった不甲斐なさだった。



 《何を謝るか。友達を助くるためなれば》



 彼女の屈託なき微笑みが心強い。胸が一気に温かくなる。決意を込めて、私は目を閉じ、意識を集中させた。


 呼応するように、瞼を透かして見える青白い光が鋭くなる。


 立ち上がって目を開く。同じ意志に燃える少女の目と絡み合う。


 彼女の手と手を合わせ、ひとつ、大きく息を吸った。


 今こそ私の力を示し、みんなを救うとき。



「我が神よ、そして眷属の精霊らよ――我に、その大いなる力を与えたまえ!」



 詠唱が天幕のうちに響きわたり、その尾が私を包む。


 次の刹那。


 精霊たちが集まってくる。


 無数の彩りを持った光の粒が、たった一点、私の手のひらに集まり、合わさり、目を貫かんばかりの真っ白な閃光と化す。


 いったいこの子達は今までどこにいて、どこからやってきたのだろう。魔力規制の元では、彼らの姿を見ることも許されなかった。手に擦り寄り、甘えるようにうごめく精霊たち。懐かしい、感動の再会……しかし、今その感傷にひたる時間はない。



「精霊たちよ――汝らが力を、我が仲間らに分け与えん!!」



 再び呪文の詠唱。スキル【精霊の加護】を発動させる。


 発動範囲は、()()()()()()()


 一度集まった精霊たちは、私の手を離れ、解き放たれるように発散した。


 四方八方に広がる虹のような光が天幕を通り抜ける。


 夜のとばりにかたどられながら輝く光たちが、恵みの雨のように、戦う人たちの上に降り注ぐのが見えた。



 ――私は、戦いなどとは無縁な日本で生まれた。それなのに、生命の軽いこの世界にやってきて、今、大きな戦争に参加している。たくさんの人に出会った。王宮では辛いことも多かったけれど、私を拾ってくれて、認めてくれて、多くを教えてくれた、大事な仲間たちがいた。


 どうか――どうか、みんなとまた会えるように。この戦いのあと、みんなで笑い合えるように。


 祈るばかりでは何も起こらない。だから力を捧げよう。だけど暫くの間、私はぼんやりと外を眺めながら、戦線にいるであろう彼らに、思いを馳せていた。



 ――いざ届け、私の心よ。

ついにプロローグの場面にやってきました。ここまで来られたのは読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます!

さあ、ここから先は、ハルカの逆転大活躍です。お見逃しなく……!

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