第8話 欲しいものは何かと言えば
「失礼します」
「おお、ようこそいらっしゃった!」
初老、といった辺りか。部屋の奥の方に座っていた男性が、私を見るなり立ち上がって礼をした。
やはり豪華だ。その服装は、「貴族」というイメージをこれでもかというほど体現している。
「この度は我々の生徒を救っていただき、誠にありがとう。改めて、心からの感謝をお送りしたい」
「……はあ」
「ついては、ここに感謝状を贈る」
「……」
そして、校長先生は……あろうことか、先程の教師と似たような説明をしてくれた。
この学校は……一体、なんでこうも厨二が集まって、その上厨二が纏めているのか。
軽く絶望していると、説明が終わったらしい。
彼は私に感謝状を手渡した。
それから、近くの女性に目配せする。
彼女もまた、いかにも魔法使いといった美しいローブを着ている。
若い美人の……コスプレイヤー?
この正式な(?)場に、居て良いのだろうか。
「では、私から、僭越ながら、魔法のパフォーマンスを記念にご披露させていただきます」
はい? 魔法のパフォーマンス?
駄目だ、もう頭が痛くなってきた。
げんなりしながら、彼女の方へ目を向ける。
すると、彼女は早くも魔法使いモードらしく、ローブをきっちりと着て、さっきまでとは違う真面目な顔をして、背筋を伸ばして、いつの間にやら右手に掴んでいる杖の宝石に左手を当てて。
瞑目しながら、凛とした声で何かを唱える。
――次の瞬間まで、私は、本格的にヤバい人種だ、と思っていた。
唱え終わったらしく、言葉を切ると、彼女はカッと目を見開いた。
それは別人のような鋭い瞳で……蛍のような、静かながら鮮やかな緑色の光を強く放っている。
それに呼応するかの如く、彼女の手が当てられている杖の石からも全く同じ光が瞬いていた。
刹那。
その場所から、光る文字のようなものが飛び出す。
あの白い部屋で、あの男性の目の前に現れたものと、色こそ違うものの形が似ていた。
空中に、何やら文字の羅列のようなものが、真円をなして浮かび上がっているのだ。
それは、躊躇うようにゆっくりと揺らめいてから、突然鋭く光を放つ。
部屋の中を、さあっと風が駆け抜ける。
空間の中、どこからともなく、星のような雪のような小さな銀色の輝きが、沢山降ってくる。
かと思えば、火の玉のようなものが私の周りをぐるりと回り、鼻先で弾けるように壊れる。
その破片が落ちたところから、火柱が湧き出し……噴水のように飛び出したそれらは、空中で一つに集まり、太い業火となる。
時折どこからか吹いてくる風を味方につけながら、火は自由自在に体をくねらせる。
まるで生きているみたい……そう思いながら火柱の先端を見て、ギョッとした。
顔がある。
そこにいたのは、火を纏った、幻のような龍だったのだ。
龍は一度頭上を旋回し、長い体を丸めて静止した。
さっきの火の玉のように弾け――破片は、流れ星のように儚く輝きながら、私に降り注いだ。
全然、熱くなかった。
むしろすぐに消えてしまうさまは、雪の方が似ているかもしれない。
あるいは金の豪雨に包まれた、という方がいいかもしれない。
いずれにせよ、私はそのまばゆさにすっかり心を奪われていた。
私の目は、美しい雨の止んだ後も、見開かれたままだった。
その私に構わず、さっきの女性は口を開いた。何かを唱えていた時とは別人のような、穏やかな声で。
「以上でございます。お楽しみいただけましたか」
「……はい」
私は、ようやく我に返った。
それと同時に、停止していた思考が再び動き出した。
「では最後に、ささやかな贈り物を贈呈する。何でも、欲しいものを言っていただきたい。すぐにでも手配しよう」
「少し考えさせてください」
欲しいもの以前の問題だった。
私は今のパフォーマンスで、ようやく悟った。
彼らの言っていることは本当なのだと。
彼女の使ったものを魔法と言わず、何と言おうか。
あれは、私の知る科学とはかけ離れていた。
魔法科学校。この場所は、確かにこの名前を冠するのだ。
決して、彼らの妄言ではないのだ。
ではなぜ、私はここに居るか?
それは――龍と戦う前の事をちゃんと思い出せば、薄々分かってきた。
私の境遇も――はっきりとはしないながら、私の思考は一つの結論に達しつつあった。
つじつまが合いつつあった。
結論。
ここは、魔法の存在する異世界なのだ。
私は、ここに来る直前、あの神社で神様と話をしていた。
彼女は、「現実世界」と「異世界」を隔てる結界を守っていた。
その異世界は沢山あって、剣と魔法の異世界もあると言っていた。
その結界として働くお札が目の前にあった。
それで、私は……神様の静止も聞かず……そのお札に手を触れて……視界が歪んで。
目を開けた先が、あの神社とは違うどこかだった。
そこには竜がいた。
ここには魔法があった。
状況を整理して考えれば、今私が居るのは魔法の存在する異世界だと考えるのが自然だろう。
つまり。私は、たった一人この世界に放り出され、この学校に保護されているということになる。
そんな私が欲しいもの。
そんな私に、必要なもの。
最小限必要なもの。
目の前には校長がいる。
ならば一つしかない。
「身分……というか、身柄を、所望します」
 





