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第84話 一度狂った歯車は

 ルナにこの場で、私が偽物だと言われるのは、もちろん想定内だった。だから、この場で、みんなに見せつければいいのだ。


 今度は私が、ルナを利用する番だ――そう、思っていた。



「まず……その仮面を、外すことはできますか?」


「……え」



 仮面の向こうに見える眼光が僅かに揺らめく。それがどんなに妖しいものか。


 それに、第二学年のとき、クレンから聞いた。魔族は、皮膚に特有の紋様を持つと。神様によれば、彼女が魔族であることは確実だから、この仮面はきっと、顔の紋様を隠すためのものだろう。そして、それがあらわになれば一発で、彼女が魔族だとわかるはずなのだ。


 力ずくで仮面を外さなかったのは、コグニス様の忠告を受けてだ。彼女に手を触れてしまえば、例えば、私が陥れるために偽の紋様を出現させたなどと糾弾されるかもしれない。まだここにいる人たちにはあの呪いが残っている以上、多少怪しくても彼女の肩を持つかもしれないのだ。そんな誤解は極力避けなければならない。


 彼女が一瞬、身体をこわばらせたのを見て、私はこちらの有利を確信した。



「……これは、わたくしの舞う踊りの伝統ですわ。この場で、外すことは……」


「いいえ。ここはもう、宴会ではございません。あくまで儀式の場であり、踊りとは離れた空間のはずです。……それでも、外せないのでしょうか?」



 一瞬広がる、ざわめき。彼女の沈黙に、私は密かに口角をあげた。


 だからこそ。



「……ええ。わかりましたわ」



 彼女が首を縦に振ったとき。


 私の周りの空間が、一刹那、音と色を無くしたように感じられた。


 ひんやりとした時空で、人々が動きを止める。


 彼女が、勿体ぶるような動きで、その繊細な指を仮面にかける。その時、彼女の目の前にいた私にはわかった。指先で、小さく紫色の靄が蠢いているのが。彼女が、そよ風よりも微かな声で、呪文を唱えているのが。


 真っ白な仮面が、ゆっくりと外される。


 そこには、仮面と同じほどに白く透き通るような肌があった。けがれひとつない雪山のような、それでいて柔らかな紅がさす、同性でありかつ敵である私でも見惚れてしまうような顔。そしてその瞳は、先ほどまで何度も見たあの青白い妖光ではなく、穏やかな大海を思わせる、深い瑠璃色だった。感嘆の声が聞こえる。無理もない。


 周りで、魔力がゆらめいている。それに合わせて、チラリと()()()が垣間見える。だから、彼女が、何か私の知らない魔法を使って美少女の幻を見せているのだと何となく気づいた。だが、少し距離のある群衆に、この揺らぎは見えないだろう。


 しまった、と思った。だがここで慌ててはならない……と言い聞かせる。まだ、もうひとつ、手立てがある。


 私は、彼女が仮面を着け直す時間を与えぬよう、素早く祓い串を取り出した。


【加持祈祷】――呪いを清め、魔物に苦痛を与えるスキル。


 これは魔族であるルナにも効くはず。そして、これが他の人間たちに効かないならば、彼女が異なる存在だと信じてもらえるだろうし……あわよくば、このままダメージを与えて、真の姿を暴いたり、倒したり、そんなこともできるかもしれない。


 本当は、【神の光】で倒してしまいたかった。しかし、突然強大な力を放って不用意に自分への恐れを生んではまずい。そうでなくとも今の未熟な私は、自分が生命の危機に晒された時にしか使えない。だから、いま、できることをする――串を振るい、導かれるがままに舞を舞う。


 あたりが清らかで暖かな燐光に包まれる。それはやはり、ルナの禍々しい光とは違っていた。幼き頃より馴染んできた戦友の光。それが人々を包み込めば、かすかに漂っていた紫色の煙も溶ける。


 そして、一気にそれらの光が、ルナに向かう。彼女は、まばゆい光に霞みながらもすっかり露わにした黒白目を見開き、こちらを見ていた。


 しかしその目も、次に見た時には静かに閉じられていた。


 ああ、彼女は諦めたのだ……そう思った。


 今度こそ、勝負が決まる……そう、信じていた。


 ――だから、気づかなかった。彼女がまた、口早に呪文を唱えていたことに。思い至らなかった。この後に起こることなど。


 ()()()()()()()()を中心に、燐光が膨れ上がる。


 私は祓い串を前に構え、動きを止め、閃光に目をぎゅっと閉じながら、万感を込めて念じた。


 いざ……ここで、終わらせねばならぬ。


 やがて、瞼を透かして感じられる光が収まり、ゆっくりと目を開ける。


 そして、広がる視界を疑った。


 さっきの、白磁の肌と、瑠璃色の瞳をもった美少女が、変わらぬ姿でそこに立っていたのだから。



「……な、んで……」



 思わず、声が漏れる。


 ☆


 ルナ・ネーベルを名乗っていた魔族――ルナ・ヴァン・イヴルスは、魔族の中でも極めて上級、魔王のそばに仕える身分の者である。だから、魔力の扱いには誰よりも長けている。質こそ違えど、人間のなかで最も強い魔導士に匹敵するほどには。


 基本的な攻撃や防御は自在に扱えて当然だが、そんな彼女がとりわけ得意とするもの。それは、人間の心を惑わす魔法である。地下室にかけてきた呪いは、人の冷静さを緩やかに奪うそれだ。加えて、同じ種類の魔法にもうひとつ、【幻影魔法】があるのだ。


 文字通り、人間の視界に幻を出現させる魔法。


 仮面を外す瞬間、彼女は、顔の周りに均一に魔力を乗せ、望んだ通りの容姿を映し出した。


 ハルカが浄化を始めたのを合図に、全身の幻影を作り出した。それも、【加持祈祷】のもつ力を短時間で入念に分析し、それに耐えうるような魔力を使って。それから、自分自身は、瞬間的にハルカのスキルも人の目も及ばない場所へと移動したのだ。


 やがて、燐光が収束したのを見計らい、再び元の場所へと帰ってきた。幻影が消える前に、仮面を拾い上げ、素早く着け直す。


 そして――呆然とする人間の巫女の目の前に立ち塞がった。仮面の裏では勝ち誇ったような顔をして。


 ☆


「ね? ご覧になったでしょう。もう、これで満足でございますの?」



 その鈴のような声の前に、私はただ、血の気が引くのを感じることしかできない。



「わたくしに、あらぬ疑いをかけたこと……踊り子としての誇り、仮面を取らせたこと……」



 目の前の少女は、ゆっくり、噛み締めるようにそう声を放つ。



「いいえ、責任をとれとは申しませんわ。ですけれども、ハルカさんが偽物だと、これでお分かりになりまして?」



 微笑みを含んだその言葉が途切れるや否や、ルナの身体から、紫色の雲が四方に広がった。

『第39話 マモノとケモノ』に、魔族の皮膚の紋様の話は出ています。そんな話あったっけ?というかたは、ちらっと見ていただけると幸いです!

ハルカがかなりピンチになってきました……逆境って、書くの難しいですね。逆境の向こう側もまた難しそうですが。……グダらないように努めます。ご指摘お待ちしております。

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