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第82話 真夜の月と朝の光

ようやく更新できました……遅くなってしまってすみません。

前話で、ちょっぴり微調整程度ですが、しかし割と大事かもしれない変更を加えました。

「ハルカさん、国王がお呼びですよ」


「あ、はい。今行きます。……あれ、夕食には少し早い時間じゃないですか?」



 夕暮れ時。宵の藍と斜陽の紅が混ざり合う時間。ちょうど酒蔵へと向かおうとしていた時。いつもなら、メイドさんが夕食を持ってきてくれるのは日が落ちてからだし、儀式ならその後だ。



「今日はひとり、特別な客人(まろうど)をお迎えしているのです。それで、皆を呼び寄せるようにと」


「へえ、そんなことが!」


「それで、夕食も一緒にと……」


「はいっ、わかりました!」



 一体誰だろう。そう、胸を踊らせる。王宮での宴会は、ここにきてすぐの時以来だ。ただでさえ、城内の人々と異なる意見を説いているのだ。気詰まりで充分に食べることができなかったかもしれないし、自室でひとり夕飯をとるよう計らってくれたユリウスの気遣いには大いに感謝していた。とは言っても、やはり久々の会食となれば楽しみだし、何よりそのゲストがとても気になる。


 ふと振り返って神様たちを見る。



「……あれ、なんかふたりとも、暗くない?」


 《んー、なーんか、嫌な予感がするんだよねえ。ねえ、リン、未来視した感じ、どう?》


 《……かの客人、かならずや我らに禍いをもたらし、道を阻まん》


「えっ……」


 《……されど、行かざるより行くがよろし。ハルカよ、用心せよ》


「……うん。わかった」



 なんだか、急に不安になる。


 そして、彼女たちの言葉の正しいことは、すぐにわかることとなった。



「年に一度、この城では世の最も素晴らしきパフォーマーを呼び、民も招いて宴会を開く習わしとなっておる。今年は国々を股にかける旅の踊り子を召したのじゃ。よくよく楽しむがよい」



 ヴィレム王が宴会場に入るとき、隅に居た私に近づき、そっと説明してくれた。私が頷いたのを見届けてから、壇上に立つ。彼が貫禄ある声を凛と張ると、それを風魔法が城内の隅々まで届ける。


 その声に促され、王に代わるように群衆の前に姿を表したのは、ひとりの小柄な少女。その姿をひと目見て、私は思わず声をあげそうになった。


 彼女の顔にしっかりと装われた仮面が目に飛び込むと同時に、心のうちに自らの苦い失敗が、辺りの禍々しい景色が、一度に思い出されて渦を巻く。


 彼女の衣装は、まるで真夜中を身に纏ったような黒だった。ローブではないが、その艶やかな生地で織られた黒衣は、静かにするりと灯りを映し、黒光り、という言葉がよく似合う。そこにそっと星のように水晶のかけらが散りばめられていて、まさしく夜を形にした衣といえた。


 その袖に透かして垣間見える、半ば無機質なまでに白くて細い指は、さながら夜空に浮かぶ月明かりを思わせる。


 そして、顔を覆う白磁の仮面。


 たった一度しか見ていない。それに衣装も異なるはずなのに、その姿かたちは、ジグソーパズルの最後の1ピースのように、あるいは時計仕掛けの小さなひとつの歯車のように、私の記憶の中にはまり込んだ。ぐるりと思考が巡れば、地下室、酒樽、黒々とした宝石、それらが目前に浮かんでくる。


 ああ、あの美しい彼女は、あの時に対峙した妖女だ――それならば、さっきのふたりの神様の言葉にも納得がいく。



「皆様、お目にかかれて至極光栄でございますわ。わたくしは、旅の踊り子、ルナ・ネーベルと申します」



 丁寧にお辞儀をし、彼女は鈴のような声で確かにそう名乗った。仮面の向こうに覗く三日月の瞳は、青白い光を帯びて笑っている。



「今宵は、皆様の御前でわたくしの舞を演じさせていただけると聞いて、心から嬉しく思われます。僭越ながら、この宴の場に、ささやかな華をお贈りできれば幸いですわ」



 そう言うや否や。彼女は、壇上で一歩後ずさり、胸に手を置く。


 次の刹那。


 ルナの両腕が周りの空間を切り裂き、それにしたがって星空のような衣が膨らみながら宙を滑る。たったひとりの、小柄な少女の舞。しかし、彼女が宙を駆ける時、空間一帯に星空が広がるように思われた。これは、幻想であろうか。人を魅惑する魔法……そんなものがあっても不思議ではない。


 危うさを感じることはなく、しばらくそのパフォーマンスに目を奪われていた。


 しかし。状況は突然に変わる。


 その指先の刻む大気が、薄紫に色づくようになったのだ。


 ちょうど、飛行機雲のように、紫色の煙が尾を引いて、空気中に溶けていく。



 《ハルカ!》



 先に叫んだのはどちらの神様であったか。気づけば、私の目の前で、青色と金色の光が壁をなしていた。


 そうか。この紫色の雲は、魔族の魔力。人間の心を惑わす呪いなのだ。


 おそらく、私の【神楽舞】と同じであろう。舞を舞うことで、魔力を生み出す。それが、周りの仲間に力を与えるか、敵を操るかの違いだ。


 今、私はふたりの神様たちに守られている――けれど。



「このままじゃ、ここにいる人たちが……」


 《しかり。されど、ハルカの身、危うくもこそなれ(危なくなるとまずい)


「だけど、だからって放置してたら、振り出しに戻っちゃうんだよね?」



 ならば。


 私は、心を決めて、祓い串を取り出す。


【加持祈祷】を発動させ、浄化するのだ。


 神様たちも、この決意に気づいてくれたのだろうか。お互い何の言葉も交わさないうちに、目の前の壁は解かれていた。立ち上がって、このアーティファクトを振るう。


 群衆の前で演じるルナの力を相殺するため、部屋の隅から誰にも気付かれないようにスキルを使えばいい。初めはそう思っていた。毎晩使っていれば習熟度はもうかなり上がっていて、力のコントロールが容易にできるようになっていた。だから周りの様子を見ながら、最低限の力を使うつもりだったのだ。


 ルナは壇上で妖艶なる宵闇を舞う。藍色の魔力が、じわりと広がり、人々を誘う。


 私は、皆の後ろで静かな朝を舞う。清廉な風が、闇を溶かし、眠りを薙ぎ払う。


 しかし。ある瞬間、ルナの仮面の向こうにある瞳が、私のそれと交差した。


 一瞬、彼女が微笑んだのを確かに見た。仮面の窓がほんの小さいものであったとしても、彼女の眼光は誤魔化せない。その笑みは、喜びか挑発か。いずれにせよ、想定外の微笑みで、私はわずかにたじろいでしまう。


 そして、さらに予期しなかったことが起こる。彼女が、手招きしたのだ。



 ――え?


 《ハルカ。力を最小限に抑えて、行っておいで。あいつはハルカを利用しようとしてるけど、なるべく近づいた方が少ない力で浄化できるし、こっちも利用してやりましょう。それにこのパフォーマンスの間は、危害もないわ。私の下手な未来視によればね》



 コグニス様にそう囁かれたので、私はゆっくりとステージに近づいた。ルナの目線と仕草に気づいたのか、海のようだった人波がすぅっと引き、私の通る道ができる。


 ルナの隣に立つ。彼女が空を引っ掻いたところに溢れる魔力は、さっき見た時よりも色濃く見えた。私がそれに呼応し、くるりと祓い串や巫女装束を翻せば、そこから黄金色の筋が生まれる。大気中に尾を引く陰は、私の光と溶けあってふわりと滲み、無色になる。


 夜明けみたいだ――そう、観衆から感嘆の声が上がる。巫女が加わるのも、あのルナという踊り子の演出か、なおさら美しい、と。


 ちらとルナを見遣る。なるほど、確かに利用された。光を使う演出を、彼女に扱えないのだとすれば。しかし、さっきまで観客の間をたゆたっていた紫色の雲は、今やすっかり晴れている。私もまた、彼女の演出を利用してみんなを守ったのだ。いや、防戦しかできていない以上、利用とは言えないかもしれないが。


 すぐそばに敵がいる。このまま、彼女を倒すこともできるかもしれない。今の状況では、あの日のように雲隠れはできまい。……いや、それは流石に無茶だ。実行すれば最後、私が罪に問われるのみだろうから。だから、今は穏やかに――私は、互いの舞が息をひとつにぴたりと止まったのを確かめてから、身を翻してその場を去った。


 群衆の方では、静寂が張り詰めている。それを、ヴィレム王の威厳ある声が破る。



「ルナ殿。素晴らしいパフォーマンスであった。ハルカ殿とのコラボレーションも見事じゃ。流石はこの世にまたとないと言われる踊り子よ。皆の者、この上なき拍手を!」



 豪雨のような、あるいは花火のような拍手喝采が湧き起こった。――この夜明けが告げたのは、希望の朝ではなく、災いの刻の幕開けであった。だが、誰がそう予知できただろうか。

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