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第81話 長い道のり

案外早く投稿できました。でももう休日が明けてしまう……

「おお、なんだか運命を感じるね」


 《まあ、当然といえば当然かもしれないけどね》



 あの本との巡り合わせの珍しさを知れば、運命というか、定めというか、そういうものの力を信じざるを得ない。


 しかし、勇者伝説の裏側、いにしえの巫女が辿ってきた、あまりに不遇な道。そうか、今までユーリたちと共にいられたのは、私の力を認めてくれて、かつ優しい彼らの存在があってこそだった。対してここは、ある意味アウェー。ますます、一筋縄ではいかなさそうだ。


 それでも。



「巫女さんは、どんなに勇者にハブられても、コグニス様のお告げを伝えた……だから、今まで人間たちは無事だったんだよね」


 《そう! そういうことなの!!》



 やっぱり、長いものに巻かれてはならぬ。それに、クレンたちも言ってくれたのだ。何があっても私の味方だ、と。


 私は、心を決め直す。


 ややあって、ずっと黙っていたリン様が、静かに口を開いた。



 《ハルカ。行く末を視るに、ひとたび、そなたの本意にいかでも(どうしても)背くを強いらるることぞある。さりとも、あなかしこ(絶対に)、自らの信ずるところな失いそ(失わないで)。戦の終わり、ハルカの本意叶いて、皆を導くこととならん(なるでしょう)


 ☆


 その晩。メイドさんが食事を用意してくれた。ワゴンに小皿がたくさん。緻密な装飾が施されたテーブルの上に、それらが順に並べられていく。洗練された動きで、リズミカルに。


 昨日はパーティだったが今日は自室で食べる、というのは、聞けばユリウスの配慮らしい。振る舞い方がわからなくて落ち着かない様子だったから、と。彼の細やかな気遣いには感謝である。これほどまででなければ大臣の諸業務は務まらないのかも知れないけれど。


 食事の豪華さは、昨日のビュッフェと遜色ない。見た目にも美しく、いい香りが存分に漂い調和している。ひとりでこれほどのものを食べてしまっていいのだろうか、と思ってしまう。


 それにしても。



「……あの、私、神託で、葡萄酒に用心せよと申し上げたと思うのですが……なぜ、今日の夕飯にそれがつけられているのですか?」


「申し訳ございません。お酒を蔵から出すのは、ちょうどハルカ様が儀式をなさっている時間帯でございまして。加えて、王宮の古くからの風習によりまして、葡萄酒は晩餐に欠かせないのです」


「なるほど。……寡聞にして存じ上げず、不躾な質問を失礼しました」


「いえいえ、お気になさらず。呪いのことでございますが、料理長は毒物の類いの扱いに長けておりまして、簡単な浄化をおこなった上でお出ししておりますので、ご心配されませんよう。ですが、お気づきのことがありましたら、ご遠慮なくお申し付けくださいませ」


「わかりました。ありがとうございます」



 どちらにしても、葡萄酒は飲めない、けれど。



「ねえ、コグニス様……」


 《うーん、ちょっとやっぱり残ってるなあ……多分、昨日より呪いが薄いのは、今日の昼のハルカの頑張りかな。うん、料理長さんのは効いてなさそう》


「ええ……マジか」



 メイドさんが「どうかなさいましたか?」と聞いてくれたので、いまコグニス様から聞いたことを伝える。


 そこで、ふと閃いた。



「あの、これから毎日、お酒を地下室から出すとき、私も同行していいですか?」



 毎日、敵は呪いをかけ直している。つまり呪いは、残留しないか、あるいは弱いのか、いずれにせよ継続してかけ続けられなければ効果が出ないのだ。だから、愚直でも城内の人々が口をつける直前にそのつど浄化すれば、きっとうまくいくはず……そう、思ったのだ。


 しかし。



「恐縮ですが、ハルカ様の神託と同時ですので、難しいかと存じますが……」


「えぇ……そっか、そうですね」



 そこに、コグニス様が口を出す。



 《名案だと思う。別に、私は口寄せの儀式なんていつでもいいわよ。憑依してお告げをするのは変わりないんだし》


 《……しかしか(うんうん)


「えっ、そうなの?! ……だ、そうです」


「え、何です?」


「コグニス様からすれば、儀式はいつでもいいのだそうです。……お願いです、神託の結果を反映させるために、時間をずらすことは可能でしょうか?」


「……承知しました。お伝えしておきますね」


「ありがとうございます。感謝します」



 ――ああ、この時、他に方法はなかったのだろうか。しかし、呪いを解くことなく対帝国戦を止めることは不可能であり、呪いを解くためには神託をずらすほかなかった……この時の私に、他の道は見ようとしても見えていなかったのだ。もし別の方法をとっていたなら、その知恵があったなら、もっと上手くいったのだろうか。少なくとも、このすぐのちに、この決断が、自らを窮地に立たせることとなるのは確かだった――


 ☆


 その後のおよそ3ヶ月。


 毎日が、同じような日々だった。


 朝起きて、すぐにユーリに通話をつなぐ。これもすっかり日常の一部となっていた。先に起きた方が、相手を起こす……モーニングコールのような感じだ。だからどちらが先にかけるかは日によって異なるのだが、大抵は私が先だった。新しい場所で、眠りが浅いせいかも知れない。それから、平日は授業が始まる時間まで、休日は日が高く上がるまで、他愛もない会話をする。


 太陽が出ている間、私は自由だった。ある日は神様たちと共に、ある日はすっかり仲良くなったメイドさんやユリウスに連れられて、王宮の中をあちこち歩いて回った。毎日違う風景を見ているように思う。宮殿は本当に広くて、いくら歩けど新たな空間に出会うのだ。


 私のお気に入りは、ある通路に面した庭園。ダイヤモンドのような水しぶきをあげる噴水も、いつ見ても違う色とりどりの花を咲かせる花畑も、この上なく美しい。生きている、変わり続ける、宝箱。


 昼ご飯の後の自由時間は、ずっと図書館にこもっていた。宮殿に並列した、王立図書館。ヴァイリア王国の、いや、この世界のありとあらゆる叡智がここに集結しているのだ。もちろん、もっと力をつけるため。巫女にできること、巫女が成してきたことを知るため。そして、帝国や魔国のこと――この世界のことを知って、少しでも()()()()()()ために。


 日が沈み始める時間。家来が地下室の扉に向かうとき、私もそちらへ足を運ぶ。門番が教えてくれた装置で、地上に酒樽を引き上げる様子は、何度見ても楽しかった。しかし、それでワクワクしている場合ではない。私は、祓い串を取り出し、【加持祈祷】の舞を舞う。何度でも、何度でも。尤も、1回の祈祷はほんの数分だったけれど。


 そのすぐ後、自室で夕食。その食卓で、私の祈祷が報われるのを感じることとなった。グラスにつがれた赤紫の液体が、今までよりずっと澄んだ光を透かしていたから。靄が晴れるのと同時に、これから解決に向かっていくのだという希望――この光こそ、そんな望みを告げているように思われて、それだけで胸がいっぱいになった。


 神託の時間は夕食後に変更された。後で聞けば、儀式の時間帯や会場設営は、全て古代の伝説を元にしていたらしい。だから、紙燭のあかりだけが浮かぶ暗闇の中で、絢爛たる祭壇の上で()()()()()()()()()()()()()。それで、時間を遅くされることはあっても早められることはなかった、というわけだ。……本当は、これまでのように日没直後が好ましいらしいのだが。


 毎日、毎日帝国との和解と団結を説いた。その度、困惑の視線を感じた。しかし、それにも、少しずつ、変化があった。



「でも、確かに……無駄っちゃあ無駄だよな」


「コグニス様もそうおっしゃるのに、なんで俺らは戦おうとしてんだ?」



 ざわめきの中に、そんな、反戦の声が交ざるようになった。回を追うごとに、その声はほんの少しずつ、しかし確かに強くなっていく。あれほどに戦いを推していたヴィレム王は、初め、そのような言葉に顔をしかめていたが、それすらやがて、迷いを帯びた表情へと移っていったのである。


 ああ、ようやく……私の願いが叶うのだろうか。城内の心が、反戦へと一致し、帝国との戦いを食い止めるという願いが。


 眠りにつく前、枕の上で、再びユーリと言葉を交わす。指輪越しであっても、私の声には、きっとこの喜びが強く乗せられていたことだろう。ユーリも一緒に喜び、労ってくれた。


 あと一歩――そう、思っていた。


 ある少女との、出会いまでは。

いよいよ物語が動いてまいりました……!

といっても、またしばらく投稿が滞るかも知れないですが……今後とも、『てんみこ』何卒よろしくお願いします!

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