第77話 私は私の場所で
今回は、前半は説明回です。矛盾があればご指摘お願いします。現在、設定とかの全体的なメンテナンスを計画中です。
夜。宴会が終わって、自室に戻る。
あのパーティで、私はすっかり人と情報の洪水に呑まれてしまった。貴族の社交パーティってこういうものなのだろうか。これから先、どうなるんだろう……そんな思いで頭がぐるぐると回っている。ベッドに体を預ければ、すぐに瞼が重くなる。ああ、リヒトスタインに編入したばかりの時も、こんな感じだった。
《ハルカよ!》
「んん〜……何、どうしたの、リン様」
うとうとしていたが、突然のリン様の大声で一気に睡魔が飛び退く。私は目を擦りながらようやく体を起こした。
そうして、次の瞬間には目を見開くことになる。
王宮の地下室に、怪しい人物を見たというのだから。
「え?! どういうこと?」
《さながらのこころなり》
「まじか……」
《こりゃあリンのお手柄だね。私も、パーティで出されたお酒がなんか変だなって思ったんだけど……地下室ってお酒の貯蔵庫だよね?》
《しかしか》
「あ、そうだ。コグニス様からもその話聞かなきゃ」
後で話して、と約束したことを思い出す。コグニス様は、うんうんとうなずいて口を開いた。
《葡萄酒だっけ? あれ自体紫っぽい色だからあんまり確信が持てなかったんだけど、なんか、こう、ふわふわーって紫の煙が見えた気がして。あれ、見覚えあったんだよね》
「……その説明の方がふわふわしてるよ」
《違うんだってばー。……見覚えあるってのは、もうずっと昔のことだよ。勇者伝説の話はもうお馴染みだよね?》
「え? ……多分」
《まあ、念の為、改めて説明しとくね》
この世界で人間が誕生するのとほぼ同時に、大気中の魔力、正確には魔素と呼ばれるものの凝結によって魔物や魔族が発生するようになった。彼らはやがて集まり、ひとつの国を立ち上げた。それが魔国――イヴリス王国である。そして、最も強大なる力をもった魔族が、魔王の座に君臨した。
人間と魔族は対立しながら、勢力均衡を保ってきた。大昔、まず魔国が動き出すことによって始まった大戦争は混乱を極め、多大な犠牲を払ったが、勇者らが魔王を封印することで終焉した。それから数千年の時を経て魔王の封印が完全に解け、さらに数百年。魔国がいま、その戦争の幕開けと同じ動きをしている。
そのひとつが、龍族の異常発生。私がリヒトスタインに編入するきっかけにもなった現象だ。魔王は、世界中に漂う魔素を自在に操ることができる。それで、人間を惑わせると同時に自らの勢力を拡大すべく、龍族を中心とした大型の魔物を発生させたのだ。
「うん……ここまではわかる。だから、人間が対策を始めてるんだよね」
《オッケー。それで、魔族は軍隊が相手をするんだけど、魔族は人間と違って自然発生する。みんな魔王の統制のもとで動いているから勇者が魔王を封印すれば戦いが終わるんだけど、逆に封印しないうちは永遠に終わらない》
「こわっ……というか、討伐ではなくて封印なんだね」
《魔王も魔族だから、魔力から生まれるわけだけど、それはもう膨大な魔力で出来てるからね。魔物って、死んだらどうなるんだっけ?》
「……あっ、その魔物を形作ってた魔力が自然に放出される?」
《そういうこと。魔王が死んじゃうと、ものすごい量の魔力が出てきて……せっかく戦いを制したって世界中が阿鼻叫喚になるかもね。街中に魔族が缶詰になったり》
「……ひぇっ」
《それで、選ばれし勇者だけが使える特殊な魔法でもって魔王を封じ込めるわけ。殺しはしないの》
「なるほど……」
つまり、対魔国戦のメインは対魔王戦にある。これは勇者パーティによる少数精鋭で挑む。これが伝説として語り継がれている部分だ。
しかし、攻めかかってくる魔族たちに打ち勝ち人間を守るためには、強い軍事力が必要であり、人間同士の国境を越えた協力が不可欠なのだ。――無駄な争いをしている暇はない。
《それで、先代の勇者が魔王を封印する直前、魔王城はこんな感じの紫色の雲に包まれていたの。魔物の独特な靄とか、魔族の肌の紋様とかとも違って、魔王だけがもってる何か、なのかもって思ったんだ》
「……それが、そのお酒にあったって?」
《そうそう。私、記憶力には自信があるからね。何千年か前の記憶だけど、おんなじだった。色とかだけじゃなくって、なんて説明したらいいかわかんないけど……私にはわかるのよ》
もはや長期記憶とかそういう次元じゃない、という話は置いといて。
《……呪い》
「……え?」
リンが、ぼそりとつぶやいた。
《かの霞、触れたる者どもの心地ぞつかいたる》
《おお、リンはそこまで分析してんのね。じゃあ話が早いわ》
「と、いうことは……魔国が、王城のお酒に呪いをかけて人間の心を操って、それで……」
《魔国との戦争で有利になるように、人間同士の揉め事を煽ってるってとこかな》
「こわっ……」
と、いうことは。対帝国戦を止めるためには、まず、この呪いをなんとかせねばならない。
「リン様。加持祈祷して、浄化とか出来ないかな?」
《ハルカの力、いにしえの巫女と並ぶものなれば、さだめてかのごとき呪いは疾く清めらるる》
「ほんとに?! じゃあ、明日のお昼にやってみる!」
《よきかな。我も具すべし》
「当たり前じゃん!」
《ふたりで盛り上がってるけど、私も連れてってよね?》
「うん!」
これからすることが決まった。
ほっとひと息ついたところで、桃色の瞬きが目に入る。
左手の薬指につけた指輪が光を放っている。これはユーリの着信だ。手で宝石を触れて応答する。
「もしもし?」
『もしもし』
「今度は、ユーリの方から掛けてきたんだね」
『あぁ。……ハルカの声が聞きたくなってな』
「……え?」
急に口籠もるような声になり、聞き返してしまう。
『ち、違う、その、予習で王国史の教科書を読んだら、勇者伝説のことが書いてて……そのコラムに巫女のことが書かれていたから、それでっ……』
焦っている声。それでついくすくすと笑ってしまう。
「えー、まだ1日も経ってないじゃん。……私も、なんだかちょっと寂しいけどね」
『……』
そのまま、お互い何があったかを報告し合う。ユーリの話を聞けば、クラスメートはみんな相変わらずらしい。まだ1日も経ってないじゃん、と自分では言ったものの、私とてリヒトスタインが恋しい。あの日々から突然にずいぶん変わってしまった。さっき同級生に会って話をした時にも思ったが、ユーリの声を聞いて、今までの日常に思いを馳せれば、すっかり遠い世界にきてしまったと改めて思う。
「あ、そうだ。さっきルイに会ってね」
『ルイ?』
私がルイの名前を出したとき、ユーリの声音がサッと変わったのがわかった。棘のあるような、冷たいような。ちょうど、編入してすぐ、挨拶以外で初めて言葉を交わした時のように。
「そうそう。それでさ……勇者パーティに入って欲しいって、言われたんだよね。僕は引き下がらないから……って」
『なっ……』
ユーリの動揺が、通信魔法越しに伝わってくる。しばしの沈黙。私はそこで、言わない方がよかったかなと思ってしまった。だが。
『……行くなよ……』
ユーリがぼそりと呟いた言葉が、その沈黙を破ってくれた。
「大丈夫。私は、ユーリから離れるようなこと、しないよ」
それからもしばらく喋っていた。日中に会うことはおろか喋ることもできなかった反動と言わんばかりに。やがて睡魔が再びやってきて、柔らかなベッドに寝そべりながらもまだ話していた。いつしか、ふたりとも寝落ちしていたらしい。
朝日に射られて目を開けると、通信魔法は途切れていた。神様ふたりが、枕元でニヤニヤと笑いながら《おはよう》と言ってくれた。恥ずかしいやら焦るやらという気持ちで身支度を済ませ、朝食に向かう。寝る前の会話が耳に残っている。今日は平日だから彼はもう学校にいるだろうか。ならば私は私の場所で、全力を尽くすのみ。
すべきことはわかっている。さあ、これからだ。
後半はイチャイチャシーンでした。恋人と夜中まで電話して寝落ち……伝聞でしかないです、悲しみ。