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第76話 新たな出会い

「ねえ、お姉様。このお方は?」


「フレア! お父様のところにいたのではないの?」


「すごく親しげに話していらっしゃるんだもの。セオドア様のお話にも飽きてしまったし、気になりましたの」



 隣の、フレアと呼ばれた少女は、ヘレナの妹だろうか。ふわふわとした金髪と桃色の頬が可愛らしくて、幼さの見える顔立ちをしている。だが、ヘレナと同じローブや紫色の瞳をはじめ、やはり同じ雰囲気を纏っている。



「初めまして。リヒトスタインでヘレナさんの同級生だった、ハルカ・カミタニといいます。えっと、平民で、職業は巫女です」


「貴女が巫女さんですのね! このパーティの主役じゃない! しかも冒険者さん? 羨ましいですわぁ。窮屈な社交界に押し込められたあたくしとは大違い」


「フレア! ……ハルカさん、不躾な妹でごめんなさいね。後でうんと叱っておきますわ」


「全然、気にしないで! 可愛らしいし」



 ヘレナの妹の話は、編入したばかりの頃、クレンに聞いた気がする。確か天才魔導師だと言ってはいなかったか。だがどうやら、かなり気ままな少女らしい。


 お父様に呼ばれた、と言ってふたりが去ると、入れ違いに、再びルイがやってきた。綺麗な女性を従えている。一体なんのつもりだろうかと苛々したが、彼が話したのは案外と真面目なことだった。



「突然だけど、対魔王戦のことは知ってるかい?」


「……え?」


「知らないか」



 知らないというより、まずルイの口から唐突にそんな話が出てきたことに戸惑ってしまったのだ。そして、次に疑問に思ったこと。



「えっと、対魔国戦ではなくて?」


「まあ、そうとも言うかな。でも、魔王の討伐が鍵になってるんだ。魔王さえ倒せば、人間と魔族の戦いは終わるから、少数精鋭で倒しにいくってわけ」


「……それって、勇者伝説の話?」


「そうだね。そのやり方を踏襲する。だけど今の時代の話だよ。この対帝国戦の後で勇者パーティを編成して、魔国が攻めてきたタイミングで魔王の城に殴り込むんだ。勇者が僕、聖女が」


「わたくしですわ」



 ルイの言葉に続いて、隣にいた女性が名乗り出る。いつものルイの取り巻きにいるような、ブロンドの髪を幾重にも巻いて派手なドレスで着飾った女性たちとは違い、高貴で清楚な印象を受けた。立居振る舞いを見るまでもなく溢れて見える上品なオーラ。純白のドレスに、毛先だけが静かに巻かれた髪の、黒い――烏の濡れ羽色とでも言うのだろうか――輝きがよく映えている。彼女は……



「初めまして。ユリア・ツー・セクリアと申しますわ。南方のセクリア王国の第二王女で、この国の第二王子、ウィリアム様の婚約者ですの」


「……?!」



 あまりに高い身分の人だと分かって、かといって今更いきなり跪くのもおかしい気がして、ただ真っ白になった頭で立ち尽くす。それを見て、彼女はふふと笑う。見下すような雰囲気はかけらも見えず、ただ彼女がふわりと笑えば、周りの空気が一気に軽くなるような気がした。ああ、真に高貴な女性なのだろう。



「固くならないでくださいな。身分を隠しながらとはいえ、リヒトスタインで学ばせていただいていましたゆえ、同級生の一流冒険者パーティの巫女として活躍されていたハルカさんのことはよく存じ上げていますもの」


「えっ、あ、そうなのですね」


「僕はユリア様の――」


「ルイ! それはまだっ……」


「……失礼」



 なんの話をしているのやら。ひとり取り残される私である。



「……こほん。それで、この勇者パーティは、僕が勇者で彼女が聖女、あと今この場には居ないけどウィリアム王子が賢者として編成される予定なんだ。加えて魔術補佐にソレイユ姉妹かな」



 先陣を切って魔王城へ斬り込む勇者、仲間の傷を癒し不浄を払う聖女、魔法を司る賢者、そして神の声を聞いて彼らを陰から導く巫女。ずっと昔のこの世界で、彼らが荒れ狂う魔王を封印し、人間界に平穏をもたらした。図書館で読んだ伝説を、再び心のうちに思い起こす。


 ……あれ? この流れって。



「そこで、巫女として、僕たちのパーティにハルカちゃんを迎えたいんだ」


「……えぇっ」



 やはりというべき展開だが、私には到底つとまる気がしない。というか、ルイはわからないといえ、王族と貴族によって構成される集団に私のような身分のものが入るなんて、考えられない。



「言っておくけど、巫女って本当に稀にしか現れないからね。大昔の戦いでは陰の実力者みたいな位置付けだったようだけど。とにかく、その巫女が、今代ここにいて、そしてちょうどまた勇者パーティが編成されようとしてるんだ。もちろん最終決定権は君にあるけど、僕は引き下がらないからね」


「……そ、そんな」


「まあ、考えといて」



 一方的に話すだけ話して、次にまばたきをする頃には既に彼はユリアと共に別のテーブルに移動していた。さっきまでの真面目さはどこへやら、どこかの貴族の令嬢を口説いている。


 私は、それを見て呆れる暇もなく、ただ目を回して立ち尽くすしかない。テーブルとテーブルに囲まれた空間。人と声が行き交っているはずなのに、無音の空間にただひとり取り残されたような心地がした。


 ☆


 一方、その頃。


 ひとり、宴会場を飛び出したリンは、そのまま、王城の外を走っていた。


 日は落ち、あたりはすっかり暗くなっている。儀式が終わり、中庭にはいつものように華やかな灯りが踊っているが、いまリンが走っているのは建物の隙間。彼女の放つ青白い光のほかには、何の光もない闇。


 神の力を温存するため、瞬間移動も何も使わず、周りに注意を張り巡らせながら夜道を走っているのだ。


 彼女の目指す先には何があるのか。


 目的地が近づいたのか、彼女はやがて足を止める。そのままゆっくりと、しかし着実に、どこかへと近づいていく。


 そこは、王城の地下室へと続く階段だった。古びた細い大理石の小道は、光魔法の幻想的な照明にぼんやりと照らされており、その奥には急な階段が見える。



 ――さればよ(やっぱり)。あやしき力、あまたありたる。



 そう、リンが心のうちに思ううち、足元に()()を感じた。


 石畳の上に、ぽつんと見える光。それは、黒々とした石だった。白く灯りを跳ね返す床では、その小さな闇はむしろどのような強い光よりも鋭く目を射るかのように感じられる。全ての光を吸い込んでしまうような黒。リンのもつ光さえ。……いや、よく見れば、そこからは煙が微かに出ていた。禍々しい、紫色の靄が、微かにその石を包んでいる。


 その石は、細い道を奥へと進むほどに数を増していった。初めはそれらを避けながら歩いていたが、それでは足の踏み場がなくなってきて、途中からはわずかに力を使って空中に浮かびながら、さらに先を目指す。


 扉に突き当たったが、彼女は肉体を持たないので開けずにそっとすり抜ける。視界が突然広くなった。地下室へと辿り着いたのだ。そうして、その頃既に地面は黒光りする宝石のかけらに覆われていた。


 そこには、木でできた樽が所狭しと並んでいた。


 そのそれぞれに札がつけられ、流れるような文字で出自がラベリングされている。


 ここはワインセラー。王室が認めた至高の酒の数々が、ヴァイリア王国の古今東西のありとあらゆる場所より取り寄せられ、保管されている。望みの熟成度をいつでも楽しめるよう、時間操作の高位魔法がそれぞれの樽にかけられている。それらをぼんやりと照らす光魔法。甘いような、どこかツンとしたような香りが、微かに漂っている。


 しかし、リンはそれらには目をくれず、酒樽と酒樽の間のわずかな影の中に蠢く姿を視界に認めるや否や、気配を消してそこへと向かう。



 《こは誰そ?》



 その影の主は、人の形をしていた。


 漆黒のローブを目深に被っている。フードからは艶やかな長髪が溢れ、その袖からちらと見える真っ白な指の繊細さが女性的だが、本性はわからない。顔が仮面で覆われているからである。


 神の声が聞こえるのだろうか。リンの鈴のような声に一刹那だけ体を震わせ、その方向を振り向く。だが、すぐに狼狽の色は消えた。そうして、リンが次の句を継ごうとするより前に、暗がりの中に溶け込むかのように、姿を消した。


 ローブも仮面も跡形もなく、ただ樽の落とす陰だけがそこにあった。苦い顔をして、リンは踵を返す。その道に、もはや宝石などなかった。ただ、あたりに紫色の霧がゆらりと立ち込めていた。

1話で物語を動かしすぎたでしょうか……再び、先走っていないか、情報量が多すぎていないか、不安になってしまう作者です。

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