第71話 王様との謁見
今日は一気に2話投稿しました! 前話がまだのかたは先にそちらをお読みください〜
店から王城までは目と鼻の先だったが、それでも馬車で向かった。
王様……どんな人なんだろう。どんな場所なのだろう。
戦いを止めるのが一番の目的。だが、決して焦ってはならぬ。先走ってはならぬ。緊張して、地に足のついていないような心地がするが、なんとかこらえる。馬車を引く馬のリズミカルな足音を聞きながら、心は上の空。
「着いた。降りられるか?」
「あ……は、はいっ!」
ここでつまづいてしまっては、せっかくさっき綺麗にしたのが台無しだ。ユリウスのエスコートに従い、静かに馬車から降りた。
初めて馬車の外を見て、目を見張る。
真っ白な大理石が規則正しく敷き詰められた道の両脇に、虹を細かく切り分けて貼り付けたような彩りの庭園が広々と広がる。噴水が、空中にしなやかにして鋭い水の芸術を作り上げている。この道の先で、どっしりと鎮座するのは、それらの花の輝きすら霞むような光を満身に帯びた建物。
ここが、王の住まい――王国の宮殿。
これまで暮らしてきたリヒトスタインも、それは豪華で、地球の中世ヨーロッパの宮殿を思い起こさせる建物だと思っていた。金ぴかの装飾や宝石が散りばめられ、輝きなきところなどない。しかし、これを目にした後では、そんなものもどこか物足りなく思えてしまうだろう。柱に走る一筋の装飾の黄金色の輝き、これひとつだけをとってもなお違う。輝きの重みというか、深みというか。こういった芸術には無知な私でもなお、はっとするような何かがある。
「ハルカ・カミタニ様。ようこそおいでくださいました」
「はっ、はいっ……お世話になります」
ぎこちなく震える腕を叱って、覚えたばかりのカーテシー。
そばに控えるのはメイドさんだろうか。荘厳な紋様の刻まれた重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。すっかり萎縮し、俯きがちに中に入る。真っ白な、履き慣れぬハイヒールの靴底に、臙脂色の艶やかな絨毯の、美しい毛足が柔らかく当たった。
少しばかり顔を上げれば、幾千もの光が流れ出していて、たちまち私の目を射た。シャンデリアのひとつひとつが無数の水晶の粒でできていて、その透き通る石は灯し火をあらゆる方向に散らしている。よく見れば魔力を帯びている。きっと光の源はろうそくでも電球でもなく魔法なのだ。そして、それらが幾重にも連なり、エントランスを照らしている。
壁も美しいが、それよりも目を奪われるのは一面に張られたステンドグラスだ。切子細工のような精密さで鋭く削られた色とりどりの窓は、外の世界の暖かな陽気をかたちのない宝石に変え、それらは柔らかな絨毯の上に溢れんばかりである。
何から何まで、緻密な、重厚たる美。いにしえより色褪せない宝石箱の中にいるようだった。
「そろそろ時間です。わたくしが王のもとへご案内いたしましょう」
先ほどのメイドさんのひとりに声をかけられ、夢から醒めた心地で振り返り、踵を返す。
「どうです。綺麗でしょう」
「はい、とっても」
穏やかにそう声をかけてくれたので、いくらかリラックスして受け答えができた。
「こちらが玉座の間でございます。ご勝手ながら、ハルカ様が平民の出身でいらっしゃることも伺っておりますので、お気を楽になさってくださいね」
「えっ……あ、はい」
気楽に、なんて一番無理な注文だ。
「なんてことはない。困ったら私の真似をするか、指示をあおげ」
ユリウスの言葉がありがたかった。少し深呼吸をして、導かれるままに扉をくぐった。玉座におわする国王の影が見えたが、眩しくてよく見えぬまま、ユリウスに従って跪く。
「そなたが、ハルカ・カミタニ殿か?」
「はい。さようでございます」
「よくぞ参ったの。余はこのヴァイリアを治めておる、ヴィレム・フォン・ヴァイリアじゃ。ヴィレム王、と呼ばれておる」
「お目にかかれて光栄でございます、ヴィレム王」
ハキハキと話さねば、無礼になるかもしれない。ヒヤヒヤしながら、声を絞り出す。
「苦しうない、面をあげよ。なに、余が呼び立てたのだからな。此度は突然の招集に応じてくれたこと、感謝する」
「はっ……い、いえ、えと……」
限界が来てしまった。こちらにも打算があるせいだろうか。それか、王様に感謝されたのが畏れ多いのか。
「わはは! へりくだることなぞない。そなたの自然体でおれ」
「……かたじけのう、ございます……」
やっと顔を上げ、ヴィレム王の顔を直視できた。
独裁者のような面もあるが政治の腕は恐ろしく優れている――これが、クレンやユーリの話していたこと。地球の歴史でいえば、ビスマルクや源頼朝のようなタイプだろうか。後者ゆえ人民には慕われ、この国の父としてずっと上に立つ人間。嗚呼、彼の顔に刻まれた皺の深さは、彼の築いてきた歴史の深さだろうか。――だが、この戦いは、その彼の過ちだろう、と。
「さて、本題に入るが、ハルカ殿の職業は巫女だと聞いておる。これはまことなのじゃな?」
「はい。私のギルドカードにもそう記されております」
「よい、よい。そなたの力はこの後とくと見ることにしよう。して、勇者伝説のことは聞いておるかな」
「はい。ここに参上するより前、学校の図書館にて文献調査をいたしました」
この世界に生きる4人の冒険者。勇者、聖女、賢者……そして巫女。彼らが魔国の王を封印し、世に安寧をもたらしたという話だ。巫女は仲間に神の力を与え、また、神の予言を伝えて皆を導いた。
「そうじゃ。そうして、余はその賢者の流れを汲む者。勇者は一世にひとりどこかで現れ、また聖女はセクリア王国の王女として現れることとなっておる。そうして、巫女であるそなたがここに現れた。ともに戦おうではないか」
「身に余る光栄でございます、陛下。私などでは、かのいにしえの巫女様のような働きに到底及ばないでしょうが、精一杯、力を尽くしましょう」
「うむ」
「……ですが。僭越なるお言葉、大変恐縮ですが、そのお相手は、魔国ではなく、帝国なのでございますか」
私がそう言うと、場の空気が一転したのを感じた。あ、まずい。焦っては駄目だ。
「かの帝国は、もとより我らが王国の傘下となるべき国。我らの保護があればかの小国も安泰、手を取り合えばより強い力で魔国に立ち向かえるだろうに、それも解せずに刃向かおうとする。これを制することは、対魔国戦への布石じゃ」
「ですがっ――」
「学生の身で学び、この国のことをよく考えておるのは、いたく立派ぞ。しかしこの国のことは余が、いや、ここに仕える者たちが一番よくわかっておる。そなたの役目は、それではない。神の声を聞き、それを寸分違わず伝えることじゃ。よいな?」
「はっ……差し出がましきことを申しましたご無礼、お許しくださいませ」
「構わん。そなたにしかできぬ仕事を任せる以上、咎めはせん」
「……ありがとう、ございます」
前途多難な予感がする。
だが、私は……神様とコグニス様に仕えるという役目を全うする。それ以外のなにものにも屈するまい。そう、神様に誓ったのだから。