第70話 新生活の準備
お久しぶりです!
更新が滞っていてすみません……ゆっくり再開して行きます。
翌朝。寮の中を何往復もして、自分の荷物をまとめた。王国の紋章と移動魔法の魔力――瞬間的に運搬ができる――が刻まれた革の鞄に、本もアーティファクトも、全部詰め込んだ。それでもまだ不安で、部屋の隅、ベッドの下、毛布の中、ありとあらゆる陰を指差して確認する。
《ハルカよ、ここを離るるはわびしからずや》
「寂しいに決まってるじゃん……けど、神様も一緒に来てくれるんでしょ?」
《言うもさらなり。我はいかなるときも、ハルカとともにあらん。まして、この戦を止めんとの試みなれば》
「うん……頑張るよ」
凱旋門での待ち合わせにはまだ時間がある。けれど早く行くに越したことはない。相手は王様……これから先、ひょっとすると敵となるかもしれないけれど、今のところは神にも近き人物。遅刻は厳禁なのは言うまでもないが、もはや論外。いや生死に関わるだろう。
窓からの新鮮な光を鋭く跳ね返す、備え付けの姿見。その前に立って、巫女装束を着る。普段は登校前に急いで羽織っているが、今回はもっと念入りに、折り目正しく。
魔力の扱いにもすっかり慣れた。魔力回路を得る前から授業で基礎知識を持っていたのと、ユーリとの特訓の成果とで、いまやすんなりと魔法が繰り出せる。適性は光魔法だが、他の属性でもある程度は使えるので、水魔法、火魔法、風魔法を一気に使って服の皺を伸ばしていく。まぁ、どうせ今日はこの後正装に着替えるのだけれど。
ついでに髪も整えよう、と改めて鏡をみて、驚いてしまった。そういえば、この世界に来てから一度も髪を切っていない。ここに来たばかりの時、毛先が肩に掛かるかどうかだった。それが、今では腰にも届こうかというほどに伸びている。何も考えずに、現実世界から持ってきたヘアゴムでくくっていたので気づかなかった。
現実世界から持ってきたスクールバッグも、新しい住まいに持っていくつもりだ。ここまでの生活で一切使わずにクローゼットに放置していたとはいえ、もし元の世界に帰ることができたときに、こちらに残しておくわけにもいかないから。それに、自分の本当の故郷のこと、忘れたくはないから。
駅前の百貨店で買ったヘアオイルが入っていた。そうだ、今日これをつけるのもアリかも。ほんのりと薔薇の香りがする。寝癖のついた髪だったのが、しっとりと艶やかなそれに早変わりする。
長く真っ直ぐな黒髪。紅と白の装束。神様と出会ったあの日、夢に出てきた女性と、いよいよ重なって見えた。あれは私自身の姿だったのだろうか、と驚くほどに。
左手の薬指には、もちろんユーリから贈られた指輪。もちろん、これは絶対に離さない。何があっても。
すぅ、とその薄桃色の宝石を撫でれば、うっすらと光を放つ。これは、通信魔法が発動した合図だ。
「もしもし、ユーリ?」
『おはよう、早いな』
「そっちこそ、もう起きてるじゃん」
『当たり前だろう』
短い、至って日常的な言葉を交わす。昨日のことを思い出せば彼のことが恋しくなり、しかし、もう後戻りはできないのだと思い直す。
『もう、いくのか?』
「うん」
『そうか。……頑張れ。また話そう。また会おう』
「……うん」
歩きなれた靴で、歩きなれぬ王都の道を歩く。地図と睨めっこしながら凱旋門へ。約束の時間より随分早く出発したつもりだったが、ちょうどよかった。私が門の脇に着き、そわそわしているうちに、5分ほどでこちらに向かう人影が見えた。
「待たせたな」
「……いいえ。お気になさらず」
1週間ぶりの再会。私は、跳ね上がる鼓動を悟られまいとしながら、ゆっくりとお辞儀をする。
「ご挨拶が遅れましたな。私はユリウス・フォン・ヴァリス。軍部大臣をしている」
「ハルカ・カミタニです。ヴァリス様、改めてよろしくお願いします」
大臣と聞き、獅子の前の鼠の心地だ。だが、平静を取り繕う。
「なに、そんな固くならんでも良い。ユリウスと呼んでくれ」
「わかりました、ユリウス様」
「様、もなくてよいぞ」
「いえ、流石にそれは……」
クレンとのやり取りが懐かしい。緊張しすぎて放心状態に近いのか、はたまた緊張がほぐれたのか、ふとそんなことを思い起こす。
「しかし、……ハルカ君、と呼べば良いか? ……君ほど礼儀のなっている冒険者も珍しい。ファミリーネームもあるようだが、貴族の出身か? 失礼ながら、寡聞にしてカミタニ家という家柄を聞きなれぬものでな」
「……遠い国の出身なのです。そこでは、平民も皆、ファミリーネームを持っていますが、家柄に限らず、上下関係を重んじる風習がありますので」
「そうなのだな。この国に来て長いのかい?」
「いえ、昨年来たばかりです」
「そうなのだな。ちなみに、遠い国といったが、どこから来た?」
「極東、と申せばよろしいでしょうか。……あっ、帝国は東側の国ですが、そこを通ってきたわけではなくて……」
「良い、よい。そうか。慣れたか?」
「はい。もうすっかり」
「なら良い。宮殿での生活も、気に入ってくれると良いがな」
そんな世間話をしながら、賑やかな城下町の大通りを歩く。良い人そうだ。
そうしているうち、ひとつの店の前に来た。煌びやかでロココな街並みの中、地味な木の看板は見逃してしまいそうになるが、ここが王家代々御用達、老舗の仕立て屋なのだそう。上品で穏やかな雰囲気が漂い、繊細な彫刻が施されている。暖かい光に包まれているように見える。
「彼女に合う正装を頼む。代は王城に」
「かしこまりました」
そう言うや否や、たったひとりで店を回しているらしい店主は、洗練された手つきで採寸を始めた。若いお姉さん。私とそれほど歳が変わらない気がする。
よく見れば精霊を使っている。植物の精だろうか。姿はやはり私の相棒たちとは違うが、鳥の羽をはためかせながら必要な道具を運ぶさまが可愛らしい。そして、やはり無駄のない動き。
「お姉ちゃんは、巫女かな?」
「え! はい、そうです!」
まさか、一発で巫女というマイナーな職業を言い当てる人がいるなんて。
「やっぱり、この装束はそうだよね。これが一番の正装だと思うけど、社交の場では貴族みたいな服があったほうがいいってわけね。あんまり使う機会ないだろうし、お代はそんなにいらないわよ」
どうやら、よく気のつく人らしい。
「金ならこちらからいくらでも出す。確かに1回ぐらいしか使わんだろうが、その1回が重要だ。最上級のものを頼む」
「王様に謁見……でしょうか?」
「その通りだ」
「承知しました。……そっかぁ、まあ、お姉ちゃん、緊張するかもしれないけど、頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」
一期一会。いい人に出会った。
そうしているうち、美しいドレスが仕上がった。豪華だが、派手すぎない、清潔感のある純白のドレス。繊細な刺繍はいつの間に紡がれていたのだろう。艶があって滑らかなスカートの裾が、控えめに、しかしふんわりと広がっている。
「もうこの後すぐ使うの? それならここで着付けちゃおうか。ついでに髪も可愛くするわね」
それからは、なされるがまま。コルセットをつけ、着替えて、化粧されて、髪を結われて。
――あぁ、この姿、ユーリに一番に見てもらいたかったな。
そう思ううち、身支度が整った。店主さんにお礼を言って、店を後にする。
いよいよ、新しい生活が始まる。
先日、私の新しい試み「古文のヒューマンドラマ」がひとまず完結いたしました。もし興味があれば、こちらも合わせてご一読ください!
『ひばな物語』
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