第68話 思い出の宝箱
あけましておめでとうございます!
新年早々こんなトーンですみません……
「ユーリ!」
学校の門の前で待ち合わせ。まだ太陽が昇りはじめてまもなく、約束の時間によく知った姿を捉えると、自然と腕をぶんぶんと振っていた。
「ハルカ! ……結構待ったか?」
「ううん、私も今来たところ」
定番のやり取りを交わして。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
ふたり、指を絡ませ、歩き出す。いつものように。
ユーリは生まれながらにこの世界の住人。いつもながら、私の知らないヴァイリア王国をたくさん知っていた。私はと言えば、学校の最寄り駅の中の売店で軽い朝食を済ませてから、この世界に来て初めて列車というものに乗った。最初の目的地は、国の北端。今日は、丸一日かけて王国中を縦断するのだ。デートプランは全てユーリが考えてくれた。
季節は冬になり始めていた。広い国なので、北側、それも山の上となれば、うっすらと雪が降っている。まだ紅葉の散らずに残る木々に、白いベールのかかるさまは、儚げで美しくて、どこか懐かしかった。……昔、修学旅行で京都に行った時も、こんな景色が見える季節だったっけ。
そこからさらに少し山道を行くと、石造りの、ツタに包まれた建物が見えた。大昔に造られた図書館らしいが、今は歴史的な遺産として、保存されている。朝日が少しずつ、暖かな赤色から鋭い黄金色に変わり始めていて、周りの木々を通り抜けて優しく降り注いでいた。建物は地球でいう大理石なのだろうか。ところどころ、キラキラと反射している。建物にかすかに残る金の装飾や、ツタについた朝露も一緒に。
別世界にいるようだった。そもそもここが異世界ではないか、と突っ込んではならない。既にあの街並みや服装には慣れ、こちらの世界が日常と化していた私だが、この場所はあまりに神秘的だったのだ。ヴァイリア王国の北の方、知る人ぞ知る名所だという。ここはかつてセクリア領の飛び地だったらしく、麓のすぐ近くには小さな城の跡がある。誰か女性が象られた石像……それは、学校の聖堂で見たコグニス様の姿とは異なっていた。神様に聞けば、彼女はセークリスと言って、コグニスと祖を同じくする女神だという。
かつてあったであろう煌びやかな装飾はしっかりと残っている。今のリヒトスタインの校舎と、この城の隆盛期の内装、どちらが豪奢だったか。まだ早い時間帯なのもあってひっそりしているし、傷も見えるが、きっと後者だろうとはすぐにわかる。荘厳、の2文字がよく似合う。その美しさから今は観光地として有名なのだ。と、いっても。
「……って、こんなとこ、今行くべきじゃないな。ハルカは歴史が好きだって言ってたから気に入ってくれるかと思ったんだが、明日から……その……」
「そんなことないよ! 凄く綺麗だし、初めて見たし、来れてよかった! ……でも、確かにそうだね。なんだか、悲しいな。それに、他人事じゃないみたい」
「そうだよな……すまない。何も考えてなくて」
「ユーリは何も気にしないで! むしろ、ありがとう。ここに連れてきてくれて」
それから、馬車に乗って王都の隣町へ。馬車自体初めてだが、ただの馬車ではない。羽馬車と言って、空を飛ぶのだ。やはり魔法の世界だなと思ってしまう。美しい毛並みの真っ白な馬が、背中に白鳥のような羽をはためかせ、車をひく。空高くの道を、雲を突っ切って駆け抜けていくのだ。私たちふたりが乗った、黒光りする小さな車を。
そんなわけで、次の目的地には一瞬でついた。
商店街、だろうか。歩けば光を放つ石畳の道の両脇に、小洒落た店が立ち並ぶ。喫茶店のような場所には彼と様々訪れたつもりだったが、そこは知らない店名が連なっていた。さっきまで居た場所とは打って変わって、ぱっと明るく軽やかな雰囲気。陽気な人々が昼間から飲んで踊り、歌を歌って楽器を演奏する。
中心には噴水がある。よく見ると水の魔力が付与されていて、地球じゃありえないような湧き出し方をしている。透明な造形。幻想的なガラス細工みたいだ。その水は水路を通って街の中を走る。白昼の光を閃かせ、人々の間をくぐり抜け、時に踊り子のように舞いながら。
ユーリと他愛もない話をしながら通りを歩くうち、とあるレストランに来た。
「ここでお昼にしようか」
「賛成! なんだかお洒落!」
レトロなレンガの建物の周りを、羽を生やしたランプが飛び交っている。ノッカーを打ち鳴らしドアをくぐれば、可憐な鈴の音がして、店員さんが出迎えてくれる。天井には花々を象ったシャンデリア。壁中の大きなステンドグラスから、色とりどりの光が差し込む。
案内されたテーブルにつく。日本の高級レストランのような雰囲気でありながら、どうやらファミレスのような場所らしく、小さな子供も居て賑やかだ。しかし、次の瞬間、周りの声は小さくなった。風魔法の魔道具が取り付けられていて、ボタンを押せば見えない壁が生まれて音がわずかに遮られるらしい。会話を楽しめるようにとの配慮だ。
前菜、副菜、主菜……注文したものが並べられていく。見た目からしてアートだ。美味しいのは言うまでもない。
向かい合って肉を切り分けていたユーリが、口を開いた。
「ハルカ。初めて会ったときのこと、覚えてるか?」
「覚えてるも何も……私がこの国に来てすぐのときだよね。ユーリの話からすれば、私がフランマ・ドラークを倒した時には既に私のことを見てたみたいだけど」
「そうだな。あの時から、何度も……本当に、助けられた」
「いつもユーリそれ言うけどさ、私もだからね? ……でも、最初に喋った時は、ユーリのこと怖いと思ってたなー」
「えっ、そうなのか?」
「だって喋り方とかぶっきらぼうだし。覚えてる? 魔法陣数学だったかな。こっち来て最初の授業で、私がユーリの魔法を観察してたらさ、『何を見ている?』って!」
あの時の、彼の氷のような視線と鋭い声音を再現してみせると、彼はなぜかうろたえた風だった。
「あ、あの時はっ……!」
「ふふ、懐かしいな。あの時、まだ私魔法のこと何も知らなかった……というか、見たことなかったもん」
「そういえば、ハルカの出身ってどこなんだ? 魔法って、どこにでもあると思っていたんだが」
「あれ、言ってなかったっけ? んー、どこから話せばいいのかな……」
今更感はあったが、事の顛末を全て話した。長い間一緒にいると思っていたが、意外にも、お互いのことを知らないものだ。しかし、奇想天外な身の上を、私はなんの躊躇いもなく喋った。彼も、笑わないで最後まで聞いてくれた。
「なるほどな。だから巫女になったってわけか」
「そういうこと。……まさか、こんなことになるなんてね」
「そうだな。でも、俺がハルカに出会ったのもまた、ハルカが巫女だったお陰だな」
「確かに……他の職業だったら、どうなってたんだろ?」
全部、つながっている。そう思うと、不思議だった。
「ユーリは? 土地勘がないから、出身を聞いてもわからないかもだけど」
「リヒトスタインがある市の隣の小さな村だ。一応父は地主なんだが、古魔道具オタクでな」
「あぁ、だからこんなに魔法ができるのね。にしても、Sランクなんてすごいなあ……」
「……ハルカの職業のことと一緒で、俺も、クレンに口止めされてたんだ。でも……少しでもハルカの近くに居たいと思って、申告した」
「そう、だったんだ……」
私は何も言えなくて、しばし、沈黙が流れる。
やがて、その沈黙を破ったのは、デザートを持ってきたウエイトレスさんだった。ホイップを添えられ、たっぷりとメープルのかけられた、ふわふわのパンケーキ。焼きたてらしく、湯気が立っている。頬張るだけで幸せになり、また2人の間の空気が華やいだ気がした。
「そういえば、初デートでもパンケーキ食べたね!」
「春祭りの、後輩の出店だっけか?」
「そうそう。さくらパンケーキだった」
話題は尽きない。
名残惜しかったが、客足も増えてきたので、昼食が済むと店を出た。太陽はもう傾き始めていたが、それからさらに国のあちこちを巡った。南の港町、東の市場、西の繁華街。1日のうちに、彼の計画はこれでもかというほど詰め込まれていた。それはまさに、宝箱のように。目まぐるしく変わる風景、ユーリとともに駆けていく時間。だが、もうそれも終わりに近づいていた。