第66話 私の職業は巫女です
何としても止めねば、とは言ったものの。
結局、一介の冒険者でしかない私に、何か手立てが思いつくかと言われれば、そういうわけでもなかった。
意識こそ変わった。戦力として加勢するにせよ、戦を止めるにせよ、どちらにしても力が必要だ。そして、いま、その一方――後者を叶えるという目的が出来て、だからもっと強くなりたいと望めるようになった。今までだって頑張っていると思ってた。けれど、ひとたび目標が出来たら、あんなもののいかに生ぬるかったかがわかる。
もっと、強くなりたい。
もっと、強くならねばならない。
だから、学ばねばならない。
……ユーリやクレンから。
結局――
「ユーリ! また今日も質問して良い?」
「あぁ、もちろんだ」
――心は変われど、やっていることは何も変わらない。
このままでは、何も出来ない。
「……ねぇ、ユーリ」
「ん? 何だ」
「少し、聞いて欲しいことがあるの」
ユーリだったら、何か知っているかも。
ある日の朝、覚悟を決めた。神様の過去に触れるのは最小限にとどめつつ、私の力で戦争を止めたいということを伝えた。
私が、まだまだ弱いのはわかっている。実力も、立場も。けれど、ユーリは笑わないで最後まで聞いてくれた。
しかし――
「でも……難しいかもな」
「……やっぱり、そう?」
せっかくの希望が。そう思って肩を落とした直後、耳にした理由は少し予想と違っていた。
「あいつら、独裁者気質があるから、よほどのことがなきゃ市民の声に耳を傾けないだろう。行政についてはそれでもなんら不満が起こらないぐらい敏腕だったが……戦い、か。どうなんだろうな」
「……」
そうか。私は、この国のことさえ、何も知らない。
魔法理論や職業のことばかりではない。王国史や政治史、魔法史、地理……そんなのも、学ばなければ。
自分の顔から血の気が引くのを感じる。もう時間がないのに。
そのタイミングで、ホームルームが始まった。
「大事な話がある。来週は、王国軍の者が学校に来るそうだ。これから本番までの訓練、編成、そんなものに関して、生徒の能力を見てアドバイスをくれるらしい。まあお前らが何かすることはないが、とりあえず礼儀正しくしとけ。特にA組のお前らはな!」
最後の一言で、クラス全体に笑いが起こる。しかし、緊張からか、いつものような爆笑も騒ぎも起こらない。それを見て、クレンは寂しげな顔をした。
1限は基礎戦闘魔法。今年新たに加わった授業。クレンの受け持ちなので、彼は職員室に戻らないで教卓で何か作業をしている。かと思えば。
「ハルカ。ちょっといいか?」
「はい」
いきなり廊下に呼び出された。こうして先生とふたりで話をするのはいつぶりだろうか。
「さっきも言ったが、来週、国がここの生徒の持つ能力を把握するための調査をする。だが、人数も多いし、正確な検査はしないで自己申告だそうだ。そこで、ハルカの職業を精霊術師として報告した方がいいと思っている」
「ええと、それは……」
前にクレンが言ってた言葉や、ユーリの口ぶりから、なんとなくその目的は勘づいている。
「王国は、巫女という珍しい職業を放ってはおかないだろう。まして、神のお告げを伝えたり、死者を蘇らせたり……それに、勇者伝説にも登場するのだからな」
「……そのようですね」
ここまで言って、クレンは周りを見回し、声を潜める。
「そして今回の戦いは、正直、王の独りよがりのような部分がある。残念だがね……」
「……」
「だから、今回に関して、ハルカの力が知られては、利用されてお前に危害が及ぶことになるかもしれない。それよりは、精霊術師として他の奴らと一緒に戦う方が安全だ。こんなもので、大切な人材を失いたくはないからな」
「……クレン……」
クレンの真っ直ぐな瞳が、言葉以上に訴えかけていた。私が心配だ、と。
だが。クレンが私を思うのと同じように、私は、私を守ってくれたみんなが傷つくのを、みすみす見逃すわけには行かないのだ。だから、私の精一杯の力を利用しなければならない。
「いいえ。私は、ありのままを申告します」
「なっ……」
クレンの顔が、一気に驚愕に染まる。しかし、私の目を見て、そして首を振った。
「……そうか。その、覚悟があるんだな」
「……ええ」
「わかった。なら、そうしてくれ。ただ……むやみに、身を滅ぼすようなことはするな。いいな?」
「はい」
「何かあったら、俺を頼れ。俺は、お前の先生なのだからな」
「……ありがとうございます」
なんていい先生なのだろう。
そうこうしているうちに、チャイムが鳴る。ふたり、教室に戻る。
「よっしゃー、じゃあ始めるかぁ。まあ、なんか大袈裟な名前が付いているが今まで通りの魔法授業でちょっと戦闘系に特化してるだけだってわかってきたところだと思う。そしたら今日は、……」
さっきとは正反対の、緩い、おちゃらけたような口調。しかし、それは固まったクラスの雰囲気を和ませようというクレンの配慮なのだと、伝わってくる気がする。
私が席に着くと、隣のユーリが肩をつついて、囁いた。
「すまない。さっきの会話、聞こえてきたんだが……」
「……え?」
「朝言ってた話だろう。……俺からも言わせてほしい。本当は引き止めたいが、聞かないだろうから」
「……うん」
「俺は微力だが、何があってもハルカを守る。けど、もし、万が一離れ離れになっても、戦いが終わったら必ず会おう。いいな?」
「えぇ、もちろんよ」
私は、机の下でそっとユーリの手を、強く握った。相手は確かに握り返してくれた。
ふたりとも、机の上では「改良版の魔法陣」を構築しながら。
☆
1週間が経つのは早い。
その日がやってきた。
「もう話には聞いておるだろうが、諸君はアレックス率いる第5部隊に入ってもらう。編成、および今後の訓練については、我々プロにお任せすると良い。そこで、諸君の力を知りたいから、ひとりずつ、氏名、職業とランクを述べてもらおう。先生が最初にしてもらうとやりやすいかな」
「まず俺か? クレン・ウラノス。職業は剣士で、ランクはAだ。じゃあ、オットーから席順に言ってってくれ」
「オットーです。職業はタンクで、ランクはBです」
「オットー……フルネームで言ってもらえるかい?」
「えっと、平民だから、ファミリーネームはないです」
「そうだったか、失礼した。では、次」
「ミハイルですー。隣にいる双子の兄のジャックスと組んで弓術師をしていてー、僕のランクはAですー」
「ジャックスだ。俺はBだな」
順番に、言われたように口述していく。威厳とともに事務連絡をした男の人はひとりひとりの声に頷き、そばに控える細身の男性が紙に書き留めていく。
私は最後尾。緊張してきた。
「ユーリだ。職業は魔導師。ランクは、ついこの間Sになった」
「え?!」
今の彼の言葉に、教室中がざわめいた。
「ユーリ、いつの間にそんな強くなってんだよ!」
「バケモンかよ!」
ふとクレンを見る。彼も、何か言いたげな顔をしていた。しかし、その顔は、他のそれとは違っていた、気がした。
さっきの男の人は、目を大きく見開いてしばらくユーリを見つめていたが、やがて。
「ごほん、静かに! それで、最後の女性は?」
私の心臓が、ばくんと跳ね上がる。しかし、ひとつ深呼吸をして、体が震えるのをなんとか堪えた。
「ハルカ・カミタニです。私の職業は巫女です。ランクはAです」
落ち着き払った声を装い、答える。
再び、彼の驚きの目がこちらを射抜くのが見えた。





