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第65話 神様の過去

ちょっと残酷かも……(残酷描写あり、と設定していますが、久々にこのような描写を書くので念のため)

神様が人間だったころの、暗いお話です。

 神様は、かつて、平安時代を生きた少女だった。貴族の娘として生まれ、和歌や漢籍、琴や舞を学びながら、両親のいる邸で平穏に暮らしていた。彼女が16歳の頃、ふたつ上の姉が時の帝のもとに女御として嫁ぐことに決まり、いよいよ家族の雰囲気は華やいできていた。日に日に大人びて見える姉を、まぶしく、誇らしく思ったという。


 しかし、悲劇は突然訪れる。


 夜、家族が寝静まった頃。何故か眠りが浅く、彼女は夢とうつつの間を彷徨い、ぼんやりと目を開けた。格子の向こうに見えるのは、月や星の冷たい光を除いてはどこまでも深い闇……のはずだった。しかし、次の刹那、宵闇に縁取られた緋色の光が、頭をもたげたのだ。


 何が起こったのかわからないまま、飛び起き、姉や両親を探しに走った。途中で家来に会い、引き返して逃げるようにと促されたが、その制止を振り払って夢中で走り続けた。煙が行手を阻むのも、単が足にまとわりつくのも構わないで。


 果たして、そこには、姉がいた。両親もいた。倒れた柱に燃え移り、地獄の業火と化した紅蓮の光の中で、壁の向こう側で、よく知った顔ぶれが、囚われて動けぬままそこに立っていた。


 時折、松明が投げ入れられるのが見えた。これは敵襲なのだと、ようやく理解した。何もできない状況で、心臓は忙しなく、体は震え、足がすくんでも、だからこそ余計に、頭は働いていたらしい。


 当時はまだ武家が台頭してはいなかったが、彼女の父親と反対勢力にあった貴族の一派が早期から彼らの能力に目をつけ、有力な武人を次々と護衛につけていたのだ。彼らの娘は更衣となった一方、帝に気に入られたが故に、更衣より高い位を持った皇后すなわち女御となった、神様の姉を、憎み、消そうとしたのであった。後で神となってから読心術を用いれば、どうやら彼らは、姉が不正によって労せずして帝の寵愛を得たのだと、本気で勘違いしていたらしい。



「――逃げよ! 疾く……!」


「なっ……まな(だめ)!」



 姉の叫び声が聞こえる。


 これで、自分が逃げたら、姉は……いや、逃げなかったとしても、結果は変わらないのだが、自分だけが生き残るということを考えるだけでも、耐えられなかった。彼女は、目に涙をため、家族の方を見つめ――


 次の瞬間、背後で爆音が聞こえた。


 ついに、彼女自身の退路も断たれてしまったのだ。


 それを認識した時、せめて、最後に……そう思って、身の焦げる痛みを忘れて姉や両親のもとへ駆け寄った。


 赤や橙に、猛々しく光を散らす様は、むしろ美しい。しかしそれは、非情なる檻だった。死を待つだけの牢獄だった。そこに、家族が、古参の家来が、ひしと抱き合い……意識が遠のきそうになりながらも、轟々と燃える炎の音の中、微かな声が、確かに聞こえた。



 ――草の露 煙の霧と 立たむとす



 それは、死を覚悟した姉の、精一杯の辞世の歌。その上の句だった。



 ――清らに消ゆる さだめなりきや



 姉の声に呼応し、そう、下の句を続け……やがて、意識が暗転した。


 ☆


 しばらく時間が経つ。ふと、目を開けると、そこは真っ白な世界。


 いつの間にやら、呼吸が楽になっている。


 あれは、悪夢だったのだろうか。


 焼け焦げたはずの体は無傷……いや、よく見ると、薄水色に透き通っていた。


 あぁ、黄泉の国に来たのだ。極楽浄土に……そう思った。


 しかし、やがて目が慣れてくると、うっすらと、向こうに誰かがいるのがわかる。


 きっと姉や両親だ。そう思って駆け出し、しかし、すぐに足を止める。見知らぬ人たちが手招きしているのだと、わかったから。



「おめでとう。ようこそ、私たちの世界へ!」


「君は権力争いに巻き込まれて不遇な死を遂げた……しかし、それゆえ人々に祀られ、我々神の一員として第二の人生を送ってもらうことになったんだ!」


「すっごくレアなケースよ!」


「……?」



 初めは、向こうの言っている言葉がよくわからなかった。それは、内容だけでなく、そもそも神様が親しんできた日本古来の古語とは異なる言語だったから。だが、何か歓迎されているということはわかった。彼らは、地球上の古今東西、さらにあらゆる異世界を統べる神々だったらしい。



「我がはらからは……親は……」


「君の家族かい? 今は……どこかに転生して、幸せに暮らしているんじゃないかな」


「……っ」



 幸せ、という言葉を聞き、安心して泣きそうになった。同時に自らの凄惨な最期を思い出し、もどしそうになった。しかし、いずれもそんな感覚がごちゃ混ぜになってこみ上げてきたばかりで、肉体を持たぬ今の自分には何も関係がなかった。


 その後、神が守るべきことなどの教育を受け、人間が彼女を祀って建てたという神社に降り立った。巫女が代々世話をして、今の代がハルカ……私だ。そして、どういうわけか、一緒に異世界に来て――今、またもや戦禍に巻き込まれようとしているのだ。


 ☆


 最初、不機嫌でそっけないような、それでいて沈んでいたような神様の声は、だんだんと熱を帯びてきていた。それに、神様が泣くところなんて初めて見た。涙こそ流してはいなかったものの、苦しそうに顔を歪め、肩を震わせる彼女は、いつもと違って……いや、いつもより、等身大の少女のように見えた。私は、神様の透き通る体に自分の腕を回した。


 これ以上、言葉は要らない。


 私は、確かに心のうちに誓った。



 ――私の力はなるべく知られないように、と言われたけれど、そんな保身、あっては駄目だ。ただ強くなって嬉しいなんて、そんな呑気では駄目だ。巫女の力、神に通ずる力さえあれば、なんだって出来よう。神様や、精霊たちや、コグニス様の御加護は、役目をまっとうするために加えられたのだ。


 自分の身を捧げてでも。


 この戦い、何としても止めねばならぬ。

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