第64話 新しい力を手にするということ
「うわぁ、まじか……!」
精霊術師の最高スキルと言われている【精霊の加護】を習得してしまった。精霊術師ではなくて巫女なのに。きっと届かないだろうと思っていたものに、案外あっさりと手が届いた気がして、高揚感とも拍子抜けともつかない、なんだか変な気分だ。
その後、他の属性の精霊でもやってみたり、魔法の遠隔操作の呪文を色々試してみたり、撫でてみたり――いや、撫でるのはいつも通りだけれど。
下校時間が近づいたので、もう一度、ギルドカードを見てみる。
『ギルドカード (リヒトスタイン支部発行)
氏名:ハルカ・カミタニ
年齢:17歳
種族:ヒューマン
職業:巫女〈A〉
適性:光
職業スキル:【神の光=7】【精霊使役=7】【神楽舞=5】【口寄せ=4】【加持祈祷=4】【精霊の加護=2】
追加スキル:【光の矢=1】【光の壁=1】【光の盾=1】【光の加護=2】
未取得スキル数:2』
未取得スキルがまだある。もうだいぶ、スキルを覚えたような気がしていたけれど、まだまだらしい。
でもランクがAにまで上がっていた。ユーリと同じだ。隣に居ていいと言われたような気がして、嬉しくなって、ふたり顔を見合わせて笑い合った。
「ユーリ。今度は、光魔法を教えて欲しいな。せっかく、魔力を得たみたいだから」
「あぁ、そうだな。……でも、俺の適性は氷だから、光魔法のことをうまく教えられるかわからない。俺より適役はいるかもしれないが、俺でいいか?」
「当たり前よ! 適性じゃないって言ったって、ユーリはこの学校で一番魔法が出来るんでしょ? それに……大好きなひとから教わることなら、なんだって覚えられると思うもの」
私はニヤリと笑ってそう言った。遅れて顔が熱くなり、視線を逸らせる。視線を元に戻せば、ユーリも頭を掻きながらどこか別の方向を向いていた。ややあって。
「わかった。ハルカのためなら」
☆
ユーリの魔法講座は、やはり効果覿面だった。
1週間も経てば、光の矢でもって木に穴を開け、光の壁や盾である程度の攻撃を防ぐことができるようになった。また、【光の加護】というのは簡単な回復魔法らしく、治癒師に比べれば効果はかなり弱いとしても、【加持祈祷】では治せない、魔物の絡まない切り傷や擦り傷が治せるようになった。おかげで、実習やその他の時に怪我をしても、すぐまた普段通りに動けるようになった。
傷口に光が集まり、やがて塞がっていく様子は、何度見ても不思議だ。本当に浅い傷でなければ治せないが、赤い糸筋はするりと消え、アザはふわりと溶けるようだ。そして、回復する瞬間のじんわりとした暖かみはむしろ心地いい。尤も、慣れない魔力操作で少ない魔力を非効率的に使うので、その後の疲労は周りの子たちよりも大きいけれど。
「慣れたらすぐ、効率よく魔法が使えるようになる。魔法陣を描く時だって、ハルカはいつも勘がいいから」
「だといいなぁ……これからもよろしくね、先生!」
「あぁ、もちろんだ」
とにかく、私は着実に様々なスキルを覚えていた。これだったら、いずれセンソウが始まっても、少しぐらいは戦力になるだろう。少なくとも、足手まといにはなるまい。
そんな時だった。神様の様子が、何かおかしいと思ったのは。
「……ねえ、どうかした?」
《……》
「やっぱり、何かあるんだよね……?」
いつもの明るさが、彼女から消えていたから。寮にふたりで居ても、沈黙が流れることが増えていた。
答える声はない。話したくないことかもしれない、と思って、私は図書館で借りた本に目を移そうとした。
《……ハルカは、争いを好むか?》
目を伏せながら、そう、私に問いかける神様。
「え? そりゃ、好むはずはない、よ……?」
《されど、戦うがための力を得るを、楽しみたるに見ゆる》
「……あぁ、それは……」
確かに、それについては反論できない。けど。
「あんまり、戦争って実感湧かないんだよね。意識してないっていうか。だから、今まで通り、新しいこと覚えるのが面白いなって」
《……まことか?》
「ん……まあ、正直、自分でもわかんないや。でもさ、この世界じゃ、魔物とか魔族とか……結局、戦わなきゃ生きていけないじゃん。戦闘系のスキル覚えたら、ちょっとこの世界に馴染めてきた感じがするっていうか……強くなった気がするような……」
《……ことわりなり。されど……強きことは、必ずしも良きことにはあらず》
「うん、それぐらいわかってるよ。力があっても、要は力の使い方、だよね」
《……しかり》
「神様だって、……神が持つ力が強過ぎるから、人間界では制限かけられてるんだった……よね?」
私がそう聞けば、彼女はコクリと頷く。無言で。
何か他にあるのだろうか。今までの神様が、ここまで沈んだ様子を見せたことはない。けど……無理に聞き出して良いものではない。神とはいえ、人の……少女の心を持っているのだ。それぐらい、今までの付き合いでわかっている。パートナー、主、しかしその前に、ひとりの親友だから、傷つけたくない。
とはいえ他に何か話すことがあるでもなく、私はそわそわした気分で口をつぐみ、借りてきた本を再びめくる。
そうしているうち、しばらく時間が経った。突然、神様の、いつものように美しい、しかしいつもとまるで重さが違う、そんな声が部屋に染み渡った。
《我はかつて人の子なりき。……はかなくなりて、目を閉じ、また目を開きしかば……我は神の世に居たり》
「……それは……いつ?」
《ちとせの前……いづれの帝のしる世なりしかは、おぼろげなれど……猛き者ども東の国を統べたりける日々は、我が知らざる時なり》
鎌倉時代の始まる前……平安時代、神様は人間として生きていた。その時代に死んで、それから女神として崇められるようになったのだ。
なぜ、突然その話になったのだろう。そう思ったが、私が口を開くより前に、彼女は話を続ける。
《我、戦を厭うは、ただ戦の恐ろしきのみがゆえならず。……この国、この街……戦いあらば、いみじうありさまになりなん。後の世、我には視ゆる。神の持ちたる力によりて……》
「……そう、だろうね」
《……我には視ゆる。この街の、我がふるさとがごとくなりたるが。おんな子どもの、在りし日の我がごとくなりたるが。我の、人なりし日の最期、重なりて視ゆる……》
「……えっ。どういうこと?」
想定外に重い言葉が突然聞こえてきて、飲み込むのに時間がかかってしまう。
《我が神になりけるは、戦で失せにし女を神とまつらんことで、後の世にて皆平らかに暮らすを祈るため。ハルカ……初めて、この話を語るべき時ぞ来にける》
千年も昔の、神様の過去……親友かつ従者である私が、彼女をいかに知らなかったのか。
それを、思い知ることとなる。
 





