第63話 精霊の加護
ほぼほぼ半年ぶりの更新になってしまいました、本当にすみません!!
久々に書いたので、ストーリーにズレがないか少し不安……
次の日、授業が終わってすぐ、約束通り、ユーリと中庭に向かった。
「えっと、【精霊の加護】の詠唱ってどんなのだっけ?」
「……精霊術のことならステラも誘うべきだったか……」
少し困ったように頭をかくユーリ。またひとつ、彼の新しい顔を見た気がして、ふと口角が緩む。……だけど、なぜだろう、同時に心がモヤっとする。
「いや、大丈夫でしょ。ユーリだってたくさん調べてるんだし、私も毎日ステラの特訓受けてるんだよ?」
即座に口から出た自分の声が思いの外冷たくて、そこでようやく気づく。多分これは、ユーリがステラを誘おうとしたからだ。私の恩師かつ親友とはいえ、ユーリと仲の良い少女だから。……案外私って嫉妬深いんだな、とひとりで苦笑する。ユーリが特段気に留めてなさそうなのが救いだ。
「確かにな。……栞を挟んでいたんだが……あった、ここだ」
精霊術師に関する、分厚くて古めかしい本をパラパラと開く。私はそれを、彼の背中越しに覗き込む。
「詠唱例……『精霊よ、汝が力を彼らに分け与えん』?」
「例ということは、結構自由なんだな」
「呪文って、文法さえ守ってたら使えるんだよね?」
「確かにそうか」
「というか、これってそもそもどういうスキルなんだろ」
私とユーリが肩を並べる形で、さらに先の説明を読み進める。
【精霊の加護】――それは、人に自らの操る精霊を宿すスキル。精霊は、実体こそ持たないが、人間とは比べ物にならないほどの魔力を持つ存在だ。そんな、いわば魔力の塊ともいえるものが、人間の魔力回路に宿る……否、寄生すると言って良いかもしれない。
するとどうなるか。強大な魔法を放てるようになることはいうまでもない。だが、精霊術師は精霊を操る職業。【精霊の加護】の習熟度が上がれば、精霊の宿った人間を操ることさえできるのだ。もちろん、正常な人間の意思を覆してまで操る力はない――少なくとも前例はない。だが、歴代の伝説となった精霊術師は、死んで間もない体に精霊を宿し、強引に治癒魔法を発動させ、生き返らせたのだとか。
「……うわぁ、おっそろしいな、これ……」
「恐ろしい? 俺は凄いと思うけど」
「いや、凄いよ?! でもさ、なんだろ……生命倫理とか大丈夫なの、これ? 死んだ人を復活させるなんて……」
「よく分からないが……戦力が大事になる戦場では、そんなことも言ってられないだろ」
その言葉で気づく。強引な蘇生が禁術か何かに見えるのは、平和な世界で生きてきたからかも知れない。命が軽い世界では、命を取り戻すのもまた、軽いものなのかも知れない、と。
ならば、郷に入っては郷に従うまで。平穏な日常なように見えて、本当はすぐ近くに戦いがやって来ようとしているのだから。
それに、こんな、半ば神のような力を私が扱えるとすれば……怖いような、興奮するような、複雑な気持ちだ。
ただ。
「えっ、これってさ、宿す人間が居なきゃ使えないじゃん」
「別に、俺を使っても構わないけど」
「へ?! いやいやいや、それは流石にダメだよ!」
「ハルカのためなら身を捧げる覚悟ぐらいあるが?」
「そういう問題じゃないでしょ! 成功するか失敗するかもわかんないのに!」
「絶対大丈夫だ。今までだって……」
「だいたい自分にとって大事なひとを実験台に使い潰す馬鹿がどこにいるのよ!?」
「わかった。そこまで言うなら、代案もある」
「あるなら最初からそれ言ってよ……」
ユーリは冷静沈着で、聡明で……だけど、時々、ハメのはずし方がおかしい。
「魔導師は結構普段から……人体に作用する魔法を練習するときによく使うものなんだが」
そう言って、無詠唱で何かを作り上げていく。
彼が手をかざした場所から、光の粒が生まれ出てくる。砂のように、さらさらと――かと思えば、次第に集まり、繋がりあい、やがてひとつの物体になる。
それは、人間の形をしていた。真っ白でありながら鈍く光る人型のものがそこに静止しているさまは石像か何かのようだったが、それでいて光が透けているような、不思議な人形だった。しかも、よく見れば、内側で何やら蠢いている。青光りする筋が、血管のように、縦横無尽に走っている。
「これは……?」
「魔力で作った人間モデルだ」
「え、どう言うこと?」
「魔力は物質を生むことが出来る……それで人間のような形を取ればそれは魔族になるわけだが、ちゃんと生命を持ったものを作れるのは自然だけだ。でも、俺らぐらいのひよっこ魔導師でも、皮膚と魔力回路ぐらいは自分の魔力でそれっぽいものが作れる」
「え? てことは……」
「攻撃魔法とか、怪我の治癒魔法とかであれば、このモデルを使って自分の力を試せるってわけだ」
「何それ、凄い」
というか、そんな素晴らしいものがあるのなら尚更、最初のユーリの提案が謎なのだけれど……そんなことは気にしないでおく。
「それじゃあ、早速。えっと……」
すう、とひとつ、息を吸い。
「風の精霊らよ、汝らが力を、かの者に分け与えん!」
ユーリが作ってくれた人形を指差し、呪文を詠唱する。
見慣れた、翠緑色の光の粒たちが、私の指先に集まってくる。
そこで私はイメージした。この愛らしい精霊達が、あの人形の中に入っていくのを。脈を打っているのが透けて見える、あの魔力回路を伝って、全身を駆け巡るのを。
すると。本当に、その通りになった。皮膚から染み入るように……いや、皮膚を潜り抜けるように、精霊たちが取り込まれていく。奇妙な感覚だった。昔馴染みの、それでいて独立した友達のようだった彼らが、さっき生まれたばかりの体と一体化するのだから。
「……ひょっとして……」
さっきの説明の続きを思い出す。【精霊の加護】は、精霊を宿して終わりではなかったはず。私にも、この先に進むことが出来るのだろうか。
「……彼が中なる風の精霊らよ、彼をして、風の矢を放たしめよ!」
文法が合っているか分からない、自信も何も無い詠唱。しかし。
白い無機質な人形は、操り人形かロボットのように、カクカクとその手を上げ始める。ぎこちなく、人差し指を差し出すと――次の瞬間、小さな空気砲が、その指先から放たれた。
私の声は、届いたらしい。その不安もまた、矢の上に載せられていたけれど。
確かに、目の前の光景は、私の詠唱に呼応した。
急いでギルドカードを見る。そこには、【精霊の加護=1】の文字が加わっていた。