第59話 現実を覆う光
「じゃあー、次はハルカ!」
ひとりずつ面談に呼ばれ、私の番が来た。
「ハルカです。よろしくお願いします」
「面談だからってそんな堅くならなくていいぞ」
「あっ、そうですね」
いつも通りのクレン。和やかな調子で面談が始まる。
「こないだも話したが、本当にハルカは頑張ってるな。ここに編入してきたときは魔法とは何かから始まったのに、今ではここまで上り詰めるんだからな」
「全てクレンのお陰ですよ。ここに来られたこと自体そうですけど」
「いや、たとえ指導がよくたって、本人の努力が伴わないと力にならない。ハルカが人目につかないところでも努力を惜しまないのはよく知ってるぞ」
「そんなことはないけど……えっと、ありがとうございます」
「あとは……そろそろタメ語で喋ってもいいんじゃないか?」
「またその話ですかー。癖はなかなか治らないし……まあ、善処します」
本当に他愛もない話。少し狭い面談室に、何度も笑い声が響く。そりゃあそうだ。既に1年お世話になった仲なのだから。顔合わせも、引継ぎもいらない。当人同士がよくわかっている。
「じゃあ、一応卒業後の今の時点での希望について、聞いておこうか」
「……今の所、冒険者以外の選択肢を知らないですし、冒険者を続けていくの楽しいと思うので……それが、希望です」
「……そうか。そしたら、面談は以上だ。今年もよろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
そこで、面談が終わりそうだったから、退室しようとする。
しかし、そこで、クレンが何かを思い出したように呼び止める。
「ああ、そうだ。ハルカ。巫女の力のこと……学校の外に口外しない方がいい。ギルドは仕方ないとしても……いや、ギルドでの手続きも、申し訳ないが、なるべく避けることを勧める。少なくとも……今年のうちは」
「え……何でですか?」
「理由はいずれわかる。今日のこの後の校長の話でもな」
「……わかり、ました……」
クレンの真剣な顔を見れば、私は素直に聞くしかなかった。
☆
全校生徒が大講堂に集められた。重々しい扉が開け放たれ、そこに上級生も下級生も同級生も私も、みんな吸い込まれるように入っていく。
この学校では、長期休暇の前後に始業式があるわけではない。新学年が始まる春にだけある。だから、私にとって初めての始業式であり、初めての大講堂だ。教会の中に入ったことはないけれど、やはり中世の、教会とか大聖堂とか、そんな場所を思わせる。
何度出会っても慣れない。この学校の絢爛たる装飾。大講堂なんて、式典でしか使われないだろう。なのに、いや、だからだろうか、今まで見たどの場所よりも華やかに装飾がなされている。
壁にもドアにも柱にも、緻密な黄金色の彫金細工。天井にかけられたシャンデリアは、無数の水晶が蝋燭の光をあらゆる方向に散らし、辺りの装飾と共鳴するように輝いている。
窓はすべて色とりどりのステンドグラス。後で聞けば、すべて本物の宝石らしい。緻密にカットされていて、これらもまたダイヤモンドのように光っている。四方八方、どこを向いても眩しさに目を射られそうだ。
最前方には祭壇があり、その少し手前には舞台がある。祭壇に面した壁一面に描かれている絵の女性はコグニス様だろうか。この国で信仰されている神だと、ユーリが言っていた。とても美しい女神様が描かれている。
親友の神様は十二単を着ていて、真っ白な肌と艶やかで真っ直ぐな髪に、あどけないながら整った顔立ち。しかし、絵画の中の女神様は、艶やかな白いドレスにウェイビーなブロンドの髪、彫りが深くてやはり整った鼻筋と慈悲深く透き通った目。どちらも美少女……というか美神だが、見慣れた神様とは全然違う。
《……かの絵は、さだめて巫女の書きしものなりけん。かの姿、コグニスさながらなり》
「へえ……やっぱり、私以外にも神の姿の見える巫女さんって存在するんだね」
《しかり。されど、今は分からず》
祭壇や絵画に向かい合う形で、おびただしい数の座席が並んでいる。私は、その端の席に座っている。座席のひとつひとつに、するりとなめらかな布で出来たフカフカのクッションと、これまたきらびやかな背もたれと肘置き。果たして生徒が座っていいものなのか。しかし、周りの人たちは何食わぬ顔で腰を下ろす。すっかり萎縮してしまっている私とは大違いだ。
そうこうしているうちに、始業式が始まる。普段のチャイムより高らかに、鐘が鳴り響いた。
私たちの前に、校長先生が登壇する。編入したばかりの時に2回ほどお会いした。あれから1年が経っていたのか。あの頃は目の前の出来事に追われてよく見えなかったけれど、改めて見れば、穏やかそうな顔の中にどこか威厳のある雰囲気を纏った人だ。
「それでは、本年度の始業式を行う。まずは、王国歌斉唱」
国歌? そういえば、今まで一度も聞いたことがなかった。わからないから、口パクで歌うフリだけをして曲や歌詞に耳を澄ませる。
国歌も校歌も、曲の雰囲気というか、そういうのがよく似ていた。どちらも賛美歌のような神聖な曲を彷彿とさせたのだ。伴奏をしている楽器は大講堂の後ろの方にあったからよく見えなかったけれど、音色は地球でいうパイプオルガンみたいだ。教会のような雰囲気も相まって、ミサか何かに出席している気分だった。実際、どちらの歌詞もコグニス様を賛美している。だけど……それと並ぶかのように、王様を賛美する言葉が必ずそこにある。
ここはヴァイリア王国。ひとりの王、ひとつの血筋が統べる国。だけど、新参者の私は、国王の人柄や為政はおろか、姿かたちも存じ上げない。私は、学校とギルド、そしてユーリと過ごした喫茶店やレストランから外の世界を何も知らないから。
まだまだこの国はわからないことだらけだ。――だが、それでは済まされない状況にあるらしいことを、このすぐ後に知ることとなる。





