第5話 不満げな神様
「もう、あれから四年ぐらいですか……」
《しかしか。ハルカも、大きくなりぬ》
「えぇっ、私がですか? ……あー、横に大きくなったんですね、分かります」
《……さにあらず!!》
「あはは、分かってますよ〜」
そんな他愛ない冗談を楽しむさまは、二人の少女の片方が神という超越した存在であることを忘れさせる。
「神様」は、神社から出られない。だから、ハルカの学校の話が珍しいようで、興味津々で聞いている。いつも笑いの絶えない女子のグループに属するハルカの話はいつでも変化に富んでいるのだ。
それを話すハルカの顔も楽しそうだ。「神様」が身を乗り出さんばかりにその話に食いつき、しきりに相槌を打っているからだ。
総じて、彼女たちは最高のコンビなのである。
そのまま一時間以上も話し込んでいると、話が尽きるより早く、二人の口に疲労が溜まったらしい。一瞬、少女たちの間に沈黙が流れた。ため息をつきながらも二人笑い合う、和やかな沈黙である。
しかし、その後、「神様」が重々しく口を開く。
《……ハルカよ。学校は、楽しきものなりや?》
「……えっ?」
ハルカは、自分の耳を疑った。今までの会話からすれば、何故今更、とも思える問いだった。
その口調は暗く、眉根がほんの少し寄せられていた。
《いや、楽しきことはさらなり。ただ……ハルカの力知られざりて、そなたが普通のおなごとして生きたることが……口惜しく、思わるる》
「……あぁ、初めて会った時におっしゃった……」
《……清月の家がその力を失わざりせば……今に、ハルカはそうなき巫女にならまし》
「……そしたら! そしたら私は……神様に、学校のお話が出来なくなってしまうではありませんか!」
《……いや……学校に、行きつつ……》
「学校に行きながら巫女もするなんて、私がそんなことをすればどっちつかずになりますから……だから、今みたいに毎日神様にお会いするくらいが、私にはちょうどいいんです!」
《……されど……》
「……それに。私、今以上に特別扱いされたくないんです。普通の女子高生でいいんです……」
《……》
「神様」は、ハルカの言葉の前に黙り込んでしまう。ハルカもまた、ハッと我に返る。言い過ぎたかも、と。
二人の間に、重苦しい沈黙が漂う。
「…………そ、そういえば。これって何なんですか?」
何とか話題を変えようと、ハルカが「神様」の前に浮かんでいるものを指差して尋ねた。
《……あ、あぁ、結界を作る札なり》
「お札?」
《しかり。……これは、……》
「神様」の説明をまとめれば、ざっと以下のようになる。
今ハルカが住んでいる日本、地球……いや、宇宙も含めて「現実世界」とされている場所は、数ある「世界」の一つに過ぎない。そして、現実世界以外は、ハルカからすれば「異世界」であり、よく小説として取り上げられているものだ。
《剣と魔法の異世界、運命に全てを委ねる異世界……異世界はあまたありて、各々が神によって統べらる》
「……剣と魔法の異世界なんて、本当にあったんだ……」
ライトノベルは滅多に読まないが、友人がよくその話をしているのを聞く。そんな彼女にとって、身近でありながら現実と一線を画すと思えた世界。それが「神様」の口から出たのがまず始めの驚きだった。
異世界に住む人々が干渉し合うのはごく稀だ。しかし、神同士は連絡を取り合ったり定期的に会議したりと、繋がりを持っている。その中でも、仲の良し悪しなどはあるが。
一つの世界を一人から数人の神が治めるような異世界に比べれば、地球にはかなり多くの神がいる。なんといっても、日本だけで古来から八百万の神々が居るのだから。
ハルカが慕っている「神様」も、その一員として行動するのだ。会議で決めたことは守らねばならない。その一つが、自分の世界と他の世界の境界の維持である。
そのためのの結界のうち、「神様」の分担をしっかりと守るため、お札のメンテナンスをしていたのだ。
このお札には、「神様」の持つ大いなる力の一部が込められている。移されている、と言っても良いかもしれない。
「へえ……つまり、これがこの現実世界と異世界の境目って事ですね……」
《しかしか。努めて守らねば……》
「なんかもう次元が全然違う感じなのに……でも、実体としてそこにあるなんて不思議だなぁ……」
《!! ハルカ! な触れそ!!》
神秘性に心惹かれ手を伸ばし始めたハルカに、慌てて「神様」が注意する。
その声が、あとコンマ一秒でも早ければ……
……ハルカは「普通の女子高生」であり続けただろうに。
だが。
《……!!》
「えっ……なに、これ……!」
ハルカの手にお札が触れた瞬間、彼女は顔を背け、手を引っ込める。
突然、それらがまばゆい光を放ち始めたのだ。
光が収束し始めると同時に、お札の周りの空気が揺らぎ始める。
始めは小さかったが、それは膨らみ、目眩のようにハルカの視界が歪んでいく。
その歪みは、光は、ハルカも「神様」も精霊たちをも次々に飲み込む。
やがて、空間の揺らぎが収まり、神社の近辺が平静を取り戻し始める頃。
駆け巡る小動物たちは何食わぬ顔で社や木々に登る。
せせらぎは何事もなかったかのように清く流れる。
しかし、森の真ん中に居たはずの少女たちは、もはやそこに居なかった。
序章終了です。
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次から、雰囲気がガラリと変わります。