第56話 彼の隣で
お待たせしました。いよいよ、巫女のハイファンが再始動いたします!
無事、進級試験を突破した。
この日のために必死で勉強してきたのだ。突破しないわけがない。だって、留年なんてできないから。……彼と、これ以上離れたくないから。
だから、予想以上の簡単さに拍子抜けしてしまったぐらいだ。どうやら、普段の定期考査の方がかなり難しいらしい。教科書の隅に小さく書いてあるような、かなり細かいところまで復習したのに、いたって基本的なことしか問われなかった。一方、進級試験の難易度を知っている人たちは、それなりに手を抜いていたらしい。
その結果……
『進級試験 新第三学年 成績優秀者
首席 ソフィア
次席 ユーリ
三席 ハルカ』
……最上位層として掲示される領域に来てしまった。
おそらく、定期考査でもこのような掲示があるならば、私には無関係な世界だろう。しかし、広くて浅い進級試験は、きっと私と相性が良かったのだ。
その後クレンと面談をしたが、褒めちぎられてしまった。「相変わらず俺に敬語使うんだな」と久しぶりに弄られたけれど。
そして、ここでもユーリの隣だった……そのことが、なんだか嬉しい。本人はきっと、ソフィアに負けたことを悔しがっているだろうけど。
何はともあれ、進級試験は終わった。
もう、1週間後に春祭りを控えている。
私の答えは、決まっている。
☆
「ユーリ。これから図書館に行かなきゃいけないんだけど、一緒に行かない?」
「……? いいけど」
自然な誘い方かどうかはわからないけれど、自分の中では頑張ったつもりだ。
告白するなら、絶対に、クラスメートに知られてはならない。春祭り当日に知られるのは仕方ないとしても、絶対に邪魔を入れてはならない。だから、あくまで用事で誘ったという風にしておくのだ。
図書館までは、自分たちのホームルーム教室からかなり歩く。
「……」
「……」
言葉を交わさなくとも、彼とふたりで歩く時間そのものが、輝いていた。夢か何かのようだった。
私が彼を好きになったのは、果たしていつからなのだろう。彼はいつも物知りで、カッコ良くて、クールな顔をしながらいつも助けてくれて、それは前からそうなのだと思うけれど。
だけど、彼の告白の言葉を聞くまで、私の気持ちはここまでふわふわしていなかっただろう。
これを恋っていうのかな。
言葉になって、伝え伝わり、そこで初めて恋心はカタチになるのではないだろうか。
……なんて、久々に私の悪い癖が出た。こうやって考えを巡らせている間に、もう図書館についてしまったではないか。彼とは全然喋っていないのに。と言うか、まだ私の心を伝えてなんかいないのに、想いが通じた前提で色々考えてしまっている。
愛し合っていればいるほど、別れの悲しみは深くなる。この事実を思い出してしまうと、途端に引き返したくなる。彼とはずっと友達の方がいいんじゃないか、って。
だけど。
「図書館に行くんじゃなかったのか?」
「あ、う、うん、そうだった!」
「もう目の前だぞ?」
自分から誘い出して、無理にでもふたりきりの状況を作り上げたのだ。
のっぴきならない場所まで来てしまった。
もう、逃げられない。
「……ユーリ。本当の目的は、図書館じゃないんだよ」
「……初めから気付いてた。今日は休館日だからな」
「うそ?!」
全くもって自然な誘いではなかったらしい。
まあでも、クラスメートは周りにいない。だから結果オーライだ。
私たちは、図書館の裏、人目につかないところに移動する。
「もしかして……この間の返事、してくれるのか?」
「……そう。そうだよっ……!」
もう、この場から逃げることなんてできない。
「私はっ……私は、編入してすぐの時からユーリのこと想ってた。強くて、カッコ良くて、……実は優しくて。クレンが何も言わなくっても、私の力……というか私というものを見つけてくれて、私にたくさん教えてくれて、なのにこんなに弱い私を逆に頼ってくれた」
「……」
「パーティっていう居場所ができてすごく嬉しかった。それに……ふたりでちょっと羽目はずした時も、なんだか特別な時間だった。吊り橋効果ってやつかもしれないけどね。だけど……ユーリといる時間はずっと特別で、キラキラしてた。告白、聞いたからそう思うのかもしれないけど」
「……」
「私……私こそ、ユーリのことが好きです! 他の人じゃダメなの。あんな軽々しいノリでもダメなの。私は……春祭りなんかで終わりにしたくなくて、できるならずっと、ユーリと一緒に居たい。私は、ひょっとすると重いかもしれない……だけど、こんな弱い私でも、付き合ってくれますか?」
「もちろんっ、もちろんだ。ハルカが……こんな俺でも、いいんだったら」
ユーリは、私のまどろっこしい告白とは対照的に、1秒も待たずに即答してくれた。
一瞬の沈黙ののち。
感極まって体が勝手に動いていた。気づけば、私は彼の肩に両腕を回していた。彼の体がじんわりと温かかった。いつも守ってもらうのは私の方だけれど、私の千早の袖が広がっているので、まるで親鳥が抱いているみたいな見た目だったと思う。
「せっかくだから……」
「え?」
図書館裏からの帰り道。彼は突然私の手を握ってきた。
心優しい彼の手先は、ひんやりとしていた。私の顔は正反対に熱くなる。
「えっと……できれば、まだクラスメートには知られたくないんだけど……」
「そうか? ……なら、このまま外に出ないか?」
「え?」
「春祭りの出店準備のために、いい店とか研究してたんだ。例えば、そこのカフェとか」
「すごい、お洒落!」
「なら今から行こう。俺が払う」
「えっ! そんな、いいのに……」
「少しぐらいカッコつけさせてくれ。ただでさえポーションの借りがあるのに」
支払い云々以前に、付き合った初日からカフェでデートなんて展開が速すぎると思った。
だけど……それも含めて全てが夢のようで、醒めないようにと祈っていた。





