第51話 ふたつの流星
俺は、幼い頃から魔法の勉強に明け暮れていた。三度の飯より、友達との遊びより、勉強が楽しかった。
同時に、魔法で俺に勝つ者はいないと思っていた。実際、この学校ではそうだと自負している。
他のクラスの奴らが「難しい」「わからない」と言うことも、どこがどう難しいのか理解できない。幼い頃の俺が、疑問もなく当然のように受け入れたものだから。
――だが、それも魔法に限った話。ここには凄い奴らが沢山いる。冒険者養成学校のようなものだから、武術に長けた奴が沢山いる。
初めは、それがどうした、と思っていた。俺には魔法があるじゃないか、と。魔法にだけは、プライドがあった。武術も、人より少し上手いだけで満足だった。特別な努力はしなかった。授業を真面目に受けているだけで、上位層に入れたから。
しかし……今、目の前にいる奴と出会えば、話は変わった。
俺が魔法しか出来ないのとは真逆だ。彼女は魔法以外が卓越している。いや、魔法も、最近は出来ると聞く。
その挑戦的な態度、高尚なプライド。こいつはいつだって、俺の闘争心を掻き立ててきた。
少し油断しただけで、学年首位の座を奪われた。
何も考えずに生きているだけでは、また奪われてしまうだろう。
負けてなるものか。――それが、魔法であるかどうかなど関係ない。
☆
私は、天才が苦手だ。
私は、僻んでいる訳ではない――と思っている。いや、ひょっとしたら愚かにも僻んでいるのかもしれない。
私が何年も何年もかけて鍛錬してきたもの。座学も武術も――魔法知識も。
私が今まで積み上げてきた、努力を。
天賦の才能を持った者たちは、労せずして超えていく。
人に超えられるのが怖いと思ったのは、リヒトスタインに入ってからだった。それまで、そんなことはあり得なかったから。……いや、そのころの感覚が尾を引いて残っているが故の恐れなのかもしれない。
今まで得た知識、技能、力。それらでしか自分を肯定できなかった、あの頃の。
強くなることでしか、自分を認められなかった。努力して力を得ることでしか。
私がそうやって得たものを……彼らは、やすやすと手に入れていく。
例えば、今目の前にいる彼も。
強い人のことは尊敬する。私も近づきたいと思える。力に誠実になれない人のことは、軽蔑する。強いからといって、学びとる努力を怠る人。正々堂々と戦おうとしない人。相手を見下し、手加減しようとする人。
軽蔑するのだったら……そんな人に打ち勝てるだけの実力が欲しい。
彼に勝ちたい。もっと、力が欲しい。
私は、もがいて強くなる他ない。
負けてなるものか。――たとえ、それが遊戯であっても。
☆
絡み合う、剣の閃き。
ぶつかり合う金属の、鋭い音。
戦う彼らが、学年の2トップであり、リヒトスタインの星とも言えるように……この剣の輝きは、空を飛び交う流星のようだった。散る火花もまた。
「凄いなあ……」
私は、ただ、呆然と眺めるばかりだ。息のように、感嘆の声が口から自然と漏れ出す。
スピード感が、今まで見てきた試合とは全然違う。彼らの纏う雰囲気――いや、闘気も。
普段はクールなユーリの瞳が、かつてない輝きを孕んでいる。
普段は厳しげなソフィアの顔に、笑みが浮かんでいる。
強者と強者の戦い。そうか。強い人は、強い人と戦った時にこそ楽しみを見出すのだ。これこそ、真のライバル。
「ユーリって、あんな強かったっけか? あのソフィアと張り合ってんだぜ」
「そうね……私、このパーティにいていいのかしら?」
そうか。強い人は、強い人と対峙した時にこそより強くなれる。
私は、いや、横にいる仲間も、さらにはギャラリーも。ただ、息を呑んで、その白熱した文字通りの剣戟を見ている他ない。
「はあぁっ!」
「おぉぉっ!」
そのフィールドは、ただ、二人だけの世界だった。なんの言葉も、感情も、入り込むことは出来ないのかもしれない。
ピーピピッ。
初めて聞くブザーの音。
「試合延長……か」
オットーが呟いた。
当事者らは、そんな音には気づかぬように、剣を交わす。
鳴り響く金属音の連続に、私の脳はすっかり麻痺してしまいそうだった。
目は、幾筋もの煌めきに釘付けになり、ふたりの闘気にあてられた私の顔は火照っていた。
カンッ。
鋭い金属音の間に、突如、鈍い音が鳴った。
一瞬、静寂が走る。
ソフィアの剣が、ユーリの剣を跳ね飛ばしたのである。
青白い銀色の輝きが、ふわりと空を舞った。
ピー。
そこで、試合終了のブザーが鳴った。
再び、静寂。
ソフィアとユーリの、上がった息だけが響いていた。
「大将戦、ソフィアの勝利。以上より、3対2で、ソフィア率いるチームの優勝です」
事務的なアナウンスが、私たちの負けを通知する。
B組の観客席から、歓声がどっと上がる。
「ソフィアー、さすがー! いよっ、イケメン!」
「すっごいなあ。さすが武術満点越え!」
「あれはやばいわ! かっけー!」
そんな喧騒に、当のソフィアは少しも関心を向けない。
表情ひとつ変えずに、剣を鞘にしまい、ただ礼儀にしたがって、ユーリと握手を交わしていた。
「……すまない。リーダーなのに、こんな大事な試合で負けてしまって」
「そんな、負けは私たちのせいでもあるのに」
「あのソフィアとあれほど善戦できるのがすげえんだよ!」
「ユーリ……凄いよ、カッコ良かった」
悔しそうな、それでもどこか晴々とした顔をしていたユーリが、小さく「みんな……ありがとうな」と呟いた。
こうして、剣戟は終了。
2日間の体育祭が、幕を閉じた。





