第50話 しのぎを削って火花を散らし
さっきの準決勝で、ソフィアとミーシャによる大将戦ではミーシャが勝っていた。
だが、接戦には程遠くとも、いい勝負だった。ふたりの間合いは恐ろしく合っていた。それもそのはず。夏休み中、冒険者活動の合間、ソフィアはミーシャに剣を教えた師匠に懇願して、剣術を特訓していたのだ。
一方、他の4戦は全てソフィアのチームの勝利。故に、ソフィアのチームが決勝に進んだ。彼女たちは、正攻法で勝ったのだ。
それでも、ソフィアは浮かない顔をしていた。一度でいいから、剣術の頂に立ってみたかった。ソフィアは、ミーシャに対する個人的な対抗心を密かに燃やして、完全勝利を目論んでいたのだ。チームは勝ってもソフィアは負けた。自分が汚点を作った。その事で、彼女は落ち込んでいた。
それをすぐに察した彼女のチームメイトは言う。
「私たちが勝ったのは、ソフィアが私たちを鍛えてくれたからだよ?」
「そうよ、実質ソフィアの勝ちよ」
そんな同情を望んではいない。そう言いそうになって、仲間を傷つけたくなくて慌てて口をつぐむ。頬をひきつらせるようにして口角を上げ、「ありがとう」と言った。
「ソフィア? 決勝はユーリのチームですわよ?」
「えっ……」
ヘレナに言われ、ソフィアは硬直してしまった。
恩人と――ライバルのいるチーム。
双方認める好敵手。自他ともに認めるライバル。
次こそは、負けられない。
☆
次も強敵。
剣姫などといわれて有名なほど強い人のいるチームに勝ったから、というのもあるが、それよりも。
あのソフィアだから。
「その、ハルカ……」
ユーリに声をかけられる。半ば強張った顔。
「……ひょっとして、また?」
「……」
また、大将を代われと言うのだろうか。大将であるソフィアの武術は超人級だから。
「ねえ、ユーリ。あんた、私から逃げる気?」
「……えっ」
突然のソフィアの声。
うろたえるユーリ。
「さっき、見てたわよ。……あんた、毎年卑怯じゃない。ミーシャの時だって。他のパーティが『戦略』とやらを平気で使っていたって、あんたが使うのを私は許さない」
「……すまない」
「恥ずかしくないの?」
私は、オロオロとふたりのやりとりを見る。
「……そうだな」
そう言うユーリの目が、一瞬、鋭く光った気がした。
「正面勝負、しましょう?」
そう言うソフィアの顔が、妖しく微笑んだ。
「……あぁ。受けて立つ!」
こうして、決勝の火蓋が切られた。
先鋒は私。相手は……知らない女の子。
……いや、剣術基礎の実習で見覚えがある。このパーティは全員がB組の子だから、当たり前といえば当たり前だが。
「では、先鋒戦。始めてください」
「はぁぁっ!」
「――よっ……!」
相手は、一式のスタンダードな構えで気合の声とともに間合いを詰めてきた。
フェイントはない。剣筋も何とか見える。
ここで負けるわけにはいかぬ。
私は身を翻して避ける。
そうして、また正面に向き合う形に戻す。
相手は大柄な女の子。私の方が小柄だ。だったら――
「はっ!」
「――とっ」
相手が攻撃を仕掛け均衡の崩れたタイミングを見計らって、一気に間合いを詰める。
二式をうまく使いながら、わずかに三式と四式の要素を絡ませる。これはソフィアに教わって、だいぶ上手くなった。相手の脇をすり抜けながら、横に剣を振る。
そのまま、相手の背後をとる。もう一本、あと少しだけでも、相手に剣を触れさえすれば……!
「――なっ?!」
私が彼女の背に振り下ろした剣を、彼女は後ろ手に持った剣で受け止めた。
凄い。でも、流石に体勢に無理がある。
ここで負けるわけにはいかぬ。
私はそのまま、相手の剣の力で弾くようにして剣を押し込む。私の剣は、滑って微かな力ながらも、わずかに相手を掠めた。
その後も、私たちは剣を交わした。キンッ、キンッという音が響く。私の剣は防がれ、相手の剣は全て躱す。鍔迫り合い。日本刀ではないけれど。鉄とミスリルの合金でできた、備品の諸刃の剣だけれど。ふたつ触れ合って、火花が生まれる。
初めは私が優勢のようだったが、最後の方は相手のフェイントに翻弄され、何度もまずいと思った。でも、三式を使って乗り越えた。
こうしているうち、試合終了の合図。
得点板を見ると、私の方が2点差で勝っていた。
辛勝としても勝つことが出来て、ほっと胸を撫で下ろす。
次鋒はアイリス。私から見ればどちらも同じくらいに相手にダメージを与えていたけれど、さっきの試合と同じくらいの僅差で負けてしまったらしい。
「……本当に、ごめんね」
「俺らに任せとけ!」
「……」
アイリスが相手の次鋒に負けた。
相手の中堅はもっと強い。
私はアイリスより弱い。
「ハルカ、頑張れよ」
「……う、うん」
ユーリの声援。私は、ただうなずくことしかできない。
先に言っておくね、ごめん。……日本の高校の球技大会では、チームメイトによくこう言ったものだが、今は言えなかった。だって、私だって、絶対に負けたくないから。みんなも、本気だから。
――とは言ったものの。言うまでもなく、中堅戦は酷いものだった。相手が同級生の女子だとは思えない。シンプルに強い。一応、剣の動きは見える。でも、もはや見えるだけだった。避けきれない。私もなんとか、使い慣れぬフェイントを最大限に使って、点は稼いだ。だから、取り返しのつかない点差を付けられたわけではない。けれど、コテンパンにやられて負けた。実戦だったら死んでいただろう。
「みんな、ごめん……」
「いいわよ、ハルカはちゃんと一勝してるじゃない」
「ハルカを尊重せずつまらない戦略で中堅に配置したのは俺たちだ。……またソフィアに責められる」
「俺が今から取り返してくっから」
オットーは、実際、有言実行だった。男女の体格の違いもあるかもしれない。それなりの点差を付けた上で、副将戦はオットーの勝利だった。――よく見ると、相手はヘレナだった。前に見た時はローブを着けていたから顔を知らなかったけれど、彼女が脱いでいたローブを再び纏ったので気付いた。端正な顔立ちの美少女だ。――閑話休題。
大将戦が始まろうとしている。
2対2。
次で全てが決まる。ギャラリーは私たち以外の第二学年の生徒全員。頂点に立つパーティはどちらか――いや、頂点に立つ剣士は。
「負けないわよ?」
「俺こそな」
フィールドに立つふたりの目と目の間に、確かに雷光が見えた。
「では、大将戦。始めてください」
一瞬の、煌めき。
それは剣が映す光か、はたまたぶつかり合う剣が散らす火花か。