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第42話 取り払われた壁

 私は、黙って聞いている。



「リヒトスタインに入って、やっと居場所ができた……って、思った。まあ、こういう校風だからね。それでもやっぱり、もっと強くならなきゃって……もはや強迫観念かもしれないけど。真面目じゃないように思える人を見ると、ついカッとしてしまうの。強くなることでしか自分を肯定出来なかった頃の感覚で、何でそんなに余裕なの? ……って」


「……なるほどね……」



 初めて出会った時のことを思い出す。あの日、ぼーっとしてたから叱られたって思ってたけど……そういう事だったのか。



「今でもやっぱり、母さんが心の支えだし、指針なの。強くて賢明だから」


「……そう、なんだね……」


「そうだったのに……学校に手紙が届いて、知った」


「……?」



 ソフィアさんは、一息置いて、言った。



「母さんが……亡くなった、って」



 それを聞いた瞬間。私の周りの時間が、空間が、音も立てずに硬直したように感じた。



「……そ、そん、な……」



 硬直した私の口がその声を発するまでに、どれほどの時間がかかっただろう。



「……原因は、分からない。手紙は事後報告だった。もう火葬も終わってたの。だから……生きてるうちに会うこと、ありがとうって言うこと、魔法が使えるようになったよって言うこと、……出来なかったんだ……」


「……」


「だけど……いや、だからかな。こういう形でも、会えて本当に良かった。……巫女って、凄いんだね」



 ソフィアさんが初めて、私に穏やかな顔を向けてくれた。少し涙で引きつった笑顔だったけれど。だがそれも崩れて、また涙ぐみ始める。私は、彼女の肩に、そっと手を置く。肩は少し震えている。



「ありがとう……あり、がと……」


「そんな……私なんて、弦を弾いて眠っただけだよ。私なんかに、話してくれて……本当にありがとう」


「……『なんか』って、言わないで……あなたは……あなたはっ……」



 また、ソフィアさんは泣き顔を埋めた。


 やがて、彼女の涙は乾き、普段のキリッとした顔に戻った。いや、普段よりも穏やかな。


 ふと、私は思いつく。これは、彼女に是非言わなくては。



「……そうだ。私の話もしていい? 奇想天外な身の上話。……といっても、そんな、大した話じゃないんだけど」


「もちろん。こんなつまらない話、聞いてもらったんだから」


「そんな、つまらなくなんか……。ありがとう。じゃあ話すよ」



 私は、ひとまずさっき言った「遠い国」の話を訂正した。彼女になら言ってもいいと思ったのだ。交通機関はここほど楽しくはないけど、多分日本の方がまともだ。正直に言って。


 そして、地球の日本という国から来たこと。青い光はその国のとある地方を守る神様であること。その神社で失敗して、この世界に来たこと。それで、帰り方がわからないのだということ。



「この国に来た時、びっくりしたの。魔法なんて本当にあるんだ、って」


「……え?」



 ソフィアさんは、目を丸くした。



「地球に魔法なんて存在しないんだよ。むしろ、魔法が使えるなんて言ったら、御伽噺を現実と取り違えてるお馬鹿さんだと思われて、からかわれるかもね。本気で言ったら、最悪いじめられる」


「う、そ……」


「それにね。昔、大戦争があった。それで沢山の命を失った。だから、戦いもしてはならない、みんな仲良くしましょうって教育されてる。日本中で戦いのあった時代はまだしも……もう、武術なんて使える人いるのかなあ。武道はスポーツとして残ってるけど」


「……武術と武道って、何が違うの?」


「……えっ、それはちょっと、あんまり詳しくないし……」


「……そう」


「まあ、そんな、魔術も武術もない、あるって言ったら疎まれるような世界で16年くらい生きてて、それでこの4月くらいにいきなりこの世界に来たのよ? そりゃあびっくりするよ。似てる部分も結構あるけど、考え方が180度違うんだもん。魔物も、人間が勝手に想像する絵とかでしか見たことなかった」


「……」


「だから。ソフィアさんが知ってる、魔法がすごく大事な世界は、全てじゃないって、言いたかったの。私なんて、何にも知らないから、こんなこと偉そうに言えるわけではないけど」


「……!」



 ソフィアさんは、見開いた目でこちらを見ていた。



「……そっちの世界に生まれたかった」


「でも、こっちじゃ力が強くたって全然評価してくれないよ。学歴至上主義みたいなとこあるから」


「……そっか」


「ソフィアさんだったら、この世界で道を切り拓いていけるんじゃないかな。魔法が使えるようになったなら、怖いもの無しなんじゃない?」


「……っ! そうだ、魔法!」



 ソフィアさんは、そこで何かを思い出したような顔をする。



「私が魔法使えるようになったのって、あなたのお陰……なんでしょ?」


「……えっ、うーん、よく知らないけど、クレン先生はそう言ってた。試しに新しいスキル使ってみただけだよ。そしたら、そうなってたらしいんだ」


「本当に……あなたには、助けて貰ってばっかりだわ。いつか、もっと強くなって、この借りは絶対返すから」


「そんなの……言ってしまえばソフィアさんを実験台に使わせて貰ってるようなものなのに……」


「え?」


「あれ?」



 呆気にとられたような顔でふたり、顔を見合わせる。言葉選びをミスった気がする。



「「ふふっ……あはははっ!」」



 ふたり同時に吹き出してしまった。



「……ねえ、ソフィアさん。よかったら、友達になろうよ!」


「……えっ。……なら、私のこと、ソフィアって呼んでくれる?」


「うん! 私の事も、ハルカって呼んで欲しいな」


「ええ。よろしくね、ハルカ」


「よろしく、ソフィア!」



 私のギルドカードに新たに書き込まれた、【口寄せ=1】の文字が、誇らしげにキラキラと光っていた。

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