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第41話 武人少女の過去

少し重いお話……?

 次に目を覚ました時。私は、私の目を疑った。


 ソフィアさんが――あの、気が強ければ力も強いソフィアさんが、私の袖を両手で握りしめて泣きじゃくっていたから。



「――っ、だ、だめっ……行かっ……行かないで……」


「……」



 自分が意識を手放していた間、一体何があったのか。ただ、彼女にとってとても大事な、でも今は亡き人物を呼び出したのは確かだ。


 何をすべきか分からないまま、私は、彼女の背中をさすった。動揺と躊躇で震える、何も知らない私の手で。


 やがて、しばらく時間が経って。



「……何、の……つもり? 何の真似……なの?」



 ようやく、彼女は落ち着き始めたらしい。それと同時に、普段のような気の強さを見せる。



「いや……その、ごめんね。何にも知らないのに、勝手なことして……。眠ってた間の記憶がないんだけど……だから、自分が何をしたか全くわからないんだけど、その、傷つけたなら土下座でも何でもします」


「……そんなの、いい」



 そうして、彼女は掠れた小さな声で、私こそごめん、と言った。



「……良かったら、話、聞いてもらってもいい? 私の、昔話」


「えっ、そんな……私なんかが?」


「……あなたなら話せるって、思った」



 ……今日は、意外なことが次々に起こる。


 ☆


 ソフィアは、冒険者の両親の間に産まれた。既に歳の離れた兄がふたりいた。


 父は名だたる魔導師だった。一方、母はあらゆる武術に長けた女戦士だった。成人したふたりの兄は、冒険者としての成績を上げ続けていた。ひとりは魔導師、もうひとりは魔剣使いとして。


 両親は、新たに産まれた娘に更なる期待をかけながら、英才教育を怠らなかった。


 何の職業になるにせよ、魔法はなくてはならないものとされている。だから、父親の魔法教育は特に熱心だった。魔法史、魔法理論、魔法陣数学、呪文学。全ての基礎を、高等学校レベルまで叩き込んだのだ。まだ初等教育学校にも入らぬうちに。


 そして、ソフィアの才能が開花したのか、あるいは幼子だからか。彼女は、それらを何の苦もなく吸収していった。父親に褒められるのを楽しみに、彼の隣で、いつも勉学に勤しんだ。


 だが、その父親は――ある時、違和感を覚える。


 その違和感は確信に変わっていく。


 ソフィアは、魔法の高度な知識を覚えるのは同世代の群を抜いて遥かに早かった。だが、近所の子供達が大人の真似をして下手な魔法を使うようになっても、ソフィアは魔法を使わなかったのだ。


 使って良いんだぞ、と言っても黙り込む。ただ、同世代の子供達の間違いを指摘するばかり。それさえも、じゃあ自分がやってみろよ、と言われた後に孤立するようになって、辞めてしまった。


 父親は、自分の作った魔道具でソフィアの体を調べてみた。


 そうして、現実を突きつけられた。


 ソフィアは魔法が使えない体だ、という現実を。


 魔力回路が異常に細く、体内の魔力量も異常に少ない。まだ幼いということを考慮してもなお。


 魔法を早くから使いすぎた者に見られるような魔力回路の損傷はない。だから、これは生まれつきの障害だったのだ。


 今までの教育は何だったんだ――父親の、ソフィアに対する態度は急変した。彼女が話しかけても応えない。ある時は、暴力を振るうこともあった。


 入れ替わるようにして、母親が更なる愛情をかけ始める。今まで魔法に時間を割かれていた分、武術の鍛錬に注力した。



「魔法がうまく使えなくたって、素晴らしい冒険者になることは出来るわ。武芸は人を助けるのよ」



 慈悲深い目で、ソフィアを見る母親。


 冷たい目をして、ソフィアを見もしない父親。


 母親は、魔法があまり得意でなかった。その分を武術で補っていた。魔術に長けたパートナー、すなわち父親に出会って、さらに力を強めていった。その母親の言葉が、ソフィアの心に響いた。


 彼女は、母親のように、あらゆる武術を習得した。その中でも心惹かれたのが、槍術だった。剣術、体術、弓術、馬術。どれも卓越していたが、槍術はその更に上を行っていた。


 夜は槍術の本を貪るように読む。日の出ている間は母親と鍛錬する。上達した時の達成感が、清々しかったから。母親に褒められるのが、嬉しかったから。


 しかし。父親の態度はますます冷たくなっていった。ある時は、ソフィアに魔法が使えないのを母親のせいにして、喧嘩することもあった。ソフィアは、それを物陰から見ていた。母さんにそんなこと言わないで、と言ってみても、取り合ってはもらえない。



 ――もっと強くなりたい。まだまだ足りない。父さんに認めてもらいたい。今のままでは駄目だ。



 初等教育学校時代から既に、誰よりも高い学力と体力を有していた。それでも、彼女はまだまだ足りないと思っていた。それゆえ謙虚だった。それなのに、級友たちはソフィアを妬み、毎年のようにイジメが起こった。


 魔法も使えないくせに、と。


 級友たちは、魔法の使えないのを馬鹿にし、いじめることでしか、ソフィアに勝つ術がなかったのだ。当然、どんなに壮絶なイジメが起こったとして、ソフィアの体にはかすり傷さえ付きはしない。だが、心はいつも傷ついていた。


 幼いソフィアにとって、母親は、ただひとり、愛情をかけてくれる人物だった。唯一、信じられる人間だった。だから、どんなに厳しい鍛錬にも耐えた。もっと強くなって、母親に近づきたい。


 中等教育学校に入る頃には、ソフィアの強さはいよいよ超人的なものになっていた。いじめていた子供達も大きくなり、ソフィアとの差を認めるようになった。すると今度は、近づき難いと思われるようになって、結局孤立していた。


 それに……級友たちと、流行の魔道具の話が出来ない。いや、知識はあっても、凄さが分からないのだ。


 ある時、母親に、体に魔力を供給する魔道具を買ってもらった。ソフィアは、目を潤わせて喜んだ。だが、結局、魔法は使えなかった。これが最終手段のように感じていたのに。


 父親には冷たくされ、級友にも馴染めない。そのうち、父親は家を出て行ってしまった。自分に魔力が無いせいだ、そう思い詰めた。槍術が強くなってもなお、信じられるのは母親だけだった。結局は魔術が使えないから駄目なんだ。魔法が使えるようになりたい。そうすれば――そう、どれほど願ったか。

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